109.フィールドワーク
カーソン邸での話し合いの結果は、一旦保留という形になった。…ならざるを得なかった。
二商会を助ける方向性は決まったが、〝どうやって〟の部分が棚上げとなってしまったからだ。
…あの場にいたのは国でも有数の資産家たち。
だけどルーカス様もセドリックさんも、立場上下手には動けない。
彼らの行動は、すぐに人々の知るところになるからだ。
色々と教わった話を総合すると、〝剥がす〟ためには、ビバリー商会がケンドール商会からの受注を断る状況を作る必要があるらしい。
つまり、相当量の菓子の生産が必要。そしてそれには、相当量の需要を新たに生み出す必要がある。
「お菓子……ね」
エドワーズ邸ではお茶の時間に惜しげもなく高級な菓子が出る。
シンシアさんとのお茶の時間にも、目を楽しませるような色とりどりの菓子が並ぶ。
お菓子だけならば、それこそこの国にはピンからキリまで溢れているのだ。
何かもっと、知恵を絞らなければならない。
「クレア、眉間に皺が寄っている。小難しい事を考えているだろう」
ルーカス様の声にハッと我に返る。
「…あら?ここは……邸の居間?いつの間に?」
「大丈夫か?最近様子が……」
ルーカス様が本気で心配そうな顔をして、私のおでこに手を当てる。
「あー…ゴホン。俺たちもいるんだけど……」
声の方を見やれば、ザックさんとオリバーが居心地悪そうに座っていた。
「…ああ、そうでした。オリバーの力作をザックさんが製本されるという話でしたわね」
「そうそう。これは資料としてかなり価値が高いよ。オリバー君、俺の助手にならない?」
「えっ、僕ですか!?」
「…ザック、初対面の大商会の一人息子を使いっ走りにするな。まあでも、気は合うかもな……」
「何で?」
ザックさんがキョトンとする。
「オリバー君の愛読書は、お前が作っていたゴミ…ではなく、崇高なジャーナリズム魂に溢れる…」
「え!?ザックさんって『月刊!真実の声』作ってたんですか!?」
オリバーが立ち上がる。
「お、おお…。つっても2〜3年だけど」
「すごい!記事のネタはどうやって集めるんですか!?張り込み?それともタレ込み?」
「いや、あの…噂を集めて……」
「噂!噂の広がる速さは時速35キロぐらいとも言いますからね!噂か〜」
…オリバーの意外な一面が明らかになったわ。
「それにしても菓子とはな。正直言って本件はかなり相性が悪い」
ルーカス様が溢す。
「俺もだなー……」
ザックさんも同調する。
「僕が言い出した事で恐縮なのですが、ハッキリ言って僕もです」
オリバーまでも……。
「ええと、皆さま、お菓子は……」
「好きではない」「甘いの無理」「栄養素的に無駄」
「……………。」
これは…不可能任務とかいうものでは……?
でも裏を返せば、新たにお菓子を売るならば、ここが肝ということだ。
お菓子についてああだこうだと文句を言う男性陣。
その中で食品成分の知識を披露しているオリバーに話しかける。
「ねぇオリバー、あなたこのあいだ市場調査云々のレポートを書いていなかった?」
「書いてたね」
「……わかったわ。オリバー、私と勝負しましょう」
「は?」
「オリバーは男性に喜ばれるお菓子を調査してちょうだい。私はシンシアさんと一緒に女子道を極めるわ」
「は?」
「お互い知恵を絞って、勝算のあるアイデアの方に出資をお願いしましょう?…この辺りの、お金持ちに」
「出資……を受けて、本当に事業化する……?」
「ええ!そのお菓子の生産をビバリー商会にお願いしましょうよ!」
オリバーの顔に少しの困惑が浮かぶ。
「ちょっと待ってベゼル。君、商会の経営でも……」
「違うわよ!オリバーがやるのよ!」
「はあっ!?」
「…アーロンさんと、エディさんと一緒に。学生の研究活動の一貫、という形にしたらどうかしら。誰と話しても、誰に協力を依頼しても……学問の世界なら守られているわ」
ルーカス様が目を見開く。
「フィールドワーク…という事にする?」
「…ええ。ついでに言えば、オリバーはすごくよく勉強しているでしょう?基本的な法律に加えて、将来のために経営学。彼以上に今回の作戦の代表に相応しい人はいないと思うのです」
「…なるほど。本件は誰が表に出ても軋轢を産む。その案は…有り、かもしれない」
私が表に立てれば一番だ。でも世間にはまだ未成年で通す以上、私はどんな契約書にも署名ができない。
「オリバー、どう思う…?」
「……………。」
オリバーが立ち上がる。
「オリバー?」
オリバーが私の方へ近づいて来る。そして彼の腕が伸びて……
「オ、オリバー!?怒ったの?勝手を言ってごめ……キャッ!!」
私…オリバーに抱きしめ……られていなかった。
「イタタタ!痛い!ちょっと背中叩かないで!」
それはもう遠慮なくバシバシと長い腕が鞭のように背中を叩く。
「ははは!最高だよ!ありがとう、ベゼル。あ、クレアって呼ぶんだったっけ」
「イタタタ…その話覚えてたのね。ルーカス様、別にオリバーが私を呼び捨てにしても大丈夫ですよね?」
そう言いながら振り向いた隣からは、ものすごい冷気が放出されていた。
「……不許可」
「えっ!?」
「あはは!やっぱりね。エドワーズさん、彼女はエドワーズになりますか?」
「…どういう意味かな?オリバー君」
まあ!ルーカス様の満面の笑み…なのにとても怖いわ!
「ピラミッドの頂点の話ですよ。このままの可能性があるなら、今まで通りベゼルって呼びたいんで」
「……君は賢すぎる。オリバー・カーソンでなければこめかみに穴が空いている」
「はは、ありがとうございます。…僕、頑張ります。エドワーズさん、ザックさん、頂点をお願いします」
賢いオリバーは全てを悟っているかのように、ルーカス様とザックさんに頭を下げていた。




