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136.男心…?

「…ジェフ…先生、もう無理…ですわ。これ以上は…あぁ…力が入りません…」

「なーにを甘っちょろい事言ってんのよぉ!たかが腕立て10回で潰れてちゃ、貴女の望むボンッキュッボンには程遠いわよぉ〜?」

「…そんな事…望んでませ…ああっ!無理ですわ!」


 ぜーはーぜーはーと荒い呼吸を整えながら考える。

 なぜこんな事になったのかと……。

 

「古今東西、男はボインボインでプリンプリンの肉感的な女が好きなのよ?姫ちゃんのほっそい身体は肉付ければいいってもんじゃ無いの。内側から漲る筋肉の上に肉の衣を纏うのよ!ほら合言葉!」

「…筋肉は…裏切らない…」

「だ〜い正解!ほら、休んでないで腹筋50回!」

「ひ〜!!」


 アルバイトに明け暮れてそれなりに鍛えていた自信があったのに、私の目の前のジェフリー・ノートン氏は容赦が無い。

 そもそも私は筋力トレーニングなど望んだ覚えは無い。

 ただ一言、男の人の気持ちを知りたいと、そう、ただ一言呟いただけなのに…!


「あっはっはっは!ベゼル、ヘロヘロじゃん!笑えるね〜!」

「オリバー!!そもそもあなたのせいでしょう!?あなたが出し惜しみせずに友人を紹介してくれていればこんな事にはならなかったのよ!」

 いつの間にか我がもの顔で公爵邸に出入りするオリバーが、広間で訓練を受ける私を見て大笑いする。

「は?ベゼル、僕に野良犬の餌になれって言ってんの?あ、この場合は猫か…。君に男なんか紹介できるわけ無いだろ」

「そうでは無くて、男心の調査を……」

「同じ事だって言ってんの。会わせた男も皆んなまとめて消されるよ」

「……どこの人でなしの話よ」


 陛下から『遊べ』と言われたものの、遊び方が分からなかった私はとりあえずオリバーに相談してみた。

 年相応に男性を見る目を養うにはどうすればいいのか、知り合いがいないから紹介してくれないかと…。

 これが全ての間違いだった。

 わかりやすく怒りをたたえたオリバーに、その場でエイダとゾーイに告げ口され、曲解した二人が連れて来たのが…〝男心に詳しい乙女心の持ち主〟だというジェフリー・ノートン氏だった。


 何度も男の人に泣かされてきたというジェフ先生に、ポロッと呟いた一言が、彼…彼女?に火をつけた。

『結局男はみ〜んなボインボインに騙されるのよ!私の方が料理だって上手だし、身辺警護だってカンペキなのに!悔しいわ〜!姫ちゃんはいいじゃないの!これからプリンプリンになれるんだから!』

 こうして始まった肉体改造だが、はっきり言って地獄である。

「…オリバー、笑っていられるのも今のうちですからね。見てご覧なさい。あなたより暗号が解けるゾーイを…!」

「…………。」

 広間でジェフ先生に鍛えられているのは私だけでは無い。邸内全員が同じ軍人用の迷彩ズボンを履かされ、必死にトレーニングをしている。

 ゾーイに至っては逆立ちで腕立て伏せをしている。

「君んとこ…全員おかしいんじゃないの?」

「え…?」

 冷静になって広間を見渡せば……確かに何という光景なのだろう。

 ベゼル家がおかしいのは分かっているが、確かに…。


「な〜に言ってんの、オリバー・カーソン!ベゼル家に出入りする人間がそんなパセリみたいでいい訳無いでしょう!あんたもやるのよ!」

 ヌッと現れたジェフ先生がオリバーを引っ張る。

「はっ!?えっ!僕は頭脳労働派で……」

「ベゼルの頭脳派のカルロス・ダンヒルは片手でリンゴ潰せるのよ?甘い事言ってんじゃ無いわよ!」

「ええ〜っっ!!」

「…オリバー、ご愁傷様。フフン」

 ジェフ先生に引き摺られるオリバーを見てほくそ笑む私に、これまた軍服姿のエイダから声がかかる。

「…姫様、ロジャーズ殿がお見えです。…というか、後ろにいらっしゃいます」

「は…い?えっ?」

 慌てて振り向くと、そこには笑いを噛み殺したロジャーズ会頭の姿があった。

「…フフ、懐かしいですなぁ。私も若い頃ジェフリー殿の訓練を受けたものです」

「ええっ?ロジャーズ会頭も…!?」

「姫様、アンソニーです。…叔父様でもいいですが」

 そう言って片目を瞑るロジャーズ会頭は、父の弟……だったのね。



「…驚きましたわ。ジェフ先生が50歳を過ぎていらっしゃるなんて……」

 広間から応接に場所を移し、何かしらの報告があるというロジャーズ会頭とソファで正対する。

「ベゼルの私兵の訓練はジェフリー殿の専売特許ですからね。私兵だけでは無くて、まぁ……全員受けさせられるのですが」

 本当に筋肉は裏切らないのかもしれないわ…。ベゼルの人間は皆年齢不詳だし。

「それよりも…その、本当に叔父様とお呼びしてもよろしいのです?私、天涯孤独なのだとばかり思っていたので、身内がいたなんてとても嬉しいですわ」

 そう言うと、アンソニー・ロジャーズ氏は、やはり父の弟とは思えない柔らかな顔で微笑むのだった。

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