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134.王との会話

「…クレアよ、やはり辛いか?」

「…え?」

 陛下が赤みの強い茶色の瞳で私を見据える。

「…辛いであろうな。やはり儂は死を前に焦っていたとは言え、とてつも無い間違いを犯すところであった」

 間違い…

「先ほど聞いたであろう。いつ王の顔を手に入れたのか、と。儂が王の顔を手に入れたのは、ヨハンを得てからだ。…情けない話、市井に残した息子の母には、何度も何度も妃に上がって欲しいと願った。…ことごとく断られ続けて、息子にはたまに会うおじさんだと思われておった。…そして今は母親のパトロンだと思われておる」

「え…!?」

「彼女は女優なのだ。出会った頃は芽が出る前の舞台女優。今は…それなりに有名な。…それでもいいと、王となる者、側妃の一人や二人いて当たり前だと、覚悟を持って嫁いできたのが王妃だ。そしていつまでも昔の恋人を忘れられず、王になり切れない儂の足場を固める為にヨハンを生んだ。…ヨハンを得て、儂はようやく王として生きる覚悟を決めたのだ」

「……陛下」

「儂は愚かだ。…自分が捨てたくて仕方なかった王位に兄上がここまで執着しているとは思いもせずに、国を乱し、大勢の人間を苦しませ、そして……新しい人形を作り出す所であった」

「…それは」

「もちろん息子だ。…あれは女優である母親に、それはそれは自由に育てられておる。本人は劇作家になりたいのだそうだ。…そんな人間に王になれとは……。ハワードに育てられたそなたでさえ苦しんでおるのに、あの子には到底無理な話であった」

 

 陛下がお茶を口にして、ふうっと溜息を吐く。

「…ハワードを死なせた儂に言えた義理では無いが、ゆっくりで良いのだ」

「…ゆっくり」

「そうだ。儂は真の意味で王家の持つ宿命や業を理解するのに20年の時を要した。…王の顔を手に入れ、それでも理解できなかったものを、死の淵で理解したのだ。…そなたが儂の命を救ってくれたお陰でな」

「陛下……」

「儂には平凡な能力しか無いが、ようやく理解したものを他でも無いヨハンに伝える機会を得た。…そなたに息子との婚姻はもう望まぬ。長生きして、王になるべく育てられておるヨハンを…ベゼルとエドワーズに討たれぬように導くこととする」


 陛下が焼き菓子を一つ摘む。

「…うむ、儂は甘いものは嫌いでは無いがな、これは…甘すぎる」

「ふふ、シュガーグレーズですわ。…実のところ、私も甘すぎると思っておりました」

「…そなたはもちっと体に肉を付けよ。この邸におってなぜそうも細っそりしておる。…ルーカスが心配するであろう」

 ルーカス…様…。

「…なんだ、顔が人間に戻ったな。何か気になる事でもあるのか?……ははぁ、そうかそうか。これは面白くなって来た」

 陛下がニヤニヤする。

「…別に取り立ててお話するような事はございませんわ。特に、複数の女性を同時に愛せる陛下には聞きたいことなどございません」

「ほーう、言ってくれるな。その分多くの女性に袖にされても来たのだがな。子まで産んでおきながら、『貴方と結婚するぐらいならそこにいる靴磨きの妻になる方がマシよ。』とまで言われたのは世界広しと言えども儂ぐらいのものであろう」

「………どれほどだらし無い人間だったのですか」

「フェリクスよりはマシだ」

 て…低レベルな争い…。国内最高の身分を持つ人間達にしてはくだらなすぎるわ…!


 ニヤニヤが止まらない陛下に向けて、少しだけ唇を尖らせる。

「…では、陛下に一つだけお尋ねしますわ」

「うむ。一つと言わずいくつでも聞くがよい」

 …一つでもお腹いっぱいよ。

「…自分が選ばれなかった時は、どのようにして相手を諦めるのです?コツ…のようなものはあるのですか?」

「…は?」

 陛下の目がまん丸になる。

 …改めて見ると、本当に健康的になられたわね。

「ですから、その、袖にされた…と言いますか、想いが叶わなかった時にはどのように振る舞えば良いのか、わたくし、その辺りの事は疎くて……」

 正しい振る舞い方があるのなら知っておいた方が良い…はず。

「…だから言ったのだ。ハワードには何度も何度も口を酸っぱくして忠告したと言うのに……」

「…え?」

「そなた、社交界デビューすらさせてもらえなかったであろう?」

「ええ…はい」

「ハワードがそなたを男どもの目に触れさせるのを殊の外嫌がってな。…そなたは男どもに選ばれる立場では無く、後継者として選ぶ側に回るのだからとゴチャゴチャ抜かして籠の中に閉じ込めておったのだ」

「…なんとまぁ」

 色々と辻褄が合う事が頭に浮かぶ。


「儂は大反対した。若いうちに男を見る目を養わんと苦労するのは娘だと。…儂の言った通りフェリクスの息子なんかにつまずいておるでは無いか」

 つまずく…?

「ルーカス・エドワーズの妻は並大抵では務まらぬ。そなたのような世間知らずの令嬢では泣き目に合うのは当然の事よ」

「……………。」

「遊べ」

「…はい?」

「年相応に世間を見てまいれ。…儂にあやつの泣きっ面を拝ませてくれ」


 最後の言葉はどうにも私怨がこもっているような気もしたが、なるほど、それも翌日には氷解した。

 翌日の朝刊に踊った文字、それは…


 『国王陛下危篤。議会緊急招集へ。』

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