119.茶会の裏で
腕力が落ちているわ!
こんなお盆一つで腕がプルプルするなんて…!
足りない知恵を皆に補われ、私は書状の指示通りに王宮西広間に参上した。
令嬢ではなく、給仕係として……。
どんなツテを使えば、全く怪しまれずに見ず知らずの人間が王宮で給仕係をできるのかなど、細かい事はこの際事後確認するしかない。
集められたのは広間だったが、今日のお茶会は美しい庭園で開催されている。
それにしても、まかり間違ってドレスなどで来なくてよかった。…本当によかった。
だって集められた御令嬢達は、皆どう見ても……10歳くらいの少女たちなのですもの!
空間からはみ出た勘違いおばさんになる所だったわ。
庭園の対面を見れば、給仕服もバッチリ着こなすローさん。そして対角線上にはゾーイ……あなたそれ、男性でも両手で運ぶ料理盆よ…?
クリフは御令嬢たちの親御さんの控え室で待機、エイダとリンジーは王宮メイドとして潜り込み、カルロスは…それこそ本気でどうやるのかは分からないが、国王陛下を誘導するらしい。
朝から心臓がドキドキしていて、冷えた指先で手に持ったグラスを何度も落としそうになった。
んもう、私ったら何のためにレストランで働いたのよ…!
いや、決してこのような事態のためでは無いが、身に付けた技術が衰えている事に若干の悔しさもある。
それにしてもみんな可愛いわねぇ…。
目の前でおしゃまなドレス姿でお喋りに興じる御令嬢たち。
この中の誰かが、あそこで…つまらなそうに…腕組みをしているヨハン殿下のお妃になるのね。
まぁ、これは仕方が無いわ。私だってあの位の年齢の時には虫捕りの方が楽しかったもの。
そして殿下の隣には、今日のお茶会の主催者であるあまり顔色の良くない王妃殿下。
……陛下に万が一の事があれば、妃殿下とヨハン殿下には臣籍降下の可能性がある。
しげしげと王宮のお茶会を眺めていると、中央のテーブルから金切声が聞こえた。
そして段々と周りのテーブルに悲鳴が伝播していく。
「きゃー!!」「いや〜!」「お母さまぁ!」
何事が起こったのかと突然騒がしくなるお茶会。
ヨハン殿下はようやく腕組みをやめ、近衛が飛んで来る。
王妃様は完全にオロオロしている。
ゾーイがすかさず中央テーブルに走り出し、ローさんがいつの間にか私の側にいる。
固唾を飲んで様子を見守る私たちの元に、御令嬢の騒ぐ声が届く。
「虫よ!虫!」「気持ち悪い!」「お家に帰る〜!!」
…虫?え、虫?黒い例のアレではなくて、普通の…虫?
庭に虫がいるなんて当たり前でしょう?
え、待って。虫が出たら御令嬢は悲鳴をあげるの?
そんな…馬鹿な……。
中々捕まらないすばしっこい虫らしく、近衛はバタバタしているし、ゾーイは興味を無くして戦いを放棄している。
そうこうしている間にも、お茶会会場は大パニックだ。
………はぁ。もう見ていられない。
私はツカツカと中央テーブルへと向かう。
王宮のお茶会を牛耳るのはどんな虫かと覗き込めば……
「バッタ!ただのバッタ!?いくら季節外れとは言え情け無い。は〜……情け無いですわ。そこの皆さま、お下がりくださいな」
立派な制服の近衛を下がらせ、テーブルの上に並べられたグラスを一つ掴む。
飲み口をバッタの正面にそっと置き、お茶会の主役の背をそっと押す。
そのまま手でグラスを塞げばそれでおしまい。
実に簡単なお仕事…と辺りを見渡せば、私の周りからはドーナツ状に人が消えていた。
「……………ふふ?」
ニコリと微笑んで、とりあえずその場から逃げた。
「クッ…ククク…ゴホ、ゴホ…」
「ホッホッホ…」
さてさて手に持つグラスをどうすべきか…。
庭園でバッタを放つ場所を探していた私を、文官姿のカルロスが迎えに来た。
手で蓋をしたグラスの中でピョンピョン跳ね回るバッタを見て目を点にした後、私を先導して王宮の廊下を歩きながらもずっと肩を揺らしている。
…後ろを歩くローさんも。
「カルロス…あなた虫は苦手でしたね」
「…まさか。好まないだけです。その気になれば針一本で殺れます」
「は…はり…!」
ただ者では無いわね……。
「ローさん、庭園に残したゾーイは大丈夫でしょうか」
「なんの。あの身のこなし、心配なぞ無用の長物ですな」
「姫様、大丈夫でございます。次の参集場所も決まっております」
「そうなのですね……」
ならば私は集中するだけだわ…。
この扉の向こうに。




