127.陛下
「…なんだ、儂の顔に何か付いておるか?」
「あ…いいえ、陛下。大変失礼いたしました。想像よりもお元気そうなので驚いたのです」
陛下が極秘にベゼル公爵邸にやって来た。
…たった一人で、しかも歩いて。
貴賓室に設けられたベッドに横たわるでも無く、ソファで寛ぐ陛下。
「…陛下、差し支えなければ教えて下さい。お付きの方々は……」
「ああ、撒いた」
「まっ…いた」
「ここには子どもの頃からよく一人で出入りしておったからな。わけもない事よ」
「一人で、ここに…。まさか陛下と父は……」
「市井の言葉で言うところの幼馴染だ」
「ー!!」
何の躊躇いもなく私が注いだお茶を飲む陛下。
この警戒心の無さは…通い慣れた邸だったから……?
「…そなたが儂に何かするならば、わざわざ自分の邸で行う必要はないであろう。そもそも、儂の命乞いをしたのはそなただと聞いておる」
「…!」
「そなた、ベゼルの本分を知ったのだろう。…国を荒らす王家をなぜ討たぬ。いたずらに民を苦しめ、後継争いに明け暮れ、……そなたの両親を死なせた」
両親を…
「…そして娘であるそなたの命も脅かし、それでもやはり、息子の妃に望んでおる」
私は確かにベゼルの本分を知った。
だけど私にはまだ知らなければならない事がある。
…陛下の、本心だ。
「…陛下。陛下は……王家に産まれて幸せですか?」
陛下の眉がピクッと動く。
「…他意はございませんの。熱烈に私を望んで下さるのですから、王家が幸せな所であれば良いと思ったまででございます」
「………………。」
陛下の視線が注がれたお茶から動かない。
「…陛下、私は腹の内を探り合ったり、言葉の裏を読む事は苦手なのです。ですから…思ったままを、正直に述べますわ」
「…よい」
「ありがとうございます。陛下からの申し出を、私なりに考えましたの。…私は、いえ、ベゼル公爵家は、私が思っている以上に価値の高い家なのだろうと」
「…無論、その通りだ。そなたもベゼル家の成り立ちは知っておるだろう。本来ならば臣下として扱われる謂れもない事を……」
「ええ。ですが、今は一公爵家ですわ。ですから、陛下は臣下である公爵に、こう言う事もできたはず。『第一王子の後ろ盾になって欲しい』と。…妃でなければならない理由は、別のところにあるのでしょう?」
陛下が少し驚いた顔をする。
「そなた…王位継承の秘事を知っておるのか?」
そう、私は何故かこの王位継承については父からかなりしつこく学ばされた。
今ならばわかる。ベゼル公爵家に復籍した今だから…。
「陛下には…兄君がいらっしゃる」
「…そうだ」
「ルーカス様が追いかけている相手であり、そしておそらくは…真実、私の両親の仇で、陛下の命を脅かす相手……」
「………………。」
王家の長子、それも男子でありながら王位継承から外れたレアード公爵。
そしてレアード公爵が王位に就けなかったその理由こそがまさに私に降り掛かるものだ。
「陛下とレアード公爵の人生を分けたのは…生母の差、でございますね」
「…そなた、よく知っておるな。王子でも知らぬ者がいるというのに」
「…目に見える爵位の差ではございませんものね。私ずっと不思議だったのです。どうしてこの国では同じ爵位の中に上下の差があるのだろうと。…加えて言うならば、ルーカス様…エドワーズ侯爵は、上の爵位である他の公爵からなぜ頭を下げられるのかと……」
特殊な家である事は間違いない。ただ、それは私たち三家のみが知ること。
「…そなたの思うた通りだ。我が王家が不文律のうちに定める貴族の格式は、家の古さ…それも、かつてのタングル王国の時代まで遡る事が出来るかどうかで決まる」
そう…王家は一度断絶した。
だから家の古さを身分を測るものさしにした事は想像に難くない。
「陛下は分かっていらっしゃる。例え市井に置かれた殿下を復籍させたところで、娶られる妃いかんによっては、必ず次の継承争いが起きる事を」
「………………。」
だから、私が必要。
私が産む子は必ず王位に就く。
「友人が教えてくれたのです。ベゼル公爵家は…国で一番古い家なのだと。…後ろ盾としても効果は高いでしょうが、次世代の王の生母としては文句の付けようが無い。そう、誰にも何も言われない、産まれながらの王が誕生する。陛下は、一族内で無駄な血が流れるのが……お嫌なのですよね」
握りしめた拳を見つめながら、陛下がぼそりと呟いた。
「…儂は王になどなるつもりは無かった」と。




