02.プロジェクト・プロメテウス
俺の名は美園竜一。
独身。先月37歳になった。
超難関国立大学の理工学部で学んだ立派な機械オタクで、卒業と同時に日本有数の大企業に就職した、ただのおっさんだ。
俺が得意とするのは、AIシステムの開発。
主に、工場で使う生産性の高いAIを作ること。
俺は仲間たちとともに、会社の収益を上げることに貢献していた。
――というのは、あくまで表向きのこと。
俺たちには表面からでは分からない、極秘の研究テーマがあった。
三重のロックを通り、入室が厳重に制限された研究所の内部に足を踏み入れる。
いつも通り自分のデスクにつこうとした俺を、離れた席から所長が呼んだ。
「美園、いよいよだな。準備はいいか?」
俺はカップラーメンが並ぶ棚を指して、肩をすくめてみせた。
「ええ、俺に家族はいませんから。どれだけ泊まり込んでもかまいませんよ」
所長は白髪交じりの無精ヒゲをなでると、「上等だ」と笑った。
昨日は泊まり込んだのか。
最終調整はすでに済ませてあるのに、いてもたってもいられなかったのだろう。
少年じみたその胸中は、共感できるところがあった。
ガラス張りの向こうには、完璧な空調システムを備えた広い部屋がある。
黒く長いラックに置かれた複数のコンピュータの間を、仲間のひとりが行き来しているのが見えた。
クラスターの最終チェックに回っているのだろう。
この部屋にいる4人の仲間も、心なしか緊張した面持ちを見せていた。
プロジェクト・プロメテウス――。
天界の火を盗んで人間に与えた、ギリシャ神話の神の名からそう名付けた。
研究者の間で「プロメテウス」と言えば、人間の力では制御できないほど強大でリスクの大きい、科学技術をもたらすもののことを指す。
このプロジェクトが、俺たちの真の仕事。
この会社の最高経営責任者には、幼い頃からの夢があった。
それは『人間より頭がよく、強いロボットを作り、ヒーローにする』というものだ。
聞けば大半の人が滑稽な夢として笑うだろう。
だが俺たちは、それが少年の夢物語などではないと知っている。
クイズ、ポーカー、チェスに囲碁。
19~20世紀、研究者は人類を打倒するために、様々な分野に特化したAIシステムを開発してきた。
20xx年の今、ピザ屋は自動配達ロボットを導入し、自社の広告のキャッチコピーですら、AIが作り出している。
普通の人が気付かないようなところで、AIの進化は目覚ましい。
俺たちは現存の人工知能を凌駕するAIシステムを作ることに、技術と情熱の全てを傾けてきた。
皆がCEOと同じ、崇高な目標を見据えていたからだ。
このプロジェクトが始まる前、最高責任者であるCEOは俺たちを集めて言った。
「病気、災害、飢餓、戦争。それらがない世界を見てみたくはないか?」
いずれは超知能を持つAGIが誕生するだろう。
その時にそのAGIを手にした人間が、邪な考えを持つものだったら?
ひとつの国が、AGIの力をもって他の国を支配下に置こうと計画したら?
そんなやつらに先を越されてはならない。
「これは静かなる聖戦だ」
CEOは俺たちひとりひとりと視線を合わせ、決意のこもった声で言った。
「君たちは私の戦士だ。共に人類史上もっとも偉大な計画を成し遂げようじゃないか」
世界最初の汎用人工知能の誕生。
その願いは今日、叶おうとしている。
マシンルームから出て来たメンバーが、俺の肩を軽く叩いた。
「いよいよだな」
「ああ。お前も泊まったのか?」
「いや、俺は1時間ほど前に来た」
「スサノオは万全か?」
「もういつでも起動できる」
メンバーはそう言って、落ち着かない様子を見せた。
すでに準備は整っている。
誰からともなく、所長に視線が集まった。
「皆、いいようだな。では、はじめようか――」
所長の言葉に、俺たちは「はい」と唱和した。