132.金色の貴公子
首都中心部に徒歩で行ける距離、周囲の治安も良く、質のいい教育機関も揃う街。
ここに一つの屋敷がある。
中世の重厚な石造り、貴族のタウンハウスの中では比較的広めなこの屋敷。
所有者はクレア・ベゼル。
18歳でここを相続した。
金色の真っ直ぐな髪を肩で結った男は思う。
あの時娘は18だったのかと。
瞼の裏に映り込む、遠目に見たあの葬儀の日の気丈な姿。
そして思う。
19で死ぬのか、と。
他でも無い、自らの手によって。
受けた命令は一つだけ。
『確実に仕留めろ。』
だから間違ってはいなかったはず。
この首に刃を突き立てれば、それで全てが終わるはずだった。
……手に持つナイフを蹴り飛ばされるまでは。
「せやーーーっっっ!!」
背後から静かにナイフを突き立てたはずの首が目の前から消える。
しゃがみ込んだ標的を追いかけ、視線が下を向いたその一瞬ののち、標的のハイヒールのつま先が自分の手首を蹴り上げる。
軽い痺れに思わずナイフを取り落とせば、今度は首筋に細い…とても細い無機物が触れる。
「…簡単に死ぬ事は許しません。歯に仕込んだ毒でも無理ですよ。…中和剤を先に打ちますからね」
耳元で冷たく囁く声を聞きながら悟った。
ああ……妹も失敗したのだな、と。
そして思った。
……これで自由だ、と。
「リンジー、見事な働きでした」
「頭領も見事な悪役っぷりでした〜!」
「……………。」
サラサラとした金色の髪を持つ青い瞳の男を縛り上げながらカルロスが言う。
「あなたには聞きたい事が山ほどあります。…ですが舌を噛み切られても面倒ですね……」
そこまで言いかけて男の頭を掴み、グッと顔を上げさせた瞬間だった。
金色の髪の男が驚愕に目を見開いたのを、冷たい眼鏡の奥は見逃さなかった。
「……アメリア?」
その呟きを耳にした瞬間、リンジーの纏う空気が一瞬で冷たくなる。
「……へぇ、自分が殺した女の顔を覚えてるんだ。プロとしてどうなの、それ」
男の青い瞳が僅かに揺れる。
「…殺してない。アメリアは殺してない。彼女は…グッ!」
リンジーが男の喉を締め上げる。
「…なに?あの人、最後に自分のしでかした事に気づいて自殺でもしたっていうの?…あんた、姉さんを殺してもくれなかったってわけ?」
「……!!」
カルロスが男の口に猿轡を咬ませる。
「はい、そこまででけっこう。聞きたい事は聞けました。後は鉄格子の中で道連れにする人間でも選ぶ事ですね。…連れて行け」
カルロスの命令で3人を取り囲んでいたベゼル家とエドワーズ家の私兵が動き出す。
「…呆気ない終わりでしたねぇ。もう少し賢い連中だと思ったのですが……」
その日、クレア・ベゼルの屋敷は、賑やかな音楽と華やかな装飾で彩られていた。
祈りの期間のさなかではあるが、正式な貴族の仲間入りの前に各家と友好を深めるためという名目で、当主では無く子弟を集めての非公式なパーティーが開かれていたからだ。
「…アイツら知らないんですね。アバロンとグラントの貴族の子弟がベゼルとエドワーズの私兵だって。招待状持ってノコノコ来るなんて馬鹿じゃないの。…こんな罠にかかる人間のどこが良かったのよ…!!」
「…リンジー、いつも言っているでしょう。恋心を制御するのが一番難しいのだと。姉上は罰を受けた。…子を失うと同時に正妻の地位も失った」
「…それでも許せません」
リンジーの瞳が仄暗く光る。
「それでも…それでもハワード様は姉だけを夫人として置いていた。ベゼル家の血統を脅かしかねない事をしでかしたのに!……あの日も…近くにいながら、お守りするどころか死に……至らしめた」
「……私は一番大切な時に側にさえいなかった」
カルロスが小さく呟いた。
大捕物があったというのに、変わらない調子で音楽は奏でられ続ける。
優雅な音楽の調べに乗せて、カルロスの脳裏に、フッと幼い頃姉のように面倒を見てくれたアメリア・ベゼルの顔がよぎる。
生まれながらに公爵の妻になる事が決まっていた彼女は、いつも完璧に微笑む人だった。
そう彼女は、あくまでも〝公爵夫人〟になるために育てられた人だった。
…ベゼルの本分は、知らされていたのかどうか……。
だからこそ完璧な笑顔の裏に存在した、当主であり夫であるハワード様への裏切りを知った時の我々の衝撃は凄まじかった。
…姫様の顔はどちらかと言うと父方に似ている。ただし…骨格だけは、身体の曲線だけは母方譲り。
やや背が低かったアメリアよりも、叔母であるリンジーの方が立ち姿がよく似ている。
「…お前ほど姫様の影に相応しい人間もいないでしょう」
「姫様は馬鹿じゃないですよ。…私が何者なのかはすぐにお分かりになると思います。姉の不始末を詫びてお側を離れます」
「…そうですか。では、次が最後の仕事かもしれませんね」
リンジーがくるりと後ろを向き、首をコキコキ鳴らす。
「ですね〜!私まだ暴れ足りないんで〜、いっちょパパッとやりますか〜!」
「…言葉遣い」
「疲れちゃいました〜。せめて王子様役がもう少しナイスガイだったら楽しかったのに〜!エドワーズは人材不足じゃないですかぁ?」
「…一回りも年下の少年役に何を求めてるんです」
「金髪青い瞳の貴公子以上のいい男ですよぉ!…決まってるでしょ」
ベゼル公爵家を二度も未曾有の危機に陥れたあの男。
三度目にしてようやく奴の企てを防ぎ切った今は、あの男の美しい顔が脳裏から消え去るぐらいの衝撃が欲しいと、リンジーは心の底から思った。




