138.貢物
「ふふふ〜ん、ふふ〜ん、はっは〜……ははははは!ようやく…ようやくだ!」
この冬一番の寒さを迎えた年の瀬に、5日間の紛糾の後、緊急招集された議会が閉会した。
荒れに荒れた議会ではあったが、内々に、次期国王は継承権を持つ成人男子の中から順位通りに選定されるという約束事が交わされ、各貴族家はそれぞれ今後の身の振りを示すべく、急ぎ貢物を持ってこの邸を目指していた。
「…随分と御機嫌ですね、レアード公爵。今日の議会で何かいい事でもありましたか?」
「…!?な…何者だ!!どうやって我が邸に入った!!」
「どうやって…?リンジー、公爵は面白い事を聞きますねえ」
「馬鹿なんじゃないの、このおじさん。玄関からに決まってるでしょ〜?」
レアード公爵の眉間に深く皺が寄る。
「玄関…?馬鹿な。ここに至るまでには何百人もの兵が邸を固めているはず」
「…でしたね。ですから我々も5個小連隊、総勢1000名でお伺いしたのです」
「滅多に見られない光景だから見てみたら〜?花火がキレイよ!」
リンジーの言葉にレアード公爵が慌てて窓へと駆け寄る。
「な…!?何だこれは…!!」
窓の外では赤や黄、青の火花が飛び散り、至るところで怒号と地響きが上がっていた。
「…何者だ!お前たちは何者なのだ!!この国で最も高位の公爵邸に押し入って、ただで済むとは思うておるまい!」
カルロスとリンジーが目を見合わせる。
「この国で最も…」
「高位ぃ?」
「当たり前だ!儂はレアード公爵であるぞ!そしてこれよりまさに…」
「…この国で一番高位の公爵は貴方では無いでしょう」
「…何だと?」
「まだ分からないわけ?やっぱり馬鹿なんじゃない」
ここに来てようやくレアード公爵の瞳に昏い光が灯った。
「ああ…なるほど。お主ら…ベゼルの犬か。はっ。儂も舐められたものよ。たかが私兵如きが手を出してどうにかなるとでも思うたか。何だ?今さら仇討ちか?残念だったな。そなた達の主人の死と儂には何の関係も無い」
カルロスが冷たい口調で応える。
「ええ、ええ、そうでしょうね。たかが私兵では貴方を仕留めた所で何の意味も無い。賊扱いされて終わりです。…ですから、貴方に相応しい人物を連れて参りましたよ」
カツ…カツカツ…
石造の廊下に足音が鳴り響いたかと思うと、レアード公爵の私室の前でピタリと止まる。
そしてゆっくりと開いた扉の向こうから現れたのは…
「…二人とも走るのが速すぎます。どういう訓練を受けて……」
「ルーカス・エドワーズ…!!」
「これはこれはレアード公爵。私からの貢物は気に入って頂けましたか?…邸を花火で美しく飾らせて頂いたのですが」
「な…な…なにをとぼけた事を…!そなた、何のつもりでこのような…!」
レアード公爵…いや、私の中では最早ただの犯罪者、アラスター・レアード。
私の目の前で僅かに瞳に怯えを宿すこの男。
この男の蒔いた種で、何人の人間が苦しみの内に命を落としたか計り知れない。
「言ったでしょう、私からの貢物だと。完全に私的な贈り物ですよ。…お気に召さなかったようだ」
「当たり前だ!そなた何を考えておる。儂の邸に押し入り、儂の身を危険に晒す正当な理由があるのだろうな!?」
正当な理由…
「そうですね、叩けば多く出てくるのでしょうが、残念ながら今夜は……」
「はんっ、そうであろう。儂は何もしておらんし、例え何かあるとしても、後ろ盾になっていた商会の悪事を切り捨てるなど造作も無いこと。…そなたもその事はよくわかっておるはずだが…?」
よく回る口だ。
だが、口が滑った所で彼の言う通り。レアード公爵は直接的には何もしていない。
薬物の密輸入も、飴の製造も、ハワード殿の殺害も、陛下への毒物の供与も、直接的には何もしていないのだ。
だからこの件で彼を逮捕する事は一切出来ない。
スタンリー・クルーズが捜査を中断した理由もまさにそこにある。
「公爵、何度も申し上げておりますが、貴方の邸を襲撃したのは私怨です」
「侯爵風情が何をぬかすか。貴族裁判で勝てる訳が無かろう!」
「ですから、私と妻の…私怨ですよ。私も妻もただ単に貴方が嫌いだという事です。申し訳ない」
「…は?」
レアード公爵が眉根を寄せてポカンとする。
「おじさん、まだ分かんないの?言ったでしょ?貴方に相応しい人物を連れて来たって」
「ええ。賛否両論ありますが…この方は現ベゼル公爵家の当主ですからね。貴方を殴ろうが邸を壊そうが、私闘に及んだとしても誰が裁くのです?王家…?王家にベゼルを裁けましたかねぇ、リンジー?」
「無理でーす。そんな事したら王家が滅びまーす。私ら王家に従う義理は無いですから」
賛否両論…の箇所は一旦聞き流すとして、要はそういう事だ。
相手が権力と身分を逃げ口上に使うなら、それを上回るものを提示すればいい。
レアード公爵が執拗にベゼル公爵家を陥れて来たのも、国内で唯一、自分の権力が及ばない家であるからだ。
…クレアにはそこまでの事を聞かせたくは無いが、彼女が私の身を案じて提案してくれた婚姻と爵位の併存をこういう風に使ったのだと、帰ったら話さねばなるまい。




