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107.お姫様

「私たちの後ろ盾に名乗りを上げたのは、ケンドール伯爵でした。一代で伯爵に叙爵された、有能な人物だとの触れ込みだった。初めて訪問した貴族の屋敷、大勢の使用人、洗練された会話…。どれもこれもが新鮮で、私たち3人はすっかり舞い上がっていた」


 …その気持ちは痛いほどよく分かる。

 私の通った女学校は、その建学の精神からして貴族の御令嬢のための学校だった。

 高位貴族に嫁ぐであろう御令嬢たちが、その教養に磨きをかける場所だった。

 私が自分は間違いなく平民だと思っていたのには理由がある。

 ……私は、社交界デビューをしていない。声がかりすらなかった。

 16歳の誕生日を迎えた同級生が、ドレスやパートナー、王宮舞踏会の話をするたびに、こっそりと盗み聞きをしたものだ。

 そして足りない想像力で描いたのだ。

 ……煌めく世界を。


「ケンドール伯爵との何度目かの会談のあと、私たちは正式に伯爵邸の晩餐会に招待されました。もちろん私はシンシアを伴って参加した」

 シンシアさんが普段とは違う陰鬱な雰囲気を纏う。

「その晩餐会からの帰り、シンシアが泣いていたのです。この、シンシアが。10代からの付き合いですから、余程の事があったのだろうと問い質しましたよ。けれど泣きながらケンドール伯爵とは付き合わないでくれと、今後仲を深めるなら離縁すると……」

 ……!

「…若かったのよ。今ならあーんな厚化粧おばさんなんかに負けないんだけど。……要はね、身分差を弁えろ、序列に従え、そういう話を延々と聞かされて…。はっきり言って無理だと思った。私は仕立て屋の娘よ?そして粉屋の息子に恋をした。それだけよ、私の人生。それ以上もそれ以下も無いの」

「シンシアさん……」

「…夫婦の話を息子の前でするのもやや気恥ずかしいのですが……」

 オリバーが床に座り込んで、何を今さら、という顔をする。

「…シンシアの一言でハッと我に返りましてね、私はケンドール伯爵からの誘いを断ったのです。そして縄張りの無い世界で商売をする事にした。新しい物、珍しい物、誰も手を出したがらない物……」


「私があなた方と縁を結べたのは本当に奇跡に近いな。…時の巡りが良かった」

 ルーカス様がそう言えば、セドリックさんが頷く。

「時の巡り合わせ…以上の事を我々は感じています。ただ、貴族と商会の縁が時の巡りであるならば、その時計の針を進める事はできないのでしょうか」

 ルーカス様が仕事の時の顔になる。

「…カーソン家は、何に気づいた」

 オリバーが立ち上がり、ポケットから何かを取り出す。

「…カーソン商会は、それでもやはり食品流通業です。国内の食品の流通量を常に把握してます。おかしな動きがあればすぐにわかるんです」

 そう言って、手の平からテーブルの上に、2粒の飴…のようなものを転がした。

「レアード公爵の特等船室に残されていたんです。今…国内の女性たちに大人気の、飴」

 オリバーの言葉にルーカス様が小さく口を開ける。

「製造はビバリー商会、包装紙はハーパー商会、そして販売は……ケンドール商会」

 

 オリバーの言葉にセドリックさんが続ける。

「オリバーがしつこく調べなければ私たちも知りようがなかったのですが、ケンドール商会を経営するケンドール伯爵家は、どうやら当主はシンシアを泣かせた奥方の方みたいなのです」

「そうなのよ!よくわからないんだけど、伯爵を名乗っているのは夫の方でしょ!?まさかあの厚化粧おばさんが…お姫様だったなんて…!!」

 シンシアさんが心の底からガッカリした顔をする。

「お姫様…?まさか、ケンドール伯爵夫人は……」

「ベゼル、伯爵夫人はレアード公爵の娘だよ。…つまり、正真正銘のお姫様ってわけ」

「…!!」

 ルーカス様が嘆息する。

「…オリバー君、よく彼らの関係性に気づいたな。私もまだ調査の途中だった」

「エドワーズさんが?」

「ああ」

 ルーカス様がブツブツと何かを呟く。

「…レアード公爵が臣籍降下したのは約20年前。…陛下の戴冠の時。その時に妃とその子も降下した。陛下は末子、長兄のレアード公爵との歳の差は12、3ほどか?確かに伯爵夫人ぐらいの娘がいてもおかしくは……」


 そして切り出した。

「いや、それにしてもなぜ君はこんなに早くこの事実に辿り着いたのだ。貴族の調査は面倒なのだぞ?余程のコネがなければ…」

 オリバーが恥ずかしそうに俯き加減で話し出す。

「あー……そういう、何というか、嘘か本当かわからないようなネタを集めてる雑誌があって…。未確認生物発見とか、どこそこの誰それが恋仲だとか……」

「…オリバー?あんたが絶対に触らせない箱の中身って、そのいかがわしい……」

「ご、誤解しないでよ!…そんなに明からさまな表現は…写真はよく撮れてるんだけど。あ、いや、そうじゃなくて!その何十年も前のバックナンバーに、『公爵家の姫君駆け落ちか!?』っていう記事があったなぁって……。読み返したら、化粧が少し薄い厚化粧おばさんが載ってた」


「は……………。」

 ルーカス様の目が点になっていた。

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