100.青春再び
今私にできる事は、普通に暮らすことだけ。
普通に大学へ行って勉強をし、そしてちゃんと邸に帰る。…ここが一番大事。
だけど少しだけ考える。…それだけでいいのかと。
「ねぇオリバー?」
「んー…何?」
「今やってるレポートって、経営学部のもの?」
「そうだよ。効率的な市場調査の手法を…って、何?興味あるの?」
「いえ、そういうわけではないの。その…例えばなんだけど、領地…みたいな所を経営するのに必要な知識って何があるのかな…と」
「…みたいなところねぇ」
「…みたいなところよ」
ルーカス様はおそらく、外向きの仕事はほとんど自分でやるつもりなのだと思う。
…まだはっきりと聞いたわけではないけれど、そんな気がする。
となると、せめて内向きの仕事ぐらいは手伝わないと申し訳ない。
「法律の知識は全ての基本だから、今やってる事の精度を上げればいいんじゃない?」
「そうなのかしら」
「そりゃそうでしょ。契約書一つ読めなかったら経営なんてそもそも無理。…とは言え、会社の経営とは少し違うだろうけど、収支報告書ぐらいは読めた方がいいだろうね」
「収支…報告書」
「そう。興味あるなら今度一緒に経営学部行ってみる?」
「…そうね、一度聴講してみようかしら……」
やれる事を一歩ずつ…だわ。
「…愛の力ってすごいんだね」
「え?」
「いや…何でもない」
叙爵のパーティーを終え、ようやく勉強に本腰が入れられると気合十分なオリバー。
私たちはいつものように昼休みを一緒に過ごす。
変わったのは…2人ともランチを持参している所だ。食堂に行くまでもないと結論付け、私たちは空き教室の片隅にいた。
「何だかんだサンドイッチは便利だよ。片手間に食べられる」
オリバーは気にする風では無いが、ほぼ間違いなく私のせいでこうなっている事に申し訳無さを感じる。
「…ご家族、お変わりないかしら」
「うちの家族は僕の記憶にある限りずっと変わらないね」
「パーティー素晴らしかったわ。言葉にならないくらい」
「ありがとう。君は……よく化けたよね」
「……自覚あるわ」
普段と変わらないオリバーのクルクルに癒されていると、突然賑やかな声に包まれる。
「あれ、オリバーじゃん。ここで昼メシ?」
「あ、ほんとだ。…え、隣ってもしかしてクレア・ベゼル?本物!?」
突然出て来た自分の名前に、パッと後ろを振り向く。
私の真後ろには、2人の男子学生が立っていた。
…目の左端でローさんが、右端でリーさんが少し距離を詰めたのがわかる。
「ああ、君たち久しぶり。法学部の講義棟で何してるの?」
彼らはオリバーの顔見知りらしい。何となく気安い雰囲気を感じる。
「お前の逆だよ。俺らも契約書の一つぐらい読めんと話にならんから」
「そうそう。とは言っても入門編ぐらいを適当に聴いてるだけなんだけど。…それより、ほら」
オリバーが私をチラッと見る。
何となく彼の目線の意味に気づいて、一つ頷いて立ち上がった。
「あー…紹介するね。右側の赤茶色のツンツン頭の彼は、アーロン・ビバリー。左側の薄茶色のヘルメット頭がエディ・ハーパー。2人とも経営学部3年だ」
「「よろしく!」」
にこりと微笑んで頷く。
ツンツンとヘルメットって…オリバーちょっと失礼なのでは…。
あ、私もオリバーをクルクルとか言ってるわ…。反省ね。
「で、こちらがクレア・ベゼル……嬢。僕と同じ法学部の3年」
「お二方、どうぞよろしくお願いしますね。クレアとお呼びください」
そういえば、オリバーに誰かを紹介されるのも、私を紹介してもらうのも初めてだな、などと思いながらお辞儀をする。
「うおっ!喋った!」
「え?」
「あの噂は本当だったんだ!」
「噂?」
「あー…クレア嬢、だな。俺のことはアーロンでいいよ」
「あ、僕のこともエディで!」
「ありがとうございます。アーロンさんにエディさん、私何か噂になっておりますの?」
良くない噂を立てられるような身に覚えはけっこうある。
「いや、大学で有名だし。〝クレア・ベゼルはオリバーの前でだけ呪いが解ける〟って」
「そうそう。2人って恋人同士なの?」
オリバーが溜息をつく。
「…君たちね、法学部は平民率少ないんだから、もっと遠慮がちに喋ってくれる?見てみなよ。彼女目が点になってるじゃないか」
え…だって呪いよ?私の顔色が悪かったから?
それともボロボロの枯れ木のようだったから?
それにオリバーと恋人同士って…あぁ、少し前にそんな話があったわね。その方が護衛されやすいとか何とか…。
なんと答えればいいのかしら…。
「…ええとそうね、この場合…私は片想い…になるのかしら?」
「ブーッッッ!!はっ!?君何言ってんの!?」
またいつかのようにオリバーがコーヒーを吹く。
「…頑張って考えたんだけど。…だめだった?」
「ベゼルは小難しい事は考えなくていいんだよ!君は直感型なんだから!」
「直感型?他にどんな型があるの?」
私たちのやり取りを、今度は経営学部の2人が目を点にして見ていた。




