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10.闇の商人

 さてどうしたものか。

 理不尽な理由での解雇に対しては異議申し立てができるけれど、申し立てるのにもお金がかかるし、そもそもアルバイトの身。

 申し立てをしたところで、雇用契約を延長しないと言われればそこまでの話。


「ベゼル君、聞いてるかい?私としてもね、君が貴族を誑かすような器用な真似が出来るとは思って無いんだよ。ただねぇ、こういう噂になってしまった以上、店の評判にも関わるだろう?…すまないが、辞めてくれないか」


 レストランのオーナーから解雇を告げられたのは夜会の翌日。

 私をナンパしてきたヴィンセント・アンダーソンは、かなり有名な人物だったらしい。

 何でも遠国の商会の若き会頭で、うちの国でも手広く商売をやっている今注目の人物なんだとか。

 私は……どうやら誰かの嫉妬を買ってしまったようだ。


「…わかりました。短い間でしたがお世話になりました。お借りしていた制服はどうしましょう?」

「ああ、こちらでクリーニングに出すから、ポケットだけ確認してそこに置いていって」


 アルバイトの退職なんてこんなもの。

 ガサゴソと一通りベストとパンツスーツのポケットを探る。

 胸ポケットから出て来たメモ書きを思わず握り潰したい衝動に駆られるが、そんなことには何の意味もない。


 やるせない気持ちを飲み込む事には慣れている。理不尽さを受け流す事にも慣れている。

 こんな事でいちいち嘆いていられるのは、時間と生活に余裕のある人間の贅沢だとも思っている。

 いつもの私ならきっと、扉を出たその足で、すぐに次の仕事を探していたはずだ。

 …でも、今回は少し疲れてしまった。


 形ばかりの会釈をして、オーナーの部屋を出る。

 一つ溜息をつくと、慣れ親しんだレストランを一目だけ眺めて、私は家路へと着いた。





バンッ バンッ バンッ

 人型の的に次々と穴が空く。

バンッ バンッ バンッ

 何度撃っても頭に蘇る、あの場面。

 彼女の髪に、無遠慮に口付けるあの男……。

バンッ

 違う。一番腹立たしいのは、あの時、彼女が一瞬だけ見せた恐怖の顔から目を逸らした自分自身だ。

 

 どうすればよかった?

 あの場面で、どうすれば……


「…めろ!おいルーカスやめろ!」

 射撃訓練場に、思考を遮る声が響く。

「弾の無駄だろ!いつまでやってんだ!」

 訓練場の入り口からこちらを覗く同期の姿を認め、一つ溜息をつくとその場を後にした。


「お前な、どうしたんだよ。そんなにあの男爵令嬢が嫌だったのか?」

 …男爵令嬢。スカーレット・モリソン。

 もはやデータとしてしか残っていない女の事などどうでもいい。ついでに彼女は情報提供者としても価値がなかった。

「…なんてな。わかってるよ。まさか本丸があの子に目ぇつけるなんて、お前も苦労するな」

「……………。」

 ヴィンセント・アンダーソン……。

 彼女の髪に触れた男。

 そして、異国から来た…死の商人。




「…つまり、彼女に、他の男の元へ行くように促せという事ですか」

「そうは言っていない。ヤツの方から接触があるかもしれないから……」

「…同じ事でしょう」


 その日の捜査会議は最悪の一言だった。


「お前もわかっているだろう。警戒心の強いあの男がシガールームから出て来るだけでも稀なんだぞ。…これはチャンスなんだ」

 ハワード殿亡きあと直属の上司となった、スタンリー・クルーズが真剣な目をする。

「…わかってます」


 何度も読んだ捜査資料を握り締める。

 ヴィンセント・アンダーソン……。

 表向きは大商会の若き会頭として、この国での販路拡大のために長期逗留している事になっている人物。

 だが、裏で売り捌いているのは大量の銃火器。まるでこの国に革命の火種をばら撒くかのように、新興貴族とともに力を増す人物。


 我々の地道な捜査と諜報活動により、ようやくあの男までは辿り着いた。だが事態は膠着していた。

 ヤツの懐まで入る事ができる人材が足りないのだ。

 これが千載一遇の機会である事は間違いない。

 私がクルーズでもそう捉える。


 だが…もはや平常心でいられる自信がない。

 1週間後に迫る約束の土曜日に、彼女に会うことでさえも。

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