112.質疑応答
オリバーたちの発表の後、私たちは質疑応答を受けた。
予定外のことだった。
聴衆からの質問で、オリバーたちは男性向けに菓子の需要を作り出す作戦を発表した事がわかった。
産業化が進み長時間労働が増える中、栄養補給として片手で食べられるスティック状の焼き菓子を売り出すことと、他国で開発されたというチップスとかいう塩気のある軽食を、菓子として改良して売り出すという案らしい。
新しい菓子を一から開発する時間的余裕は無いため、オリバーらしい効率的な案だと思った。
質疑応答の終盤、1人の御仁が手を上げた。
「シェリンガム商会の、ジョナス・シェリンガムと申す。クレア・ベゼル嬢、一つお伺いしたい。先ほどの案、大変興味深く聞かせていただいた。しかし、コンセプト…お姫様…でしたな。それに拘る事は、大変な高コスト事業になると思うが、いかがお考えか」
シェリンガム商会……マクミラン公爵に繋がる三大商会の一つ……。
そう、この質問は当然なのよね…。
「シェリンガム会頭、ご質問はごもっともでございますわ。ドレス、着付け、何を取ってもコストが嵩みます。しかし何よりもこの案のネックは……場所、でございます。女性が夢を見られるような場所を用意することが大変難しい。…その事は重々承知しております」
シェリンガム会頭が頷く。
「手前勝手な話で申し訳ないが、我がシェリンガム商会は不動産事業を主軸に据えておる。近年、相続税の支払いが出来ず邸を手放す貴族が後を絶たない。…我が商会もかつて無いほど旧貴族邸の在庫が積み上がっている状態だ。古い邸宅は趣も造りも素晴らしいが、何せ暮らすのに適さない。クレア嬢の案が採用されるならば、我が商会は、邸の拠出を申し出たい」
「!!」
講義室が騒めく。
「シェリンガム会頭、抜け駆けはいただけませんな。我が商会は国中でドレスショップを展開しておりますが、ワンシーズンごとに売れ残りを焼却処分しております。…私どもにも一枚噛ませて頂きたい」
「何をいう。コスト、即時生産体制、どれを取ってもオリバー君の案がいいに決まっておる!」
「そうだ、我が商会は炭鉱夫向けの物販を担っている!オリバー君に1票だ!」
想定外の事態だった。
名目上の学術発表をして、サクッとセドリックさんかルーカス様に出資を頼もうなんて簡単に考えていたのに、この講義室内では大論争が巻き起こっている。
戸惑いながらオリバーを見ると、彼の顔も引き攣っていた。
パンパンッ!
突然大きな手拍子が鳴った。
静まり返る室内に、落ち着いた声が響く。
「ルーカス・エドワーズだ。皆の意見を聞くに、どちらも甲乙付け難いと言ったところだろう。ならば…両方やったらいい。それぞれの商会で、自分の利益になりそうな方に出資を。異論はあるだろうか」
室内が割れんばかりの拍手に包まれる。
ど…どうしましょう…!私は今日立派な当て馬になるつもりで……
「……すごい事になっちゃったね」
オリバーの呟きに、ただただ頷く事しかできなかった。
講義室の片付けをして、オリバーと一緒に部屋の貸し出し許可を下さった商法の教授の所に御礼を言いに行った。
…法学部の講義棟を分野の違う研究発表に使って申し訳ない。
「やあやあ君たち、面白いものを見せてもらったよ!是非これから生きた事例研究のレポートを書いてくれたまえ!一から商会を起こすとなると、最初の役員選出の段階から法律でギチギチだ!いやはや少し早いが卒業論文の叩き台になるなあ!」
「え。」
「あはは…頑張ります」
え、オリバー、頑張りますって何?
わたし卒論は書かない予定なのだけど?
ずっしりと重たい気持ちを抱えてエドワーズ邸に戻れば、そこにはセドリックさんとシェリンガム会頭、そして見慣れぬ2人の男性がいた。
「2人とも帰ったか」
ルーカス様から声がかかる。
「ただ今帰りました。……ええと」
「ロジャーズ会頭、ウィルキンソン会頭、シェリンガム会頭、本日はご多忙の中稚拙な研究発表にお付き合い頂きありがとうございました」
隣でオリバーが流暢な挨拶をする。
「!」
慌てて私も頭を下げる。
やっぱり!あの2人はロジャーズ会頭とウィルキンソン会頭なのね!
「2人ともよく頑張ったな。正直言って驚いた。まさかあんなに盛り上がるとは思わなかった」
ルーカス様が労るような目で私たちを見る。
「いえ…私も正直、もう少し簡単に物事を考えておりました。…お恥ずかしい限りです」
「何をおっしゃるか。我々は感謝しておるのです」
シェリンガム会頭が頭を振る。
「我々は、長い間理由を探しておったのです」
「理由…ですか?」
オリバーが尋ねる。
「左様。もはや国内で覇を争っている場合では無いと皆がわかっていながら、古くからのしがらみに捉われ、なかなか共同事業に乗り出せなかった。今回の件、皆それがわかっているから集ったのです。何かのきっかけになれば……と」
オリバーと2人、しばし国内の商会事情について聞き入るのだった。




