125.王、来たる
「は〜…!ほんっとに溜息が出るね。邸で遭難しそうだよ」
「そうなのよ。…あ、オリバーにもこれあげるわ。迷子になったら笛を吹いてね」
「…………どうも」
オリバーを迎えたベゼル公爵邸は、普段のオープンな雰囲気はどこへやら、完璧な貴族の邸宅と化していた。邸宅というよりは…要塞といった感じなのだけど、外観はエドワーズ邸に負けるとも劣らない瀟洒な造りだ。
「…なるほど、確かに変な家だね。敷地面積に対して部屋数が少ない。…これは隠し部屋があるな」
どことなくウキウキしているオリバーと、邸の探検に歩き回る。
「…固定資産税、いくらかかるのかしら」
「あっはっは!気にするところそこ!?貧乏性にも程があるね」
「だって……」
「大丈夫だよ。国が運営できるぐらいの収入があるんだろうし」
「…オリバー、あなた頭が良すぎて不安だわ。リーさんだけじゃ足りない気がする。ピアスで熊を仕留められる女性を付けましょう。そうしましょう」
「…何その怪物」
小一時間かけて簡単に邸の探索を終えた後、返り血を浴びたらしいメイドの完璧な給仕でお茶を飲む。
「エドワーズさんに会ってないって?」
「そうなの。お忙しいのはわかってるんだけど、少し不安で……」
オリバーが何事か考える仕草をして、いつも通りの雰囲気で話し出す。
「今回は相当動いてるね。僕も蚊帳の外なんだけどさ、父さんが頻繁に商会の代表者の会合に出かけてる」
「そうなの…?セドリックさんもお忙しいのね」
オリバーが溜息を吐く。
「…君は脳の引き出しの連結を訓練した方がいいね。このタイミングで僕が話題にする商会の代表者なんて、あの日のメンバーに決まってるだろ!?プリンセス・カフェの共同経営者が、毎日のように集まっては何事か話し合ってるんだよ!」
「…え?」
「4号店の出店計画じゃないよ。…もっと大きな仕事だ」
「まあ……」
彼らが一つになったのは、アンダーソンの時のような事態を防ぐため…だったわね。
「君はさ、そのままでいいんじゃない?」
「え…」
「なーんかゴチャゴチャ悩んでるみたいだけど、何の計算も無く、ほわほわとおじさん達を手玉に取ってりゃいいんだよ。…きっと、そんな君におじさん達は感謝してる」
「オリバー…。え、ちょっと待って、私誰かを手玉に取ったの?いつ?」
「………うん、それでいいんじゃないかな」
オリバーの言葉に少しだけ肩の荷が下りるような気持ちになっていた時、邸が急に緊張感に包まれる。
「…何かしら」
オリバーも異常を感じたのだろう。顔に少し困惑が浮かぶ。
「ゾーイ入ります」
オリバーとお茶を飲んでいたサロンに、静かにゾーイが入って来た。そして私に何かを差し出す。
「姫様、緊急通信です。…エドワーズ侯からの」
「!!」
差し出された文面に慌てて目を通す。
数度目を通して理解した。
「…オリバー、これ、絶対にあなた宛だわ」
「はっ!?」
「…私、読めないもの」
「はぁっ!?ちょっと貸して!」
ルーカス様…お久しぶりの便りだというのに大変申し訳ございません。
私…古代文字は未習得でございます。というか、ほとんどの現代人は読めるわけないでしょう!?
オリバーが来ている事、絶対ご存知だわ。リーさんかしら…。一体どうやって連絡を…。
ものすごい早さで暗号のような古代文字を読んでいくオリバー。まるでルーカス様の愛弟子ね、などと暢気な事を考えていた私に、オリバーが緊張した声で言った。
「…ベゼル、すぐに貴賓室と医者の準備だ。…陛下が来る」
「………はい?」
「ぼやっとしてないですぐ準備!へ い か が…来る!!」
へ…い…か…
「陛下ですって?」
「そうだよ!今夜20時…あと3時間だ。ベゼル、秘密を守れる医者はいるの?」
「えっ、ええと…!」
それはいる…と思うけど……
「お任せください。他に必要なものは?」
ゾーイが卒なく応える。
「…邸の表門を閉めるように、と書いてあります」
「姫様、この者の指示に従ってよろしいでしょうか」
「もちろんよ!…というかオリバー…お願い」
「君ねえ…?ったく。彼女…ええと…」
「あ、ゾーイよ。ゾーイ、こちらはオリバー。すごく頭がいいの」
「…ゾーイです。姫様の侍女を務めております。オリバー殿、ホールに他の者も待機しております。一緒に来て頂いてよろしいでしょうか」
「わかった。よろしくゾーイさん。…ほら、行くよ!もうしっかりしなよね!あんな小さな子がシャキシャキしてるのに」
オリバー…、ゾーイは多分お姉さんなの。10代にしか見えないけど、お姉さんなのよ……!
ルーカス様の指示を要領よく伝達するオリバーにより、邸では粛々と陛下の受け入れ準備が進められていた。
…確かに助けて欲しいと願ったのだけど、まさかの事態だわ。
その夜、ルーカス様の指示した時間通りに、陛下はベゼル公爵邸の地下通路からやって来た。




