113.遺品
「我らも挨拶させて頂いてよろしいか?」
穏やかな声でそう切り出したのは、どこか懐かしい雰囲気を感じさせる中年の男性だった。
「…クレア嬢、オリバー君、今日はとても有意義な時間をありがとう。アンソニー・ロジャーズだ。これからよろしく頼むね」
穏やかに微笑むその顔に、なぜか不機嫌を絵に描いたような父が重なる。
「では私も。クリフ・ウィルキンソンだ。よしなに頼む」
次に名乗った人物も、やはりどこかで見覚えがある。
…爺や?一瞬頭をよぎる、私を可愛がってくれた人の顔に少し胸が詰まる。
オリバーと二人、しっかりと頭を下げ挨拶をすると、ルーカス様に促され応接のソファに座る。
「今後の事についてだが、御三方から二人に話があるらしい。…では」
ルーカス様の言葉に、三大商会の会頭が揃って頷く。
口火を切ったのはシェリンガム会頭だった。
「クレア嬢、貴女の発案した…お姫様の…件だが、宜しければ我々三商会に任せては頂けないだろうか」
「!」
「利益を横取りしようなどというつもりは無い。我ら3人、先程も申した通り、あまり……」
「仲良く無いのだ」
ウィルキンソン会頭が素っ気なく言う。
「そうそう。最早数える事も不可能なほど、長い間いがみ合っておる。シェリンガムのせいだがなぁ?」
ロジャーズ会頭が茶目っ気たっぷりに言う。
「何を言うか!お主らが我が商会の邪魔ばかりするのであろう!」
「「当たり前だ」」
「ぐぬぬぬぬ…!」
三大商会会頭の少し幼稚な言い争いにポカンとしていると、セドリックさんが言葉を発した。
「御三方、先ほど約束したではありませんか!我々は今日を境に新たな商会の形を探ると…!」
「うむ、カーソン。そうであったな。我らには反省すべき事がある」
「反省…でございますか?」
「左様。アンダーソン商会の件だ」
「!」
「我らが国内で無駄な勢力争いをしておる間に、彼奴に付け入る隙を与えた。もし我らが一枚岩…国のために働くという当初の目的を見失っておらねば、あのような事態は避けられたと考える」
シェリンガム会頭の言葉に、ルーカス様の眉間に少し皺が刻まれる。
「クレア嬢、私どもに今一度機会を与えては頂けませぬか?…二度と、あのような失態は演じませぬ」
ロジャーズ会頭の言葉に、シェリンガム会頭の頭上に?が浮かぶ。
「…大変光栄なお言葉です。私、一応…未成年でございますので、今後どうしたものかと思案しておりました」
そう述べると、今度はロジャーズ会頭とウィルキンソン会頭が半目になる。
…ご存知なのね、全部。
「左様か!ならば我ら全力で…お姫様…の…夢…を実現させましょうぞ!」
…シェリンガム会頭、変な事言わせてごめんなさい。
「よかったね、ベゼル。プロが名乗り出てくれるなんて、これで安心して……」
「オリバー、なーにをとぼけた事を言ってるんだ。お前は成人した立派な大人だろう?自分の分は自分でやりなさい」
「ええっ!?何で僕だけ!?ここに国内最高の経営のプロが揃ってんのに!」
「お前は勉強が好きじゃないか。頭に入れた知識を実践できるなんて、こんな幸せな事があるか」
「父さ〜ん!!」
何とも贅沢な顔合わせは滞りなく終わり、私は〝お姫様のデザートビュッフェ〟を、結構な年齢層のおじ様方に託した。
『何も心配されますな!我が商会にも姫になりたい人材は大勢おりますからな!』
シェリンガム会頭はそう言って意気揚々と帰宅した。外見が持つ雰囲気に比べて愉快な方だったようだ。
帰り際に、ロジャーズ会頭とウィルキンソン会頭が私に深く頭を下げる。
そして密やかにこう告げた。
「…春をお待ちしております」
と。
そしてどこか懐かしい2人から、最後に何かを手渡された。
「…家令より預かって参りました。前御当主の…本当の遺品でございます」
静かに微笑みながら去って行く2人の背中を、私は黙って見送った。
春の再会を固く心に誓いながら。
その日の夜、ルーカス様に昼間の発表を一頻り褒められたあと、私は去り際に渡された〝遺品〟を取り出した。
「ルーカス様、この封筒をロジャーズ会頭とウィルキンソン会頭から頂いたのです。…父からの手紙でしょうか」
そうだったら嬉しいという気持ちは少しあった。
だけどルーカス様は微妙な顔をしていた。
「…ああ、うむ、そう…だな」
彼らしくなく、明らかに歯切れが悪かった。
きっと期待させて、私が落胆する姿を見たくないのだろう。
カサカサと封筒から紙を取り出して、ゆっくり開く。
中には文字列が並んでいる。
何度見直しても、文字列にしか見えない。
5度ほど読み返したところで、私は気を失った。
記されていたのは、公爵家の資産の目録だった。




