124.ベゼル公爵邸
私がベゼル公爵邸に来てから今日で三日。本当なら昨日にはルーカス様は出張から戻られているはずなのに、お迎えが来ない。
まさかとは思うけれど、どさくさに紛れてこのまま離縁なんて事には…。だめだめ、変な事考えるのはやめましょう。お忙しいのよ、きっと。
大学までの送迎車を待ちながら、ぼんやりと邸の賑わいに耳を澄ます。
「姫様今日もお美しくていらっしゃるわ!あ、虫。えいっと、針一本!」
「ほんとほんと〜!ヤダ、お仕着せに返り血が……」
「新しいピアス見て〜!熊も殺れるのよ!」
「わー!素敵素敵〜!」
メイドの会話が…物騒すぎる。
「例の商会どうなった?」
「潰した」
「じゃあ残りは懐柔待ちだな」
「すぐだろ」
使用人の会話が…聞き捨てならない。
なんて危ないの…!もう何というか、絶対に表社会の家じゃないわ。
この邸で過ごしてわかった事。ベゼル公爵家は…怪しい。とにかく。かなり。
父があの屋敷に私を置いた理由がよくわかる。ここではとてもじゃないけれど、何かを隠して私を育てるなんて無理な話だったのだ。
秘密は知る人間が少ないほどいいって言ってたのはどこの誰だった?皆あけっぴろげじゃないの。
今さらながら、私はやっていけるのだろうか。
「姫様、ぼんやりされてどうされました?」
「エイダ…。いえ、私は、普通に生活していて大丈夫なのかしら。皆さんのように、その、修行みたいな事を……」
「姫様、確かにベゼル公爵家は…少々独特な…感性でもって動いております。ですが、それを悟らせぬように普通の御令嬢として過ごすことが、今の姫様のお仕事でございますよ」
「エイダ…私、その独特の感性の修正を試みるべきだと思うのだけど…」
「無理でございます。1000年の歴史がございますので」
「…そうなのね」
普通の御令嬢らしく美しく装い、優雅に振舞い、そして華やかに。
いえいえ、それは違うでしょう。私もスリッパでは無く針でアレを仕留める修行を…。
とは言い出せず、私は今日も朝から盛り盛りに飾られている。
「あっはっはっはっ!ベゼル…きみ、いつから肖像画の貴婦人になったんだよ!」
盛り盛りの縦ロールで大学に通わざるを得ない傷心の私の心に、塩を塗り込む声がする。
「…オリバー?あなたもう大学に来られるようになったの!?」
何と久しぶりの再会なことか。こんな姿でさえなければ喜びしか無かったのに…!
「ププッ、ん、まあね。商会はアーロンとエディに任せる事にしたんだよ。僕の本業はこっちだからね」
「そうだったのね。あなた本当に凄いわ。どんどん販路を拡大してるのですってね。寝る暇もなかったでしょう?」
「まぁ最初はね。人に任せる事を覚えたらそうでも無くなったかな。案だけ出して、後は結果を待つ。まぁ…父さんの受け売りだけど」
「結果を…待つ?」
「そうだよ。それが出来る様になるまでが大変でさ。アレコレ気になっては自分で首突っ込んで、色々抱え込んで限界が来る……」
オリバーが溜息を吐く。
「…なんてね。本当はぶっ倒れて強制隔離されただけ」
「ええっ!?」
「…やっぱりまだまだだよ。人に任せるのって難しいよ」
任せる…。私はそこまでには至って無いのよね。
そもそも何をして貰えばいいのかもわからないのだもの。
「で?君はどうして…ププッ…その、芸術的な……」
「…正直に言ってちょうだい。変な頭だって」
「んー…変では……あ、君痩せた?頭だけ大きい」
「それが変だって言うのよ!んもうっ!」
「あっはっは!」
気にしない振りをしていても、やはり緊張が続く日々。オリバーとの遠慮ない会話はとても楽しい。
「へぇ〜、里帰りって感じだね」
「里帰り…なのかしら。初めての場所よ?」
「それでも実家だろ?…見てみたいなぁ。謎多きベゼル…公爵邸」
「……オリバー知ってたのね」
「そりゃ調べましたから。相関図作りながら手が震えたよね。この国で一番古い公爵家だよ?何でまたそんな家の御令嬢がボロボロだったのか……なーんてね」
謎多き…。
「オリバー、今日一緒に帰れる?…よかったら公爵邸に寄り道して行かない?すごく変な家なの」
「え、いいの?何か…血判とか取られない?」
「…取られるかも」
「えっ!?」
「…いえ、ちょっと見てみたいものがあって…」
「は?見せたいものじゃなくて?」
…お客様がいる時の邸のみんなを見てみたいの。
「んじゃお邪魔しちゃおうかなー」
「ぜひぜひ!…多分もう伝わったわ」
「あー…やっぱりあの辺りの女性たち……」
「…ローさんに代わる護衛なの」
私を守ってくれていたローさんは、その役目を侍女3人に引き継ぎエドワーズ邸へと戻った。…リーさんは相変わらずオリバーの側にいる。
まだ安全という訳では無いものね…。
オリバーとたわいも無い話をしながら、エドワーズ邸とは王宮を挟んで真反対にあるベゼル公爵邸へと向かう。
「あ、見えて来たわ。…あそこなんだけど」
私が指差す方を見て、オリバーが絶句していた。
そしてポツリと呟いた。
「一つの街じゃん……」




