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135.ケンドール伯爵

 カルロス殿とリンジーという侍女がソフィアの兄…アシュトン・ブロウズ、またの名をデリック・ケンドールを捕縛した知らせは、クレア達が参加した婦人会の次の日にもたらされた。

 気ままな外出を繰り返す大女優に、しばらく部屋で大人しくするようにと、ホテルに釘を刺しに行った次の日だった。

 総会が成功裏に終わった事も、クレアがその場で機転を利かせた事も報告を受けている。

 …隠れて伺い見た彼女は、灰色の髪を一つに纏め、見事に別人のように化けていた。誰があそこまで変えろと言ったのだと文句を言いたい気もするが、別人に見えるならその方がいい。…より安全だ。

 いや、別人なのか…?

 

「…ルーカスしょげるな。気色悪い」

「誰が何だと…?」

「しょうがねーじゃん、ほったらかしてんだから。クレアちゃんだって年頃なんだし?ボーイフレンドの一人や二人…あ、いや、お前の嫁さんだったな。書類上」

「……………。」

 

 そう、着々と進む事件解決への道のりに比べて、ベゼル公爵邸からもたらされる報告は、不穏の一言だ。

 クレアがオリバー・カーソン以外の男と一緒にいるという知らせが毎日届く。

 ただ一行、『ジェフリー・ノートンと2時間会われた』『ジェフリー・ノートンと半日過ごされた』『ジェフリー・ノートンと…』


「ジェフリー・ノートンだと…?どこの誰だか知らないが死にたいらしいな」

「ルーカス、脳内再生の声が漏れてる」

「…あえてだ」

「あっそ。クレアちゃんに限って他所の男とどうこうは無いと思うけどな、ベゼルの連中が邸に入れてる人間だっていう点は気にかかる」

 そう、気にかかるのはそこだけだ。クレアが他の男と…いやいやいや、そんな器用な人間なら朝も夜もアルバイトに明け暮れるような生活に陥ってなかっただろう。

 あの鉄壁の守りを誇る公爵家の人間が招き入れる人間…

「あ、あれかな。…許嫁とか。よくあるだろ?身分の高い貴族は小さい頃から決まった相手っつーもんが…のわっっ!!ルーカス!寒い寒い寒い!!」

「…いいなづけ。ほう、なるほど。ベゼル公爵家は確かにそういう婚姻を繰り返していたな。うちとは大違いだ」

「…エドワーズっつーか、お前の親父さんの問題だろうが……」

「違う。エドワーズが侯爵家なのは政略結婚をよしとしないからだ。…確固たる意志に基づいた信念の…」

「あーはいはい。くだらねえ話してる間に、ほれ、来たぞ。…お待ちかねの、伯爵だ」



 くだらない話…。

 確かに冬の検問所で寒さを誤魔化しながら張り込みしていたのはこんな話をする為では無い。

 この日のために内海の港の船を全て止めた。アバロンの港はベゼルが押さえている。

 商会関係者には迷惑をかけたが、何とか知恵を絞ってくれた。婦人方の誘導も上手くいった。

 全ては……ヤツを釣り出すためだ。



「…陛下の一大事に、伯爵ともあろう方が出国ですか?」

 イライラした様子で検問の順番待ちに並ぶ金色の髪の男に声を掛ける。

「…エドワーズ侯爵?」

 振り返ったソフィアによく似た男が驚きを隠して応える。

「ご存知頂けていましたか。初めまして…ですね。ケンドール伯爵。昔はジェレミー・ブロウズ氏でしたか?」

 私の呼び掛けに明らかに嫌悪感を浮かべてケンドール伯爵が眉根を寄せる。

「…なるほど。港という港を止めたのは貴方の差し金だったか。回りくどい事をせずとも用があるなら正直に呼び出せばよかったものを」

 吐き捨てるように言う伯爵に思わず笑みが溢れる。

「それは失礼した。正直に申し上げれば良かったですね。『御子息と御息女は預かった。返して欲しくば出頭しろ』と…。まぁこの様子では子どもを迎えに来るような親では無さそうだが」

「…何が言いたい。私は荷上げが滞って商会の経営に影響が出る前に自ら仕入れに向かうだけの事。…息子と娘に何の関係が……」

「…ご存知無かったか。レイチェル嬢は違法薬物の密輸で逮捕され、御子息のデリック氏は……殺人未遂で逮捕済です」

 

 ケンドール伯爵の瞳がみるみるうちに見開かれる。

「な…にを馬鹿な…ことを。つい先ほど息子からは出国を促す手紙が……」

「あー…俺、模写も得意なんすよね。あなただけじゃなくて、お嬢さんからの手紙を受け取ったお仲間が…ほら、あなたを迎えに来てますよ」

 ザックの声にケンドール伯爵が検問所を通ってこちらにやって来る一団に目を留める。

「…嵌めたのだな、ルーカス・エドワーズ。お前は…何者だ!滅ぼすはベゼルでは無かったのか!?」

「…お前に答える義理は無い」

「なるほど。同じ穴の狢…か。よくも娘を手懐けたものだ。あの子の報告では……」

「…それ以上不快な話をするな。隠した武器も出して貰おう。…私が誤射する前に、な」


 コートで隠した右手の膨らみに目を留め、ケンドール伯爵が舌打ちする。

「…承知した…などと言う訳が無かろう!」

 なるほど、元は訓練された工作員らしく私の右手を正確に狙って蹴りを繰り出してくる。

 だが…

「…甘いな。私は左利きだ」

 狙われた右手をかわし、左手で伯爵のこめかみに銃を突き付ければ、そこでチェックメイトだ。

「ああ、偶然だが右手にはこんなものが……」

 目だけを動かす伯爵にヒラヒラと布を振って見せれば、ザックがそれですかさず猿轡をかます。

「…お前には死ぬより苦しい時間が待っている。行け」

 私の呼び掛けで客の振りをしていた検問所内の人間が素早く動く。

 トラウトからの連中もろとも縛り上げ護送車に押し込めば、漸く二つ目に片が付いた。


「…ルーカス、お前いつ左利きになったんだ?」

「は?私が左利きな訳無いだろう。両利きに決まっている」

「あっそ。…お前怖えな」

「女文字が書けるお前の方が怖い」


 残るは…あと一つ。

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