114.冬の訪れ
物事が動く時は、きっと一気に動くのだろう。
タングル王国に冬の風が吹き始めた頃、新聞の一面に記事が出た。
『ロジャーズ商会、ビバリー商会を吸収合併。ビバリー商会会頭引退へ。』
私は一連の事件の着地点は聞いていなかった。
ただルーカス様の話を聞いた限りでは、裁きの場に出ると主張したアーロンさんとエディさんのお父様を、皆で説得している、という事だった。
何が正しい事かは分からない。
だけどビバリー商会会頭としての責任を、きっとこういう形で取ったのだろうと思っている。
近々ハーパー商会についても同じような知らせが届くに違いない。
あれからオリバーはとにかく忙しくなった。
一日一度は顔を合わせていたが、段々とそれも難しくなり、今や彼の姿を見るのはシンシアさんとお茶をしている時に偶然会う時だけだ。
彼の考案したお菓子は、売れに売れている。
元々は男性向けに狙いを付けていたのが、意外にも勉強に追われる学生の間で最初に火が付いた。
そこからはオリバーの悲鳴はどこ吹く風。今や学生起業家としてアーロンさんとエディさんと国中を飛び回っている。
…なのに、成績が落ちない所が恐ろしい。
私はというと、孤独な学生生活を送っているのだろうと心配されるのだが、意外にもそうではなかった。
三商会の尽力で物凄い早さで開店した〝プリンセス・カフェ〟…命名はシンシアさん…が、私に知り合いを作ってくれた。
今までに一度も話した事のなかった他学部の女学生が、カフェに行って来たと声を掛けてくれたのだ。
どうやら誰かが私の拙い発表の件を漏らしたらしい。…そこに関しては恥ずかしくてたまらない。
それ以降、私が一人で昼食を取っていると色々な人が声を掛けてくれるようになった。
その度にローさんがピリリとするので申し訳ない気持ちもあるけれど、少しずつ広がる世界に喜びを噛み締めている。
ちなみにカフェの経営は完全にお任せ状態で、これまた物凄い早さで近々三店舗目が出来るらしい。
…恐るべし、大商会。
あの日カーソン邸で立てた作戦、『ビバリー商会とハーパー商会をケンドール商会から剥がす』が完遂されようとしている今、ルーカス様はきっと本丸目がけて動き出そうとしているに違いない。
私にその詳細を語ることは無い。
しかし彼にも迷う時があるのだろう。そんな日は私をぎゅっと抱き締めて、彼がよく父の話をする。
だから私も彼がよく眠れるように、子どもの頃父から与えられた小難しい課題の話をする。
彼はたいてい「ううむ…」と一言呟いて眠りに落ちる。
そのルーカス様だが、今日はとても早く帰って来て、夕食を共にするという珍しい事が起きた。
何となくピンと来た。何か言いたい事があるのだな、と。
だから食後に居間で話しながらそれとなく聞いてみた。
「ルーカス様、今日は何かございましたか?お仕事お忙しいのでは?」
何となく言いにくそうに、彼の口が開く。
「ああ…。明日から五日間出張が決まった」
「出張…でございますか?遠くに行かれるのです?」
「いや、そんなに遠くは無いのだが、ここに帰れないから伝えておこうと思ってな」
…ひと月以上帰れない事もあったのに、何か妙だとは思ったけれど、きっと大きな仕事があるのだと理解した。
「…無事に帰って来て下さいね」
「当然だ」
翌朝いつもより早く起きて、出かける彼を見送った。
旅装に身を包み、颯爽と出掛ける彼の頬にキスを送り、なぜか騒めく心に蓋をして、彼の無事の帰りを祈った。
彼が出掛けた翌日の昼、私の元に一通の書状が届いた。
いつも無表情なエイダが、明らかに狼狽えた顔で持って来た。
「…ベゼル領の城に届いたらしいのです。物が物だけに家臣では判断しかねて、クレア様の元へお届けしました」
「…何か大変な物なのね。エイダ、とりあえずありがとう。ええとベゼル領には…お城があるの?」
今聞くべき事では無いと思ったが、彼女を落ち着かせる話題は持ち合わせていなかった。
「はい、アバロン城でございます。荘厳で優美な伝統ある…かつての王城でございますよ」
「まあ…!やはり何を聞いても何を知っても現実感が湧かないわ。お城だなんて…」
「何をおっしゃいますか。クレア様は3つの時まで城でお暮らしになっていたのですよ」
「…え?」
「御伽噺の偽物など足元にも及ばない、正真正銘の姫様でございますから」
「え。」
エイダを落ち着かせるつもりが、逆に自分の心が波立つ結果となる。
そして…エイダが何歳なのか、謎が一つ増えてしまった。
彼女から渡された書状を開けば、そこには心が波立つどころでは無い内容が記されている。
『クレア・ベゼル公爵令嬢
第一王子殿下の婚約者候補として内定いたしましたことをお知らせいたします。
つきましては12月2日午前10時、王城西広間まで御参集下さい。』




