13.来訪
リンゴーン……リンゴーン……
滅多に鳴る事の無い屋敷の呼び鈴。
ほとんど不在だから聞いていないだけかもしれないけれど、とにかく珍しく鳴り響く呼び鈴に、作業の手を止め玄関へと向かう。
「はいは〜い、少々お待ちください……ね…?」
そう言いながら開いた扉から覗いた顔に、心底驚いた。
「…エドワーズ…様?」
今日は第二水曜日…しかも夕方。約束の土曜日では無いのに……。
「…クレア嬢、夕刻にすまない。一つ、聞きたい事がある」
無表情だけれど、確かに焦りを感じさせる彼の顔に、何かしらが起こったのだと瞬時に判断する。
「…どうぞお入り下さい。お茶を…」
「いや、茶はいい。話をしたい」
「わかりました」
有無を言わさぬ様子の彼を、応接へと案内する。
「どうぞおかけ下さい」
「…失礼する」
礼儀正しくソファに腰掛ける彼を見届け、私も対面へと座った。
「クレア嬢、レストランを辞めたと聞いた」
「え、ええ。皆様お耳が早くていらっしゃるのね。月曜日の事ですわ」
…聞きたい事とは、これのこと?
…そんなに悪い噂が立っているのかしら……。
「…なぜ?」
「なぜ?ええと、理由をご存知だからいらっしゃったのでは…?」
「いや、すまない。先ほど運転手に聞いたばかりなのだ。詳細についてはまだ…」
「…そうですか」
そもそも、彼に話してもいい事なのか判断が難しいのよね……。
エドワーズ様はあの夜会の場にいらっしゃったわけだから、あの濃い顔の方はご友人かもしれないのよ。
立場変われば見方変わるとも言うし、私が一方的に事の次第を報告することは不公平ではないかしら……。
私が頭の中で少しの間考えを巡らせていると、彼の言葉がどんどん飛躍していく。
「もしあの男が関わっているのなら、すぐに屋敷を出るんだ」
「…え?」
「住む所は用意する。だから……」
「ちょ、ちょっとお待ちください!一体何の話ですか?」
「あいつは君が思うような人間じゃないんだ。頼むからどこか遠くへ……」
「エドワーズ様!」
いったい何の話なの!?
「…潰す」
「はいっ!?」
「あの店潰す!」
「やめてくださいっ!」
のっけから支離滅裂だった彼に、結局ことの詳細を話してしまった事はやはり間違いだった気がする。
「君は被害者じゃないか!なぜ泣き寝入りする!」
「アルバイト一人よりも店の信用を取っただけの話ですわ!経営判断でしょう!?」
「そんな判断しか出来ない経営者などいらん!この国で二度と商売が出来んように晒し首に…!」
「ま、待って!」
ドカドカと足音を立てて部屋を出ようとする彼を慌てて追いかける。
「確かオーナーはトンプソンだったか…。誰を敵に回したか思い知らせねば……!」
「待って!お願いだから待ってください!」
扉まであと半歩の所で、ようやく彼の体にしがみつく。
「もう大丈夫なんです!本当に!だから…」
「……………。」
彼がピタリと動きを止めたまま、固まる。
「…落ち着かれました?」
「……………。」
「エドワーズ様?」
そろそろと彼を拘束していた腕を解こうと力を緩めたその時、私の腕の中で彼の体が回転する。
そして…
「すまなかった…。あの場にいたのに、守ってやれなくて、すまなかった……」
力強く抱きしめられた彼の腕の中で、私は囁くような謝罪を聞いた。
流れる静寂。
事実、私の頭の中には、映像も音も届かない、真っ白なものだけが流れていた。
その白い世界から私を引き戻したのは、彼の一言。
「…いい匂いがする」
いいにおい…いい匂い…確かに少し焦げくさいけれど香ばしくていい匂いが…
「ああっ!私とした事が!!エドワーズ様、少々失礼します!」
「あ、ああ」
なんてことかしら!今は少しの食材も無駄にできないというのに…!
そう、今は夕方。
レストランでの仕事を失った私は、夕食の準備の真っ最中だったのだ。




