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137.叔父様

「…兄上とは別々に育てられましたからね。歳も8つ離れておますし、兄弟とは言ってもそもそもが異母兄弟なのです」

「そうなのですか?」

「ええ。私の母は…クレア様の祖父、前々公爵の第二夫人です。片や公爵家の本流の跡取りとしてそれは厳しく育った兄と、一貴族となる私とでは、受ける教育も全く違うものでした」

「第二夫人……」

 陛下とはまた違った角度から語られる父の話。

 今度は、家族から見た、父の姿、だ。


「私は公爵家を支える為に、あらゆる外向きの仕事を仕込まれた。…この胡散臭い笑顔もその賜物です」

「胡散臭いだなんて…。私に比べればとても自然ですわよ?わたくし…まるで人形のようだと何人の方に言われたかしら」

 そう口にすれば、彼の眉が寂しそうに下がる。

「人形か。…なるほど。やはり兄上は子育ても下手だった」

「子育て…も?」

「左様。時候の挨拶で兄上を訪ねると、彼はいつも選び抜かれた贈り物を私のために用意してくれていた。なのに顔は無表情で、言葉数も少なく、ずっと私は嫌われているのだとばかり思っていたのです」

「まあ…。実は私も似たような経験が……」

「そうでしょうな。兄が商会の仕事だけでは無く、アバロンの代表を私に任せるほど、随分と愛着を持ってくれていたのだと気づいたのは、それこそ成人して随分経ってからですから」

 嫌いな人の前でしか笑わない…。

 それは本当の事だったのね。


「父はどうしてあんなに偏屈になったのでしょう。私には散々微笑めと、いかなる時でも微笑めと、そう言っていたのに……」

「…ベゼルの業ですよ。あなたも知っての通り、我らベゼル家は……影働き…をします。いつか滅すかもしれない相手とは距離があった方がいい。…友人や親しい人間を作れば作るほど、仕事には苦痛を伴う」

「……!!」

「…あなたも知らず知らずのうちに人を遠ざけて来たのでは?完璧な笑顔は、時に他人を寄せ付けない壁となる」

「…そんな」

「けれど兄上は娘を仏頂面の嫌われ者にはしたくなかったのでしょう。…苦肉の策でしょうな」

 …彼の言う事はきっと正しい。

 微笑んでいれば、あからさまに嫌われることは無い。

 でも、特別に好かれることも無かった。

 だから私には、オリバー以外に友人と呼べる人もいない。

 ベゼルの業………。


 沈み込む私に叔父が続ける。

「その兄上が……ベゼルの業をとある人物に全て押し付ける事を画策したのは、今から8年前の事のようです」

「…え?」

「兄上いわく、『度胸があって頭も良い。決して表に出さないが、情の深い、いい男を見つけた』らしいのです」

「は…え、え?」

「ここからは兄上とその男の知恵比べと根気比べですなぁ。まさか本当にあなたを婚約者にしたいとベゼル領を訪れるとは思いもしませんでした。兄上の方が一枚上手でした…かな?」

「…まさか、その男の方って…」

「私らベゼルの人間は、その男を随分と試したのですよ。それはもうあらゆる手段でもって。まぁ、歳が歳ですからそれなりに色々は経験しておるでしょうが、何も無い男はそれはそれで問題がありますからな」

「え、ええ、そうですわよね。それは…その通りですわね」

「…という話をするつもりで来たのでは無かったのですが、何やら悩んでおられたようなので、可愛い姪のために出しゃばりました」

 そう言って微笑む叔父は、やはり父によく似ているが、全く違う柔らかな表情をしていた。



「…クレア様、ここからは政治の話です」

 叔父がロジャーズ会頭の顔に…いえ、ここからはきっとロジャーズ侯爵が正しい。

「…はい」

「明日から議会が開催されます」

「ええ、存じております」

「この度招集されたのはアバロン州で伯爵位以上を持つ78の家。グラント州も同様に73家が出ます。…この意味がお分かりでしょうか」

 伯爵位以上の貴族家は国内に300…。そして伯爵位以上しか招集されない議会で話し合われるのは……

「陛下が苦虫を噛み潰したような顔で仰っていました。明日の議会では、陛下に万一があった時の国葬の話し合いに見せかけた次代の王の選定が行われると。…アバロンとグラントがまとまれば過半数が取れるのですね」

「…左様。まあ今回は、参加する事に意義が……賑やかしに行くようなものですが、この事は覚えておいて下さい。我らが領地を豊かにし、没落する家を出さぬように腐心するのはこの為だと言っても過言では無い。アバロンもグラントも、王位継承を指を加えて眺める訳にはいかないのです」

「…肝に銘じます」


 私とルーカス様しか知らないベゼルとエドワーズの本分。だけどその魂は、領地の隅々で生きている。

「私たちは、父の仇であるレアード公爵に王位が渡る事を認める訳にはいきません。その為に今出来る事は時間稼ぎです。陛下のお体が本服され、再び玉座に座って頂くための時間稼ぎです。…たっぷりと賑やかして来てくださいね」

 ニコリと微笑めば、ロジャーズ侯爵がニヤリとする。

「…そういう所は兄上そっくりですなぁ。来年の春からは共に議会に参りましょう。では本日は失礼します」

 頭を下げて部屋を出て行く叔父であり、ベゼル公爵家の筆頭家臣であるロジャーズ侯爵の後ろ姿を、私は静かに見送った。

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