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12.焦燥

『ベゼル…実はうちね、父がこのたび、準男爵に叙される事になって……』

『まぁ!さすがカーソン商会の会頭ね!……おめでとう以外の言葉は言いにくいわ』

『だよね。両親は必死に断ったみたいだけど。それで……』


 邸を訪ねてすぐにオリバーが私に告げた言葉。

 名誉のみが与えられる称号、準男爵。

 爵位がありながら身分は平民という国の金儲け以外の何物でもない微妙な称号。

 カーソン家のように、爵位がなくても十分に成功を収めて来た富裕層の、ある意味正直な感想だろう。

 出世して男爵以上に上りつめる強者もいる事にはいるが。


 オリバーそっくりなクルクルの髪を可愛く結った、とても40前には見えないシンシアさんの語りは続く。

「うちは元々小麦粉の卸問屋でしょう?たまたま小麦余りの時に作った菓子が当たっちゃって、たまたま小麦不足の時に備蓄分を放出したから目をつけられちゃったのよ」

「……それは商才というのでは」

「それでね、何だかんだで今後は貴族の方々ともお付き合いしなければいけないでしょう?…苦手なのよ、堅苦しいの」

「…わかります」

「色々なマナー教師と面接したのだけど……」

 だけど?

「つまらなかったの」

 つまらなかった…?

「見た目が」

 見た目…?

「週に3回も見たい顔じゃなくて」

 顔……!!

「で、オリバーが心当たりがあるって言って連れ来たのがクレアちゃんてわけ。よかったわ〜!私お人形遊びが好きだったの。ドレスを縫って着せ替えるのが楽しくて!それで洋裁学校に通ったのよ!」

 すごく…不穏な言葉が聞こえた気がするのだけれど。


「あの…シンシア、さん?」

「クレアちゃん!来週からよろしくね!私…たくさんドレスを用意して待ってるわ!!」

 シンシアさんに両手をガシッと掴まれて、キラキラした目でお願いされる。

「え、ええ。…とは言え私も素人ですから、お役に立てるかどうかは……」

「大丈夫よ!頭だけはいいオリバーが連れて来たんだもの!そうと決まれば色々と決め事をしなくちゃ!ウォルター!契約書をお願〜い!」


 マイペースなシンシアさんにやや戸惑いながら、彼女の隣に座るオリバーを見る。

 彼の口元が お ね が い と動くのを見て、理解した。なるほど、相当数の家庭教師が面接落ちとなったのだろう。

 何にせよ、彼女に提示された給金がレストランでの収入減を補って余りあるものだった以上、私に否やは無い。

 しかし…何とか最近の流行について情報を仕入れなくては。




 

 その知らせがもたらされたのは、夜会から3日後の夕方のことだった。


「何だと?彼女が送迎を断って来た?」

「ええ…。ご報告が遅くなってしまいまして申し訳ございません。クレア様は月曜日にレストランをお辞めになったようで……」

「辞めた…?」

 そんな話は…本人から聞く術も無いが、一体なぜ…。

「ええ。それでも念のため昨夜も屋敷の前で待機しておりましたところ…その……」

 彼女に付けていた運転手が何かを言い淀む。

「…何だ。はっきり言え」

「は、はい。昨夜は、9時頃、その…男性が送り届けて来られました」

 男…だと?

 まさか…いや、屋敷の見張りからは何も報告は来ていない。アンダーソンが現れたなら、緊急出動がかかっていたはず…。


「パン屋への朝の送迎は必要だろうと今朝まで待機しておりましたが、ご本人よりもう送迎は必要ないと言われまして、ご報告に上がった次第でございます」

「……そうか」

 レストランを辞め、男が送迎…。この3日で彼女に一体何があったというのだ。

「昨夜の車には見覚えがございます。あれは最新の型式で、確か大商会の会頭が購入したはず……」

「何だと!?」


 そう叫んだのと、部屋を飛び出たのはどちらが早かっただろうか。

 とにかく無我夢中で、彼女の元へと車を走らせる自分がいた。


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