105.主家と従家
「僕たちは商会側の人間だから、図はボトムアップ方式で作っていったんだ」
オリバーが紙束をテーブルの上に置く。
「ボトムアップ…」
私が呟くと、ルーカス様が隣で解説してくれる。
「簡単に言うと、物事を1番下から積み上げていく方式だ」
「そうそう。例を出すね。ベゼルも覚えてるだろ?コレ…」
オリバーがヒラリと見せたのは、忘れもしない彼らの名前。
「…モリソン商会、ね」
彼らの辿った末路を思えば、軽々に口に出すことが躊躇われる。でも隣のルーカス様の表情は全く変わらない。
「そう、モリソン商会…つまりモリソン男爵家。モリソン男爵家はマーティンの親父さん…ジェフリー氏が叙爵されて始まった家なんだ。だから考えることは、商会の後ろ盾になっていた他の貴族。この場合、ホーガン伯爵家がそれにあたる。だからこうして……モリソン商会ーモリソン男爵ーホーガン伯爵…と言う風に下からどんどん線を引いていく」
「…なるほど。確かにこれなら1番下の商会がどこに繋がるのかわかりやすいわね」
オリバーが出してくれた例題を眺めながら横目で隣を見ると、ルーカス様がオリバーの書いた図をじっと見ながら何かを考えている。
…きっとこの図の続きを頭の中で描いているのだろう。
「普通ならここで終わりなんだけど、貴族家にはその成り立ちから、どうしても切れない間柄というものがある…という事を最近知ったんだけど……」
ルーカス様がオリバーに向かって頷く。
「ホーガン伯爵家は、ハイランド侯爵家から独立した家だから…」
「待ってオリバー、独立したってどうしてわかるの?」
「ええと、ホーガン伯爵位は、元々ハイランド侯爵が持っていた爵位で…」
オリバーの説明にルーカス様が言葉を加える。
「クレア、高位貴族の多くは複数の爵位を持っている。最も位の高い爵位を継げば、それに伴ってその下の従属爵位も同時継承するのだ」
「まあ……」
という事はルーカス様も…?
ちょっと待って、もしかして私も…?
…ローウェル様から頂いた控えをちゃんと読まなくちゃ。
「そう、それでね、ホーガン伯爵の初代は何代目かのハイランド侯爵の次男。だからハイランド侯爵家が主家で、ホーガン伯爵家が従家。ここをこうやってホーガン伯爵=ハイランド侯爵というように二重線で繋ぐだろ?そうして作ったのが…これ」
オリバーが椅子から立ち上がり、テーブルの上に丸めていた筒状の用紙を広げだす。
大きめのローテーブルがみるみるうちに紙の波に呑まれていく。
「オリバー場所移りましょ!お茶で汚れるわ!」
シンシアさんの叫びに、オリバーがハッとする。
「オリバー君、すまないがこの絨毯の上に広げてもらう事は出来るだろうか。…上から全体を見たい」
「もちろんです!」
ルーカス様の申し出に、オリバーが応接に敷かれた濃い灰色の絨毯の上に用紙を広げる。
そう言えば馴染んでしまったけれど、この部屋の家具は濃淡の違う灰色の家具で纏められている。
壁紙が薄桃色とは思えないほど、シックな空間だ。
「エドワーズさん、単刀直入に聞きます。主家と従家の関係を切る事は出来るのですか?」
用紙を広げ終わったオリバーが、ルーカス様に問いかける。
大きな大きな用紙だった。きっとオリバーの事だから、国内の商会とそれに関係する貴族を網羅したのだろう。
とても緻密な、5つのピラミッドが描かれた相関図だった。
「…出来るのかと問われれば、出来る、という回答になる。だが、かなり難しい。現実的では無い」
ルーカス様がキッパリと答える。
「それは…反乱になるからですよね」
オリバーが答える。
「そうだ。従家が主家の管理下から出ようと思えば、主家に対して自ら武力行使をするか、主家と戦ってくれる他の貴族に依頼するしか無い。…どちらにしても無事では済まない」
主従の関係は…かなり厳しいのね。
「では、それを前提としてお話します。……僕の友人達の話です」
「…ああ」
「ルーカス殿、これは私の盟友の話でもあるのです。…知恵を賜りたい」
セドリックさんの言葉にルーカス様が深く頷く。
オリバーの友人が抱えているトラブルは、学生が抱え切れるような問題では無いのだろう。
それだけは確かだ。




