11.オリバー怒る
「あ!ベゼル見つけた!」
例えレストランを解雇されても、日常は続く。
今日も午後からの講義を受けるため、講義室の廊下側後ろから4列目…限りなく目立たない席を陣取って座っていたところ、相変わらずの天然パーマをクルクルさせながらオリバーが近づいて来た。
「あらオリバー久しぶりね。美容院行った?」
「久しぶり?…平日毎日会ってるだろ?君が気づかないだけで美容院は毎週行ってるし」
「まあ、そうだったの?その絶妙なクルクルを保つのは大変なのね」
…美容院に行かなかったらどうなるのかしら。すごく気になるわ。
「ところで何か用だった?あ、特等席座る?」
そう言いながら、オリバーを自分の前の席に誘う。
「…剃髪でもしようかな。って、そうじゃなくて、君レストラン辞めたって本当?」
え…昨日の今日でなぜそれを。
「…噂になってるよ」
「…ああ」
夜会の件ね…。
「君に会いにレストランに通ってた連中が大騒ぎして僕のところに来たんだ。どういうこと?何で急に……」
「え?ちょっと待って、オリバー。前半部分がよく聞こえなかったわ。レストランに何ですって?」
「いや、それはどうでも良くて、レストラン辞めて大丈夫なの?エドワーズさんに何か言われた?」
エドワーズ……。
「…彼は関係ないの。ちょっとトラブル起こしちゃって、その、解雇されちゃったのよ」
「許せない!!うちの弁護士貸すから闘うべきだ!!」
オリバーが怒ってる。
「業務中に嫌がらせを受けたのは君だろう!?経営者なら従業員を守るべきじゃないか!!」
あの可愛いオリバーが怒ってる。
「あのレストランとは二度と取引しないからね!食品流通業のカーソンを敵に回したらどうなるか目にものを……」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!!ダメよ!たかがアルバイトの解雇ごときでそんな大事にしないで!」
「…たかがアルバイト?ベゼル…君は何のために法律を学んでるんだい…?君たち労働者がそんな意識だからこの国の労働環境が改善しないんだよ!他国からの優秀な人材獲得競争に勝つためにはうんぬんかんぬん……」
オリバーって、自分が将来経営者側に立つ事をわかってるのかしら。
労働者の権利を声高に叫んでどうするのよ。
「とにかく!君にはもっとちゃんとした職場を紹介するから!わかった!?」
「えっ?え、ええ。え?」
「ったく!次は労働法じゃないか!ベゼル!しっかり勉強しなよ!」
…オリバーって、可愛いだけじゃなかったのね。
でも、自分の事で誰かに怒ってもらったのは初めてだったわ。ありがとう。
なんて感動に浸っていられたのは3時間だけだったわね。
全講義終了後、オリバーに連れて行かれたのはカーソン邸。
邸の掃除婦の仕事でも紹介してくれるのかしら…?そんな事を思いながら、応接で待つ事数分。
「まぁ!あなたがクレア・ベゼルさんね。…クレアちゃんって呼んでもいいかしら?」
現れたのは、金色の巻き毛を左右に分けて水色のリボンでまとめた…
「は、はい。はじめまして。あのう、もしかして…カーソン夫人…でいらっしゃいますか?」
「やめてやめて!夫人だなんてそんな年増みたいな呼び方。シンシアちゃんって……何よ、オリバー」
「母さん、いい加減にしてよ!成人した息子がいて何がシンシアちゃんだ!」
「うるさい子ねぇ。クレアちゃんタルト好き?」
「え、ええ」
オリバーが持って来てくれたのは、なんと、家庭教師の仕事。週に3回、大学終了後に一般教養の学習補助、夕食の時間帯にマナー講師をして欲しいという内容だった。
…彼の、お母さまの。
あの短い時間でどうやって家に連絡を取ったのかしら…。
「私ね、洋裁学校しか出てないの」
「あ、はい…」
可愛いティーセットでお茶を頂きながら、シンシアさんの話を聞く。
「17歳で夫と結婚して、18の時にはもうオリバーの母親だった」
「ええ…」
この国では、事実として、そういう女性の方が一般的だ。
「まさか夫がここまで仕事で成功するなんて思ってもいなくて……」
「素晴らしい才能ですわ」
「…まさか……叙爵されるとは………はぁ」
「それは……おめでとうございます」
カーソン家は並のお金持ちではなかった。
オリバーの金銭感覚が云々などと、考える事がおこがましかったのだ。
そのカーソン家に、ちょっとした試練が訪れようとしていた。




