7:燃える海にて
【監獄迷宮パンデモニウム】――第2階層、入口の間。
オーガを突破した探索者達が傷をポーションや魔術で癒やしながら2階層に向けて装備を更新している。中には、パーティ内に犠牲者が出たのか、悲しみにくれている探索者もちらほらいた。
俺とリズは頷き合うと、装備を火蜥蜴の防火服に替える。
「どうした、マスター。キョロキョロして」
暇そうにしていたハウレスがそんな事を聞いてきた。
「ん? いや」
「ブラスさんを探しているのでしょ?」
リズが、分かってますよという顔で、そう言うので俺は頭を掻いた。
「……死んでなければ良いなと思っただけだよ。それだけだ、行こう」
ハウレスがにやにやと俺達のやり取りを見ている。
俺は気を取り直して、先へ進もうとすると――
「おいジジイ、話が違うぞ! お前、全然使えねえじゃねえかよ」
ボス部屋からの階段を降りてきた双刃士が、何やら怒鳴っている。かなり若い男だ。片側だけを刈り上げた長髪で、まだ顔のどこかに幼さが残っており、隠そうと無理をしているように俺には見えた。
その両手にある短剣は、それぞれが魔力の風を纏っており、それなりのランク品である事が分かる。
そんな双刃士を諭すのは、2人の商人だった。2人とも黒いロングコートを着ており、それぞれの手にはボウガンが握られていた。
「まあまあ……盗賊の有用性はこの階層から発揮されるはずですし」
「だな。そもそも、一人でも俺達を守れるって豪語したのはお前だろ? 爺さんをアテにするのはおかしいぜ」
「……ちっ、ここからちゃんと仕事しろよジジイ」
そう吐き捨てた双刃士の視線の先に――肩で息をしている、ブラス爺がいた。
その顔には汗が滝のように流れており、いつもの余裕さが一切ない。
「……無茶しやがって」
俺の独り言をリズが拾う。
「……珍しい組み合わせです。むしろよくあんな構成でオーガを突破出来ましたね」
「そうだな」
【商人】もブラス爺の【盗賊】も、決して戦闘向きのジョブではない。2人の商人はボウガンを装備しているので、援護程度は出来るのだろうが……。
代わりと言ってはなんだが、【双刃士】は超攻撃的なジョブだ。筋力と敏捷しかほぼ上がらないが、初期値と上昇量も高く、レベルアップもしやすい。オーガ相手ならば、レベルが上がった双刃士であれば、援護さえあれば倒せるだろう。
だけど、そんなリスクあるパーティ編成で挑む探索者はいない。話からすると、ブラス爺とあの双刃士は雇われのようだ。2人の商人はどういう意図で2階層まで来たのだろうか。
「いや……よその心配をする余裕はないな。気を引き締めていこう。リズはなるべくマナを温存してくれ」
俺はブラス爺に声を掛けることなく、【入口の間】を後にする。2階層の階層主に全力を出す為にも魔術の発動に必要なマナはなるべく節約したい。1階層の魔物もオーガも全部俺が倒したしね。
「了解です、トルネ様。ですが、暗黒魔術とマナコントロールがあるので、多少は使っても問題ないですよ?」
「ああ、そういえばちゃんとそのスキルの効果、聞いてなかったな」
ざっくりとしかリズのスキルについては聞いてなかったせいで、まだそれぞれのシナジーとか使いようをあまり考えていなかった。
……ちと反省だな。
「まずメインとなるスキルが【全属性魔術Lv2】です。これは名前の通り、全ての属性のLv2魔術を使えるようになります。正直、このスキルだけでもかなり反則なのですが……」
「そうなのか?」
俺はさっき買った2階層の地図を見ながら、出現する魔物をメイスで倒していく。ハウレスが先行し、罠を見付けるたびに、発動させては喜んでいるので、罠の心配はしなくてもいい。
