106.カーソン商会
「小麦の卸売業から身を起こした我々カーソン商会、その小麦を仕入れて菓子の製造をしたビバリー商会、そして菓子を売るための菓子箱や包装紙を製造をしたハーパー商会…。全ては、怖いもの知らずの若者の、ちょっとした人生冒険が始まりなのです……」
セドリックさんの話はとても興味深かった。
同じ道を歩いていた友人との運命の別れ道、それを如実に表していたから。
「覚えていらっしゃいますか?13年前の……穀物法の改正を」
穀物法…。
確か、それまでは主食である小麦は国内生産を絶対としていたのに、外国からの輸入が解禁されたのよね…。
「もちろんだ。それ以降我が国が辿った道は推して知るべし、だな」
「ええ…。あの時の小麦余りは私の商会を谷底に突き落とすほどの衝撃でした。シンシアにも苦労をかけて…」
「何言ってんのよ。あれがあったから私は大抵の小麦料理は作れるようになったし、今こうしてドレスに散財できるんじゃない」
フッとセドリックさんが眉を落とす。
「とにかく必死に知恵を絞って、私はビバリー商会とともに平民向けの菓子を売り出しました」
「そうそう、当たったのよねー…アレ。お茶会で出されるようなお菓子って、貴族の御婦人や御令嬢のものだったでしょう?それに似たものを大量生産して値を下げて、ハーパー商会がデザインした綺麗な包装紙で包んで売り出したの」
「まあ…!素晴らしい着眼点ですわね。貴族の数より平民の方が多いのですもの。裾野広く商売をする…勉強になりますわ」
私の感想に、ルーカス様がボソっと呟く。
「…商会でも経営したいのか?」」
「ち、違いますわ!若いうちに何でも勉強することが肝要なのです!わたくし…日々脳みそが衰えておりますの……」
大学に入学した時がピークだった。間違いない。
そう思いながら皆の顔を見回すと、シラーとした雰囲気が漂う。
「…唯一の未成年が何言ってんだよ。前から思ってたんだけど、ベゼル…ババくさいよね」
「!?」
ば…ババくさい…!?
「オリバー!あんた女の子に向かって何てこと言うの!?クレアちゃんは不相応に苦労しすぎたのよ!確かに最初に会った時はヴィンテージドールかと思うほどボロボロで……」
シンシアさん、フォローになって無いですわ……。
「ま、まあ、ヴィンテージでもお人形はお人形。私、一目で大好きになったわ!」
「…ありがとうございます」
隣のルーカス様と、目の前のセドリックさんの肩が小刻みに揺れている。…居た堪れない。
「…コホン、ええと、何だったか…そうそう、あの小麦余りを切り抜けて、気づけば私ども三商会は巨額の資産を手に入れていた」
「大学でも君に話したけど、アーロンとエディとは親世代からの腐れ縁。…だけど、縁はどんどん細くなっていった」
セドリックさんが頷く。
「菓子製造業で商会を伸ばす道を選んだビバリーと、製紙と加工にさらなる活路を見出したハーパー。…ですが私は違う事がしたかった。要は…商売の面白さに目覚めてしまったのです。知恵と工夫でどこまでも広がって行く、商売の面白さに……」
「父さんは僕に似てて、やり出したら止まらないんだよ。カーソン商会は今でも食品流通業を名乗ってるけどね、その分野での収益は商会全体の中では4分の1くらいなんだ」
「では、本当のカーソン商会は、何業…なのです?」
「うちはねー、何でも屋なのよ!」
「何でも屋…」
「クレア、カーソン商会は最近入って来た言葉だと、総合商社…に位置付けられる。顧客が望むものは何でも用意する。石炭だろうが砂糖だろうが、それこそこの間の船だろうが、何でもだ」
「そして…何でも売るんだ。何でも…ね」
セドリックさんが少し遠い目をする。
「私にはシンシアがいた。彼らにはいなかった。思えばそれが……運命の別れ道だった」
シンシアさんが…?
「私たち三商会は、意気揚々と事業を拡大していった。そして新参者がぶつかる最初の壁に阻まれる。……縄張り争いです」
ルーカス様が頷き、話を付け加える。
「構図はアンダーソン商会の時と同じだ」
「ああ、後ろ盾……の話ですのね」
「その通り。新参で若輩者だった私たちは、貴族というものがよく分かっていなかった。ただ繰り返される誹謗中傷や嫌がらせから守ってくれるものだとばかり思っていた。…実際には、覇権を争う貴族の構成員に組み込まれるとも知らず………」
オリバーが作成した相関図に目を落とす。
ビバリー商会から伸びる線を目で辿る。そして同じように、ハーパー商会から伸びる線を目で辿る。
彼らが作る小さなピラミッドの頂点は、ケンドール伯爵。
そしてケンドール伯爵から伸びる大きなピラミッドの頂点は……レアード公爵。
得体の知れない父の仇まで、もう少しで手が届きそうな気がした。




