123.当主代理
「はい姫様、あ〜ん、して下さい!」
「ずるいわリンジーあなただけ!私たちも姫様のお世話したいのに〜!」
「ダメダメ!私は専属侍女なんだから!ほら、あなた達は邸の仕事に戻るのよ!はい、あ〜ん」
「「ええ〜!?」」
…だろうな、とは思っていた。
ここは間違いなく、ベゼル公爵邸…。
何という使用人の数なのかしら。そしてなぜ皆さんこの部屋に…。
「あの、リンジー…?私、体も普通に動くから、一人で大丈夫よ…?」
「ダメです!今日は私がお世話するんです!明日はゾーイ、その次がエイダ、これは最高会議で決まったんです!」
「ええっ!?私ルーカス様のお邸に…」
「エドワーズ侯はお忙しいですからね。お迎えが来るまでここで待機ですよ〜」
「そ、そうなの?」
確かに出張中ですもの、お忙しいとは思うけれど…。
「ささ、姫様!公爵邸の食事は美味しいですよぉ!レストラン経営してますから!」
「え、ええ……」
目一杯のお世話を受けながら、ぼんやりと思った。
ルーカス様、今頃どうなさっているのかしら…。
「…ほう、あの死に損ないの狸はクレアに息子の妃になれと…?体より脳細胞が先に死滅したようだな…!」
「ルーカス落ち着け!そうじゃないだろう!大事なのはそこじゃ無い!!」
「大事なのはそこだけだ。クレアの元に三顧の礼に通うならともかく、死地へと呼び出しておいて、言うに事欠いて……私と…離縁しろだと…!?餞は鉛玉に決めた」
「ちょっと銃しまえって!カルロスさん…でしたっけ!?笑ってないでルーカス止めて下さい!」
私は全身の血が沸騰しかけていた。
ようやく下船し、出迎えに来ていたスタンリー・クルーズにソフィアを引き渡したあと、なぜかヤツから〝第三地点〟と書かれたメモを受け取り、その指示通り参集場所であるクラレンス病院までやって来た。
病院への呼び出しという事もあり、クレアの身に何かあったのだと血の気が引く思いでここまで来たのだが……。
「クックック…!ルーカス殿は存外愉快な性格をされていたのですねぇ。…意外でした」
「カルロス殿、笑い事では無い。彼女が軽症だったからあなたもそうして笑っていられるが、仮にハワード殿のような事にでもなっていたら……」
そこまで言いかけた時、カルロスの背から凍てつくような波動が飛ぶ。
「…今頃王宮など消し炭です。その件に関しては、私もロー殿も大いに反省しております。二度と…いえ、一度たりともあってはならない事でした」
「……………。」
振り上げた拳をとりあえず仕舞い込み、用意されている椅子へと座り直す。
「…カルロス殿、私をここへ呼び出された理由をお聞かせ願いたい」
静かな怒りを一瞬で封じ込め、カルロス殿が一枚の紙を差し出す。
「…陛下の部屋で焚かれていた香の分析結果です」
差し出された紙に目をやり、内容を読む。
「…殺虫剤?」
「そうです。私は麻薬でも出るものだと思っていたのですが、そう簡単には相手に結び付けられないようですね」
…なるほど。例え陛下の身辺の異常に誰かが気づいても、ヤツらには捜査の手が届かないようになっている…か。
「…ザック、例の物をカルロス殿に」
「えっ、あ、アレ?…悪魔の所業のヤツか」
…誰が悪魔だこの阿呆。
ザックが布で包んだソフィアの歯…に見せかけた薄い陶器のかけらをカルロス殿に差し出す。
「…ほう。ルーカス殿、あなたもなかなかしつこく……用心深くターゲットを調査されるのですね。…一本だけとは」
「当然です。対象の歯の治療歴は捜査の基本だ。…分析をお願いします」
「わかりました。すぐに出ますよ。ここはベゼルが誇る研究所ですから」
はっきり言って末恐ろしい一族だ。…病院が表の姿とは。
「あなたの事です。他にも色々と面白い仕掛けをして来たのでしょう?宜しければお聞かせ下さい。私も大切な任務を授かりましたので、あなたとは共闘すべきと考えております」
「任務…ですか?」
「ええ。私とロー殿、つまりはベゼル家とエドワーズ家に、当主と…当主代理から与えられた、大切な任務です」
「!!」
王宮へ乗り込んだ話を聞いた時も思ったが、クレアは見事に二つの家を使った。
実動にベゼルを、工作にエドワーズを。
だが…恐らく絵図を描いたのはカルロス・ダンヒル。
「命令の拡大解釈は許さない。一言一句違えずに、彼女の言葉を述べられよ」
主の名の元に暴走させる訳にはいかない。…彼女が悲しむ事になる。
「なるほど、さすがはルーカス殿です。わかりました。クレア様はこう仰ったのです。〝陛下を助けてもらえますか〟と。…実に可愛いらしいお願いです」
陛下を…助けろ……
「あなたなら、どういう手段で陛下をお助けになりますか?…身柄の保護?健康の回復?…さてさて」
食えない…。何とも食えない人物だ。
「…真の意味で助けるならば、根源を断つ以外に無い。全てを終わらせる。今こそハワード殿の本懐を遂げる」
それこそが、陛下を…王家を、そしてこの国を確実に救う事になる。
カルロス殿がスッと立ち上がり、そして膝をつく。
「よくぞ仰った。これより我々は、あなたの指揮下に入る。ベゼル公爵家当主代理としてその腕振われよ」




