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1.結婚に望むもの

「…つまり、一緒に暮らす必要も無く、愛人がいてもいい、と」

「ええ。その方が私にも都合が良いのです」

「君が結婚に望むのは……」

「経済力だけですわ」


 もう何度目のやりとりだろう。

 彼より前の6人を含めれば、もはや数え上げることも不可能なほどにこの問答を繰り返した。


「なる…ほど」


 7人目のお見合い相手であるルーカス・エドワーズ氏。

 人となりはよく知らない。

 心配症な近所のおば様方が次から次へと持って来るお見合い話を、片っ端から受けさせられているだけだから。


「クレア・ベゼル嬢、話はよくわかった。…しばらく考えてから返答させて頂く」

「では御返事は手紙でも頂ければ。…失礼いたします」


 まぁ返事はお断りに違いない。

 そんな考えはおくびにも出さず、儀礼的な微笑みを浮かべ、丁寧にお辞儀をして踵を返す。

 本当に…時間の無駄だわ。



 いつものように徹夜明けのよく働かない頭で臨んだ7回目のお見合い。

 この1時間があれば少しは仮眠が取れたのに。

 そんな自分勝手な感想を頭の中から掻き消して、私は腕時計を確認する。


「…まずいわ、遅刻しちゃう!」

 

 今夜はレストランでウェイトレスをした後、閉店後は清掃。

 明日もレストランの後清掃のアルバイト。

 明後日もレストランと清掃と……

 朝は毎日パン屋で販売員。


 大通りをあくまでも歩いているようなそぶりで小走りをする。

 私の人生はまさに時は金なり。

 …正しく、時間をお金に変える生活。

 だってしょうがないのよ。

 苦学生だから。


「いらっしゃいませ。御予約のハドリー様ですね」

「お帰りですね。ありがとうございます」

「またお越しくださいませ」

 

 延々と同じセリフを繰り返しながら、ひたすら時計の針が進むのを待つ。

 帰ったらレポートを仕上げなければならない。

 今夜もきっと、完徹だ。



 私クレア・ベゼルは、とにかく親からふんだんにお金を注ぎ込まれて育った。幼い頃からたくさんの習い事をし、一流の家庭教師をつけてもらい、そこそこ高いレベルの私立の学園に通う途中で大学に入った。

 特別に頭が良かった訳では無い。

 …家庭教師がすさまじかったのだ。

 そう、お金の力である。

 両親は変わり者だったのだろう。

 特に父が私を大学に通わせたがり、女子としては珍しく入学したのはよかったのだが…入学して半年後、彼らは二人揃って死んでしまった。


 だけど突然親がいなくなったことの衝撃よりも、遺産が雀の涙だったことにはさらに衝撃を受けた。きっと私に注ぎ込みすぎたのだろう。

 そしてその雀の涙の遺産でさえ、雇っていた使用人に退職金として払ってしまった。

 残されたのは…無駄に広い屋敷のみ。毎年の固定資産税のことを思えば、まさに負の遺産。

 …幼少期のツケを払うのが、こんなに大変だとは。


 端的に言うと、私は貧乏だ。





「おはようベゼル!うわ、相変わらずすごい顔!」

「そうでしょう?目の下のクマが成長しちゃって困るわ」

「あはは!オッケーオッケー、ノート取っておくから一限は寝ときなよ。スミス教授だし問題無いよ」

「ありがとうオリバー!あ、私の前の席に座ってね」

「…人を防風林だと思ってない?」

「いえいえ、立派な…ねぇ?」


 タングル王国、首都ストックブロス。

 首都の名に相応しく、ここには国中の頭脳が集まって来る場所がある。

 国立マーリン大学。

 言わずと知れた名門であるこの大学。

 もう二度と入学する事は不可能だと思えばこそ、両親亡き後もやめる事が出来ずに、この場にかじりついているのだ。

 

 そんな貧乏な私の大学生活を支えてくれているのは、毎朝アルバイト先で貰えるパンと、彼、オリバー・カーソン。

 裕福な子息が多いこの大学。

 つまり、ほとんどの学生が貴族の子息であるこの場において、裕福な商家の息子である彼は、同じく平民同士であることから入学してすぐに仲良くなった。

 裕福な商家の出らしいツルツルのほっぺたと、ひょろりと細長い背丈。そしてクルクル巻いた金色の天然パーマが可愛いらしい。


「…いいよ、もう。それよりまた君のお見合い伝説聞かせてよね」

「ふふふ、もうすぐ第7章が完成するからお楽しみに」


 笑い話に出来るほど、先方より断られ続けた過去6回のお見合い。

 それも当然のことだ。

 断られるために全力を尽くしている。

 

 だから完全に誤算だった。

 伝説第7章が未完になるなんて。

 あの条件を…前向きに捉える人間がいるなんて…。



『親愛なるクレア・ベゼル嬢 

 

 君の申し出を受けさせて頂く。


 ルーカス・エドワーズ 』


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