108.剥がす
「話は理解した」
通常モードに戻ったルーカス様が口を開く。
「要は、セドリック殿は盟友の二商会をケンドール伯爵家から引き離したい。そしてオリバー君も」
セドリックさんとオリバーが力強く頷く。
「…だが、セドリック殿の様子から察するに、事態はそう簡単では無い、という事だな」
「その通りです。この10年の歳月をかけて、ビバリー商会とハーパー商会は、ケンドール商会の下請ともいえる立ち位置になっている。…商会の売上のほとんどが、ケンドール商会からもたらされているはずです」
「……………。」
ルーカス様が大きく息を吐いて、静かに、だけれどはっきりと告げた。
「エドワーズ侯爵としての立場から回答する。ケンドール伯爵と争ってまで二商会を取り込む事はできない」
「「…!!」」
「誤解なきように言っておく。二商会を侮っているわけでは無い。事実、セドリック殿に贈った便箋はハーパー商会に依頼したものだ」
「…そ、そうでしたか」
「二商会は、ケンドール伯爵家の元で十分に成長し、そしてこれからも新たな富を生み出すはずの商会だ。この…飴によって」
「「……!!」」
「この時期にエドワーズが二商会に秋波を送る事が何を意味するか、賢いあなた方ならばわかるはずだ」
下手をすれば…いいえ、普通に考えて激しい諍いになるわね。大貴族同士泥沼になるのは目に見えている。
オリバーが一度下唇を噛んだあと、口を開いた。
「…エドワーズさん、この飴に何が入っているのか、もう調べがついているんですね」
「ああ。君たちの情報収集力と、現状分析力には正直言って驚かされている」
「ルーカス様、まさかこの飴は……」
「クレアの想像通りだ。船上パーティーで君たちの命を奪いかけた薬物が混ぜられている。依存性を高めるためだろう。かなり微量…ではあるが」
ーーー!!
「…やっぱりそうなんですね。父さんの言った通りだ。競争の激しい菓子業界で、一つの商品だけが売上を伸ばし続けるのはおかしいって。飴全体の売上が伸びるならともかく……」
ルーカス様が二人をじっと見ながら語りかける。
「…セドリック殿、二商会の会頭がこの事実に気づいていないとお考えか?」
「それは…有り得ないでしょう。作らされているものが何かまではわからなくても、違和感は感じるはずだ。彼らは共犯関係にあると……そういう…」
「父さん!!」
オリバーが激しく声を荒げる。
「オリバー君落ち着くんだ。いいか、この事実に気づいた後に彼らが取った行動、これが一番大事なんだ」
「…それはわかってます」
ルーカス様がオリバーに優しく語りかける。
「彼らは正しい事をした。セドリック殿、オリバー君、友人を大いに誇るといい。…彼らは巨大な権力に屈しなかった」
「「…え?」」
「…彼らの立場は非常に苦しい。ケンドール商会からの受注は断れず、他の商会や貴族に助けを求める訳にもいかない」
「その通りです。ですから私は浅慮にもルーカス殿に……」
「セドリック殿、何も間違ってはいない。カーソン商会の後ろ盾である私に最初に報告して貰えた事には大きな意味がある。そしてオリバー君も、まさに私が欲しかったものを与えてくれた。…彼らは苦しい立場の中、必死に現状を訴え、そして世間を救う努力をしている」
「ルーカス殿、それは一体……」
「彼らは告発者だ。貴族の世界では有り得ない、内部告発者」
「「えっ!?」」
2人の驚く声が聞こえると同時に、ルーカス様が胸ポケットから継ぎのある紙を取り出した。
「…これが何か分かるか?国内の貴族さえこうべを垂れて道を譲り、我が国で何をしても許される最強の免罪符………レアード公爵家の家紋だ」
レアード公爵……!
「ルーカス様、これはもしかして、飴の包み紙…?」
「そうだ。家紋の描かれた包み紙を巧妙に切り出して、まるで蔦模様の一部に見えるように工夫されている。公爵家の家紋を切り刻む…これは、相当の覚悟が必要だ」
目の前に広げられた、継ぎだらけの国内最高位の公爵家の家紋に、一同しばらく口をきけなかった。
「侯爵として正面からは動けない。だが彼らを救う道はある。……剥がすんだ」
「剥がす……もしや!」
セドリックさんの言葉にルーカス様が少しだけニヤリと笑う。
「貴族と違ってあなた方商売人には、血統の縛りも呪いも無い。あるのは……利に聡い目と耳と…抜群の嗅覚では?」
「あ、わかったわ。ビバリー商会とハーパー商会をお金の海に沈めるのね!」
シンシアさんが手をポンと叩いて言った。
「…シンシア、その表現はどうかと……」
お金の海に……。
「皆さま、私にもわかりましたわ!要は2つの商会の利益構成を変えてしまえばいいという事ですわね。そして、自分たちの判断でケンドール伯爵に見切りを付けやすい環境を整える……」
「ほう、なかなかいい着眼点だ。…本気で商会の経営を?」
「ち、違います!あ、でもルーカス様おっしゃいましたわよね。侯爵としては表立って動けないと。でしたら…誰が作戦を遂行するのです?」
皆の顔に、「あ」という文字が浮かんでいた。




