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103.彼との繋ぎ

「…なるほど、委細承知いたしました。しばらくはエドワーズ侯の指示に従います」

 今にも飛び道具が出て来そうな侍女達の説得を終え、話は振り出しに戻る。


「それで、ベッドなのだけど……」

「なりません」

「え?」

 …どう、して?

「古来より、男女の機密は寝所にてやり取りされるもの。睦言にまぶして相手から奪う。…逆もまた然り」

「…はい?」

「クレア様、機密は知る人間が少ないほど保護効果が高いんですよ!エドワーズ侯とのやり取りは機密なんでしょう?だったら決まってます!」

「えー…っと、あなた達、その……当主がそのような事で、ベゼル家は大丈夫なのかしら…?」

 3人が目を見合わせる。

「そのような些細な事を気にしていてはベゼルでは務まりません。お気になさらず」

 どんな…どんな家なのよ!!

 

 果たして今後当主としてやっていけるのか、昨日の今日で早々に自信が無くなったが、なるほど確かに彼女達の論は一理ある。

 機密情報の伝達は、文書で行うことが1番リスクがあるだろう。

 密室で、口頭で、これが一番漏洩しづらい…。

 などと自分を誤魔化しながら、私は今夜も昨夜と同じベッドにいた。

 侍女達が私の部屋のチェストを移動すると、なぜか現れた続き間への扉をくぐって。

 要はこの寝室は、私とルーカス様の部屋の間にある、夫婦の部屋だったと言うわけだ。

 しかも何故か外への扉が無い。

 …部屋があるなんて思いもしなかった。やけに長い廊下だと思ってはいたが。


 今は11時を過ぎた頃。

 彼がこんなに早く帰って来るとは思えないが、何事も始めが肝心。…今日は起きて待ちましょう。初手を打たなくては。

 私にはルーカス様の寝不足を回避する作戦が一つある。

 過去の経験と法則を踏まえた、かなり有効な作戦だ。


ガチャッ

 小さな音を立てて、寝室の扉が開く。

 時刻は午前0時過ぎ。

 …ルーカス様にしては早い。

「…ここにいるのか?…灯りが漏れて…な、まさか…こんな時間まで勉強を…?」

 ベッドで刑事訴訟法の教科書を読んでいる私にルーカス様が驚きの声をあげる。

「お帰りなさいませ、ルーカス様。……そしてどういう驚き方なのです?私だって勉強ぐらいしますわ。今年は卒業がかかっておりますもの」

「卒業…。そうか、必修単位は3年次で揃うのだったな。大丈夫そうか?」

「とても……微妙ですわね」

「は!?」

 ツカツカとルーカス様がベッドに近づいてくる。

 改めて足音の方を見やれば、髪がすっかり下りたルーカス様がいた。


 ルーカス様がベッドに座る。

「…卒業はしてもらわねば困る。家庭教師を…いやマーリン大生向けの家庭教師などできる絶対数が少なすぎる。今日はたまたま早く帰れたがいつも勉強を見てやるわけには……」

 …まずいわ。話が大きくなって来た。

「…確か隣街に引退した教授が暇を持て余して………」

「……申し訳ございません………」

「は?」

「…浅知恵を働かせて……申し訳ございませんでした」


 かくかくしかじか侍女達とのやり取りを報告すると、ルーカス様が半目になっていた。

「…なるほど。ベッドを元に戻すのを拒否された、と。それで私に教科書を読ませて眠らせようと……」

「ええ…。いつも考え事をされながら突然眠ってしまわれるでしょう?だから……」

「……………。」

「そ、それに…わたくし…寝相が良くないみたいで……」「……………。」

 ルーカス様が、はあ〜……と大きな溜息をつく。

「…ベゼルの女刺客は他に何と?」

「…四角?ええと……機密は寝所でやり取りするものだと。何やら難しい事を申しておりました」


 彼の灰色の瞳が一瞬光る

「なるほどな。…大学で何か変わったことでも?」

「え?ああ、オリバーがルーカス様に会いたいと。…なるべく早く」

 なぜ大学で何かあったことが分かるのかしら…。

「オリバー君が?…何か起きたのか」

「…私の勘ですけれど、おそらく友人の件だと思います」

 オリバーは私の名前云々を理由にしていたけれど、多分それは取っ掛かりに過ぎない。彼のあんな顔は…ただ事ではない。


「友人?……私は人生相談は苦手だ」

「そうでしょうね…いえいえ、そうではなくて、私今日オリバーの友人を2人紹介されたのです。経営学部の」

「友人だと…?経営学部?…男だな」

「ええと、詳細は割愛しまして、その友人たちは何やらトラブルに巻き込まれているようなんです。あくまでも私の勘ですが……」

 ルーカス様の表情が変わる。

「2人の友人の名は」

「…アーロン・ビバリーさんと、エディ・ハーパーさんです」


「…さすがだ…さすが君だ。本当に言葉にならない」

 ルーカス様が手で額を覆い、嘆息する。

「…あの、何か…あるのですか?」

「侍女達の言う通りだ。この部屋は必要だ。クレア、オリバー君に予定を聞いてくれ。彼の都合に合わせる」

「は、はい」

「君は…本当にすごい」

「え、え?」

 ルーカス様が私の腕を引いて、すっぽりと体を抱きしめる。そしてそのままベッドにゴロンと転がってしまった。

「…よく眠れる気がする」

「…それならよかったです…」


 ルーカス様は仕事っぽい話をすれば眠れるのね…!

 掴んだわ!!という気持ちに満たされながら、私は今日も図々しく朝まで熟睡した。

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