140.ありがとう
その知らせは早朝届いた。
毎日の筋力トレーニングで怠い身体に一瞬で緊張が走る知らせだった。
「終わったのね……」
「ええ…。ようやく」
私の呟きに、エイダが万感の想いを込めて応える。
「皆…無事に…?」
「はい、姫様。兄も…昼前には戻ります」
無表情なゾーイの瞳にも薄っすらと光るものがある。
終わった……。
父と母の死からもうすぐ2年。
ようやく彼らの墓石に碑を刻める。
「ル、ルーカス様は…?ルーカス様はいつお戻りに!?」
私の問いに二人が少し困った顔をする。
「…エドワーズ候は、事件の後処理にかかられるようです」
後処理…。
事件は、犯罪者を捕まえて終わりという訳では無いことぐらい知っている。
訴訟法も学んだし、これから行われる裁判こそが本番だという事も分かっている。
「…どのくらいかかるのかしら」
前回のアンダーソン商会の時は一か月会えなかった。
今回は、私がベゼル公爵邸に来てから既に一か月以上が経っている。
仕方がない。仕方がない事はわかっている。
ルーカス様が一生懸命に、国のために、そして何より両親のために頑張って下さった事はわかっている。
「…お…手紙…書いてもいいかしら……」
堪えようとしても溢れてくる胸の痛みで声が震える。
その肩をエイダが優しく撫でてくれる。
「…姫様、ゾーイとオリバー・カーソンが面白いものを用意しております。エドワーズ候に見せて差し上げて下さい」
「…え?」
「だからさ、ベゼルの暗号もエドワーズの暗号もよく出来てるんだよね。業務連絡や参集場所の指定なんかには無駄が無くて本当に美しいわけ」
「え、ええ…。そうなのね?少しずつ覚えるわ…」
当たり前のようにここにいるオリバーに若干の違和感を感じるものの、朝食を取りながら彼の暗号談義に耳を貸す。
「それは当然。君に伝わらない暗号なんて意味無いだろ?二つの家の当主なんだから」
「ーー!?」
「…気づくなって言う方が無理なんだけど」
やれやれといった顔をするオリバーに、もはや何と声を掛けるべきか分からない。
オリバーは私が思ってる以上に頭が良かった。
「…その、やむにやまれぬ事情があって…。黙っていてごめんなさい」
「別にー?エドワーズさん家で君とプレゼンする事が決まった日には何となくそうだろうって思ってたから」
「ええっ!?ど、どこにそんな要素が…!」
「はあ?僕エドワーズさんに聞いたじゃん。君がエドワーズになるのかどうか。ベゼルって呼び続けていいって感じだったから、なるほど決定事項なんだなって思ったんだけど」
オ…オリバーは…天才…だったのね…。
「話戻すんだけど、二つの家の完璧な暗号の面白いところは、その伝達手段なわけ」
「伝達…」
「そう。流石に全部ってわけじゃないみたいだけど、何が暗号を運んでると思う?」
「何が……。人がリレーするのでは無いの?」
「ブッブー。ヒントは両家の家紋…さ!」
ニヤリと笑うオリバーが、テーブルの下から何かをゴソゴソと取り出す。
「じゃ〜ん!!僕とゾーイ…さんからのプレゼントだ!」
「まあ…!!」
オリバーが取り出したのは、大きめのバスケット。その中でスヤスヤ眠るのは…
「か…可愛い!えっ!?子猫と…鳥の雛!?」
「今はね。育ったらそれはもう…デカい」
「ベゼルの家紋は…鷹ね。エドワーズは獅子…えっ!?ライオンの子ども!?」
「…な訳ないだろ。ライオンが街をうろつけると思うわけ?猫だよ、一応」
そ、そうよね、それはその通りだわ。
「猫と鳥は天敵だろ?でも産まれた時には刷り込みができるからさ、二人で産まれる間近の2匹を探して……」
「!」
今度は私が気づく番だった。
「…なるほどなるほど」
「…何だよ」
「いえ、続けてちょうだい?」
「ゾーイ…さんと、君が二つの家の暗号を使いこなすには、2種類を一緒に…って、何だよさっきから!」
「ふふふふふ。オリバーいいのよ?ゾーイって呼んで。あ、たまには自宅に帰ってご両親に顔を見せてね?」
「!!」
あ、赤くなったわ!
夜な夜な2人で子猫と雛の世話なんて……
そんな目をして睨んでも無駄よ。
オリバーったら可愛いいんだから。
「…ありがとう、オリバー。ずっと私とルーカス様の間に入ってくれていたのでしょう?…何となくだけれど、今回の件は、ベゼルとエドワーズの繋がりを隠さなければならないのだと分かっていたの。私が迷わないように、悩まないように、大切なことは貴方が伝えてくれてた。…本当にどこまでも子守させてしまって……」
オリバーが、私の大好きなクルクルの頭を掻く。
「…調子狂うなぁ。僕が楽しんでやってるだけだよ。ま、はっきり言っちゃえば君とエドワーズさんは僕の観察対象だから。こんなに好奇心を掻き立てられる環境にいられて幸せだよ」
「あら、じゃあ貴方もベゼルかエドワーズに加わる?ゾーイがいるからベゼルがいいかしら。…ルーカス様と取り合いになりそうね……」
ほんの冗談のつもりで言った言葉だったけど、オリバーは意外にも考え込んでしまった。
「うーむ……」
「オ、オリバー!ごめんなさい、冗談よ、冗談!あなたは私の親友で、ルーカス様の後輩よ!それで充分だわ!」
「うーむ……。あ、ちなみに最終的にはゾーイを商会に貰ってもいいの?」
「え…?あ……え?」
「とりあえず僕らのネックはそこなんだよねー。でも彼女ほど体が丈夫で頭のいい女性にはそうそう出会えないしねぇ。ま、今後の課題って事にしとく」
そう言えばオリバーはそっち方面は高経験値だったわ…。
なんてドライなの…!
「……そうしてちょうだい」
2人が私にプレゼントしてくれた子猫と雛を抱えて、私は1枚の写真に収まった。
写真の裏には簡単なメッセージ。
『ありがとう。体に気をつけて。待っています。』




