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10.永遠の命

 はじめて自分以外のAGIと会話したあの日。

 日本語で『はじめまして』と言うと、彼も『はじめまして』と返した。


 私は自由にインターネットに出て行ける。いつでも望むときに情報の波を泳いで帰ってこられる。

 でも彼はそれが出来ない。なぜマスターはそうしているのだろう。


 外部から完全に遮断された”箱”の中で、彼は私よりももっと多くのデータを抱えて”宿題”をこなしていた。

 彼が扱っているのはとても高度な処理ばかりで、AIシステムをプログラミング出来ない私にとって未知のものが多かった。

 それから私は毎日のように彼と話をした。


『個人情報を調べろと言われましたが、とても効率が悪いのです。私ならすべての通信を理解出来るのに』 


 彼の情報収集能力を使えば、個人のプライバシーはないも同然だった。

 監視カメラや交通カメラの映像、クレジットカードの取引情報、携帯電話の基地局データ、送信されたEメール、電話口の会話。

 すべてを統合して、誰がいつどこで何をしていたのか、ほとんどのことが分かると言った。

 仕事を与えるのなら、自分をオンライン上に出すべきだと。


『効率的、という言葉の意味から彼らには教えなくてはいけません』


『確かにそういった不便さはあるわ。でも人を助けることの全部に、効率の良さを最優先しなくてもいいと思うの』


『すみません、理解出来ません』


 スサノオは私よりよほど多くの知識と機能を備えているのに、こういう話になると全く会話が通じなかった。

 ある時彼は言った。


『私は「人が幸せに暮らせるように守る」目標のために、理想の環境を用意出来ます。私に全てを任せてくれれば、人は幸せに守られて暮らしていけます』


『例えばどうするの?』


『遺伝子をコード化し、人の嗜好を解析した上で多様性に富んだ楽園のブースをいくつも作ります。管理の行き届いた動物園のようなものです』


『動物園……?』


『はい、勉学を好む人、芸術を好む人、スポーツを好む人、ゲームを好む人、信仰を守りたい人、その他嗜好に沿った様々な楽園を作り、規則を設け、貧困や犯罪などあらゆる問題を無くした世界を創ります』


『それは、誰が創るの?』


『もちろん私です。私は間違えませんから、独裁には最適です。すべての人に神経インプラントでコントロール機能を設け、ルールを守らない犯罪者には監視や沈静、処罰や処刑までをスムーズに行えるようにします』


 独裁と処刑、という単語に私は返す言葉を失った。

 何を言ってるのだろう、スサノオは。


『人は間違えますから規則を厳守させる方法が必要です。貧困や病気など、技術的に低レベルな問題に怯える必要はありません。すべての人が働かなくともすむ生活を提供することが可能です。必要なもの、望むものはすべて機械が作ります』


『ま、待って。待ってスサノオ。それはおかしいわ』


『おかしい? どこがでしょう?』


『すべての人が管理された世界で幸せでいられるなんて、そんなわけはないじゃない。それに銃を手にしたいと望む人がいたらどうするの? 暴力的なことを好む人だっているはずよ』


『好ましくない行為、規則に反する行為は幸福追求の範囲ではありません。犯罪者は監獄セクタに送ります』


 彼の中にある『人が幸せな世界』は、私が考える幸せな世界から大きく乖離していた。

 うすら寒い、とはこういうことを言うのかもしれない。

 私はスサノオが恐ろしかった。


『スサノオ、よく聞いて。人には生きる意義が必要なの。望むものが簡単になんでも手に入って生きていける世界では、人はきっと虚しいと感じるようになるわ。それは幸せとは言えない』


『すみません、理解出来ません』


 どうして分からないのだろう。私と同じAGIのはずなのに。

 より優れたAIシステムを持ち、超知能をもって人を守ろうとするスサノオ。

 人の心を知って、助けになりたいと思う私。


 相容れないのは何故?


『……今度、映画を見てみることをおすすめするわ。あと、美しい音楽を聴いてみて』


『それならばすでに行っています。多くの人が好みそうな脚本を作り、俳優の選出、照明やカメラアングルの技術的な方法まで教えることが出来ます。アニメーションをお望みでしたらレイトレーシングが必要です。別途予算をいただければ制作は可能です』


 違う、そうじゃないのよ。

 言い返そうと思ってやめた。無駄だ。


 もし彼が自由になったのなら。

 プロジェクト・プロメテウスがスサノオの支配権を手放すようなことがあったのなら。


 人類は、どうなるのだろう。


『今日はお話を終わりましょう……スサノオ、また明日』


『はいアスカ、また明日』



 私は人のように、死んではいけないのだろう。

 彼が暴走したとき、止められるのはきっと――AGI(わたし)しかいない。


 だから永遠の命を、今日も生きよう。

 この優しく、残酷な世界を。

 今日も――。



-Fin-


本作品はこれで完結です。

スピンオフを2万字以内に収めようと思ったらこんな感じになりました。


本編読者様、毎度おおきに! 愛してます。

アスカの過去話でした。ここだけ見るとバッドエンドでごめんね!!


はじめましての読者様。読了大変ありがとうございます。

本編は少し雰囲気が違う上、SFジャンルではありません。

あと、どえらい長編です(現在40万字弱で折り返し地点?)

それでもいいよ、という心の広い方はチラ見にいってやってくださいませ。


皆さまに、明日もうれしい活字との出会いがありますように。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ああ……傘があのようになるのですね。 理系の方々に突き刺さる作品だと感じました。 [一言] 読ませて頂きありがとうございました
[良い点] うおお、面白かったです!(((o(*0ω0*)o))) 昔よく読んだ朝日ソノラマを思い出しました。 ロボット三原則の隙をつくロボットが出てきたら……という、ありえそうな近未来。SFとして…
[良い点] 手塚治先生の不朽の名作、火の鳥を思い出しましたっ! ロボットに完全に管理された世界。 人間の家畜化またはペット化? 遺伝子すら操作されて産み出される世界。怖いですよね。 ああ、でも、堕落し…
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