矢が飛んでこようが、溶岩が噴き出してこようが、魔物が召喚されようがハウレスにはまるで効果がない。ただ、なぜか魔物だけは倒してくれないので、それは俺が倒していく。
「魔術師は、本人の属性適性によって覚える属性魔術の順番が違います。例えば私は火に適性がありましたから、【火属性魔術Lv 1】が初期スキルでした。そしてそこから順に他の属性も覚えていき、【水属性魔術】については一番最後でした。人によっては、他属性を全く覚えず、単一属性のスキルレベルだけが上がっていく人もいるそうです」
「なるほど……と、なると、最初から全ての属性魔術が使えるそのスキルはかなり強いな」
「はい。元々私の適性が平均的だったので、最終的にには全て使えるようになりましたが……やはり応用力が全然違います。それと、【暗黒魔術Lv1】ですが、これはかなり特殊ですね。見ててください」
リズがそう言って、通路の先で、おそらくハウレスが踏んだ罠によって召喚されたファイアー・バグの群れに杖を向けた。
「――【黒雷】」
杖の先から黒い雷が迸る。それはファイアー・バグ達を貫通し、一撃で倒していく。
「おいリズ! 危ねえだろ! ちょっとビリッとしたぞ!」
大量の経験値の光が俺とリズに飛んでくると同時に、ハウレスの声が響く。
「どうせ効いてないのですから、当たってないのと一緒です。それよりほら、マスター」
リズだけに、経験値の光ではなく、黒い光が吸いこまれていく。
「今のは?」
「ブラックマナです。【暗黒魔術Lv1】は、既存のLv1属性魔術が変質した物を使えるようになるスキルなんです。ただし、属性は全て無属性に変化していて、消費マナも少なく、それに伴って威力も元の魔術と比べると弱まっています」
「ふむふむ。それだけを聞くと、あまりメリットがなさそうだが」
「はい。ですが、見ての通り、これでトドメをさした魔物からは経験値とは別に、ブラックマナという特殊なマナが発生します。これは術者にストックされていくのですが、これを【マナコントロールLv1】を使って、通常のマナに変化させることで、消費したマナを回復させる事が出来ます。今はまだスキルレベルが低いので、暗黒魔術のマナ消費量の方が多いですが、それでも、普通の魔術を使う事を考えれば破格の消費量で魔術が使えます。今みたいに一撃で複数の魔物を倒す事が出来れば――回復量が上回りますね」
「なるほど。道中は暗黒魔術を使ってマナ消費量を抑えて、属性魔術が必須な強敵や階層主には普通の魔術を使うといった風に使い分けることが出来る……と」
そもそも、無属性の魔術ってのはある意味万能な遠距離攻撃だからな。
しかもリズの高レベル、高ステータスのおかげで、雑魚相手なら一撃で倒せるときた。
「便利だな……」
「はい。ですので、一撃で倒せそうにない魔物はトルネ様にある程度削っていただければと」
「で、トドメはリズがってことだな」
「そうするのがマナ効率的に一番かと」
「じゃあそうしようか」
その後の2階層攻略は順調だった。
B7F
「うおおお溶岩だ! 入ってみるかマスター!?」
「死ぬってば」
B8F――迷宮変化直後に潜った場合、この深さが迷宮変化する前に、地上へと戻れる限界深度と言われている。ここ以降は、どう頑張っても帰る途中で迷宮が変化してしまう。なのでこれ以上進む場合は、2階層の階層主を突破し、3階層の入口の間で迷宮変化を待たないと、攻略中に変化に巻き込まれるという悲劇が起こってしまう。
「フレイムアントは物理が聞きづらいので、ここは一気に水属性魔術で殲滅します」
「あ、ちょ、水はあたしには効くんだって!! ぎゃあああ」
「リズ、ハウレスを巻き込むのは止めてやれ」
「前をちょろちょろされると邪魔なのですが……」
