122.クレアのお願い
あれからすぐに、私は陛下の宮から秘密裏に運び出され、見知らぬ場所へと移された。
自覚は無かったが、何かしらの中毒症状が出ていたらしく、解毒やら中和やらでこれまた見知らぬ人間に囲まれて処置を受けている。
…私は寝転がって天井を見ていればいいだけだが、あの後王宮はどうなったのだろう。
陛下の寝室で私は何も食べなかったし、飲まなかった。
会話をしただけ。…つまり、呼吸をしただけ。
原因は分かりきっている。
ローさんとカルロスはどうして平気そうだったのか、陛下はあの部屋でどのくらいの期間生活されて来たのか、そしてどうして私にだけ即症状が現れたのか。
思い当たる事はただ一つ。
「…ルーカス様を傷つけてしまうかしら」
彼は、私が危険な目にあったとわかったらきっと自分を責める。……彼のせいでは無い事でも。
「何かおっしゃいましたか?」
「あ…いいえ、一人言です」
私を取り囲んでいるお医者…らしき人が私の呟きを拾う。
「ふむ…。言葉も明瞭になって参りましたな。姫様、75かける18は?」
「あら、残念ながら平時でも答えられませんわ」
「ほ?ホホホ!よろしいよろしい。カルロスを呼んで参りましょう」
私を姫と呼ぶお医者様…。
「姫様!」「クレア様!」
お医者様の集団と入れ替わりに2人が飛び込んで来る。
「カルロス、ローさん、心配かけてごめんなさい」
体を起こそうとすると、カルロスが慌てて手で制する。
「そのままで…!そのままで結構でございます。私はとんだ失態を…!」
カルロスがガバッと頭を下げる。
「…クレア様、私もです。ルーカス様にも合わす顔がございません」
ローさんまでもが私に頭を下げる。
ふうっと一つ溜息を吐き、ゆっくりと体を起こす。
「カルロス、顔を上げてこちらへ来て下さい。ローさんも」
2人が目を見合わせる。
そしてその顔には困惑が浮かんでいる。
「今回の件であなた方が責任を感じる必要はありません。あなた方は訓練を受けているのでしょう?幼い頃から毒に慣らされ、苦しい思いを沢山してきたのでしょう?…父や、私や、ルーカス様のために」
カルロスが下唇を噛みながら応える。
「姫様、だからこそ私達は失態を犯したのです。自分の体に何も起こらなかったゆえ…よもや、あの部屋に薬物が充満しているなどと思いもしなかった。…過信から来る…失態でございます」
「いいえ、違います。失態なんかじゃない。…私達は成果を手に入れたではありませんか」
「…成果でございますか?」
「そうです。…陛下の置かれた状況を、正しく知る事が出来ました」
「!!」
それは間違いなく、あなた達と、私という人間があの場にいなければ分かり得なかった。
「陛下は、恐らくあなた方と同じ体質なのでしょうが、あの部屋でどのくらい暮らされていたのでしょう。あの部屋に出入りした人間は?掃除をしていた人間だっているでしょう?皆体に何も起こらない、その様な事がありえますか?」
ローさんが眉根を寄せる。
「…孤立無援」
私は頷く。
「…陛下からの申し出は、ご自身の先の短さを感じての事なのでしょう。ならばそれを回避する道は一つ。陛下に…長生きして頂くことです。長生きして、ご自分の手で第一王子殿下の立場を確立する。……それが、親の務めというものです」
口にしてハッとした。…カルロスが、今にも凍りつきそうな顔をしたから。
…私は今、彼を傷つけたのだわ。
「…姫様、閣下の…お父上の……」
「ごめんなさい、私そういうつもりで言ったのでは無いの。私は殿下とは違う。…あなた達が私を待っていてくれた。殿下が王家に戻られるなら、何を差し置いても陛下だけは、彼を待たなくてはならない」
「姫様……」
じっと二人を見ていると、なぜか目の縁に熱いものが込み上げてくる。
「…ローさん、カルロス、一人言を言ってもいいかしら…」
「ふむ、ならば私はそこの椅子で茶でも飲みますかな」
ローさんが病室に備え付けられた椅子に座り、器用にお茶の準備をしだす。
「…はっ!え、ええと私は…ナイフでも研ぎましょう」
カルロスは床に座り込んでしまった。
「…フフ。実はね、正直に言うと、父が生きていたら陛下からの申し出をどうしたかしらと、そう思ったの。父が生きていたら…私はルーカス様とは出会うことなく、殿下の後ろ盾として嫁がされたのかしらって。だから、何が正しい事かわからなくなって…… 陛下の言葉に動揺したの」
ルーカス様は必ず正義を全うしようとする。
あれだけ身を削って国の為に仕事をする彼は、きっと国の為に最短で正しい道を選ぶ。
「…自信が無いの。正しい事をする……自信が」
スクッとカルロスが立ち上がる。
「姫様、あなたは思い違いをしておられます」
「…え?」
「我らは正しい事の為に働くのではありません。ご自身の幸せの為に我々をお使い下さい」
「…カルロス」
ローさんも立ち上がる。
「クレア様、ルーカス様も命令の半分は下らない事ばかりですぞ。たいていクレア様絡み。完全に私欲の権化ですわい」
「…そうなの?」
「非常に残念ですが、それが我が主、エドワーズ侯爵でございます」
カルロスが言う。
「姫様…何かお手伝い出来る事はございますか?」
「ほほ、そうですな、確かに。何か手伝えますかな?」
「…二人とも、ありがとう。……陛下を、助けてもらえますか…?」
彼らはとても優しい瞳で頷いて、『もちろんです。』と呟いた。