だが俺達は歩みを止めない――そしていよいよB9Fに辿り着いた。
「残り、4時間か。悪くないペースだ」
俺は懐中時計で残り時間を確認する。その横で、リズが目の前に広がる光景に感嘆していた。
「凄いところですね……」
リズがそう言うのも無理はない。
このB9Fは構造自体は単純だ。複数の大部屋が通路によって繋がっており、どのルートを辿っても、B10Fへと降りる階段へと辿り着く。
ただ問題は、その大部屋にあった。
そこには広大な空間が広がっていた。そこかしこにマグマ溜まりがあり、こちらの行く手を阻むように溶岩の川が流れている。崩れた遺跡が点在し、火の海に沈んだ古代都市……といった雰囲気だ。
「ここは2階層で一番の難所と言われている階だ。マグマに落ちれば当然死ぬし、魔物の攻撃も苛烈になる。何よりこの階から――【徘徊者】が出現する」
「徘徊者……噂には聞いていますが……。確か、階層主並に強い魔物の事ですよね?」
徘徊者……それは通常の魔物と違い、1つの階に数匹しかいない魔物で、常にその階を徘徊し見付けた探索者を襲う厄介者だ。出現する魔物とは一線を画する強さと能力を持ち、何の準備もなく挑むと間違いなく死ぬ。階によっては、階層主よりも強いと言われる者もいるほどだ。
「その通り。言っとくが遭遇したら即逃げるぞ。狩ると大量の経験値とレアなドロップ品が手に入るが……それで消耗して階層主に負けたら意味がないしな。分かったかハウレス」
俺が隣でうずうずしているハウレスに釘を刺しておく。よっぽど火が好きなのか、この階層に来てからやけにテンションが高い。
「んだよ、マスターのステータスなら勝てるだろ、多分。あ、そういやあたしの攻撃は大体火属性で、徘徊者や階層主戦では全く役に立たないからよろしくな!」
「分かってるよ……だからせめて邪魔はしないでくれ」
「へいへい。分かってるって」
俺は意を決して進んで行く。リズが周囲を警戒し、殿をハウレスがのんびり歩いて行く。熱気で、息をするだけで肺が熱い。悪魔になったおかげでやはり熱耐性は上がっているらしく、熱い以外の弊害はないのだが……火蜥蜴の防火服が無ければ、もっと熱くてやってられなかったかもしれないから、やはり作っておいて良かった。
しかし、ここまで来ると、中々他の探索者とは出会う事はない。日帰り限界深度であるB8Fを過ぎると、途端に探索者の数は少なくなる。
俺は何となく視界の端で、あの小狡い老人の姿を探していたが、流石にあのパーティ構成でこんなところまでは無理かと思い直した。
そうしていくつかの大部屋を危うげ無く通りすぎ、最後の大部屋に辿り着いた。
そこは、もはや溶岩の海であり、そこに浮いている島に崩れた橋が架かっており、そこを進んでいくしかない。
そんな島の1つに辿り着いた時に――俺はとある探索者達に遭遇した。
「おや……? おやおや? 運が良いのか悪いのか」
「どうする」
「予定に変更はありませんよ」
それは入口の間で出会ったあの2人の商人だった。
しかし、ブラス爺とあの双刃士が見当たらない。
俺は嫌な予感がした。仮に、ブラス爺と双刃士が道中で死んだかはぐれたかしたとして……商人2人でここまで来るだろうか。
俺はそうは思わない。
「お前ら、仲間はどうした」
俺は、リズとハウレスに予め決めていたハンドサインを送る。意味は――臨戦態勢で待機、だ。
「仲間? そんな者は最初からいませんでしたが?」
背の高い方の金髪の商人がそんな事を言って、目を細めた。その声は冷淡で、何の感情も含まれていない。なぜかその手には銀色のコインが1枚握られており、それを空中に飛ばしてはキャッチするを繰り返していた。
「爺さんと若い双刃士の事だよ」
「ああ……彼らなら、もう用がないので……処分しました」
「処……分? どういうことだよ、お前らは商人だろ!? 盗賊と双刃士もなしじゃ、進むのも戻るのも無理だろ!」
「くくく……おいおい、俺らをただの商人だと思っている時点で、お前は何も分かっちゃいねえんだよ。ちんけな物売り共と一緒にするんじゃねえ」
茶髪の男が表情を歪ませた。ああいう表情を受けべる奴は大概、クズだ。こいつもきっと例外ではない。
「ここまで来る効率を考えるて、彼らを利用しました。そしてもう不必要なので、遅効性の毒矢を数本撃ち込んで、置いてきました。もう今頃、魔物に襲われて死んでいるでしょう。毒に苦しみながら、じわじわと死の恐怖に冒され、もがき苦しんでいるでしょう。ああ、時間があればその様をじっくりと見ていたかった」
平然とそう言いのけた、この金髪の商人も同じくクズだ。探索者殺しは禁忌とされているのに、こいつらはパーティメンバーを裏切るという、最悪な事をやってのけたのだ。
俺の脳裏に、イリスや【銀の竜】の連中の顔がよぎる。ああ……どこにでもクズはいるんだな。
「魔物寄せの香も焚いてやったからな。唯一無事なのはあの爺さんだけだ。ま、あの様子なら無理だろうが」
ブラス爺が生きている事に俺は少しホッとする。一瞬、助けに戻ろうかと思ったが……それよりも目の前のこいつらを放っておくわけにはいかない。
こいつらは絶対に碌でもない事を企んでいる。俺の悪魔的な直感がそう告げていた。
なぜなら――こいつらからは俺と同じ匂いがするからだ。
「おい、さっさとやろうぜ」
背が低くがっしりとした体格の茶髪の商人がそう言うと、それに答えるように金髪の商人が自分で飛ばした空中のコインをキャッチする
「というわけで、貴方達が誰かは存じ上げませんが、ここで冒険はおしまいです」
そう言って、金髪の商人がコインを溶岩の海へと投げた。
「ん? おいおい、ありゃあ……」
黙って様子を見ていたハウレスがそんな言葉を放った瞬間。
「ブオオーン!!」
溶岩の海から咆吼が上がり、同時に溶岩が噴き上がる。
「あれは……!」
「何やってんだあいつら!!」
溶岩の海から俺達のいる島へと這い上がってきたのは、一体の巨大な燃え爆ぜる獣だった。
前後の脚はヒレになっており、流線形の胴体を持ち上げている。口からは長く、赤熱した牙が伸びていた。
一見すれば、海に生息するというトドの仲間のように見えるが、もちろん、溶岩の海に住むトドなんて聞いた事がないし、そもそもサイズが違い過ぎる。
俺よりデカくないか……あれ。
「美しいフォルムだと思わないかい? 監獄迷宮パンデモニウムにおいて初めて探索者が遭遇する徘徊者にして、この溶岩の海の主――【燃え爆ぜるラーヴァリオン】」
「さて。売る前に性能テストをしねえとな。おっと、目の前に丁度良い……仔羊が」
茶髪の男が俺達を小馬鹿にするように、憐れむように見つめた。
「さあ、その力を見せなさい」
金髪の商人の声と共に、【燃え爆ぜるラーヴァリオン】――デカいトドが溶岩をまき散らしながら俺達へと向かってくる。
おかしい。徘徊者に限らず、魔物は無差別に探索者を襲う存在だ。なのに、あのトドはあの商人を襲う素振りさえ見せず、何ならまるで……操られているかのように俺達へと向かって来ている。
ありえない。魔物を操るジョブもスキルも聞いた事がない。
「やっぱり……【裏切りの十二銀貨】か。なんであんな人間が持っている?」
ハウレスがそんな事を言うが、今は詳細を聞いている暇はない。
「リズ、遠慮無くマナを使って魔術をぶっ放せ! 全部出さないと負けるぞ!」
「あの商人達も巻き込まれますが?」
リズは一応、とばかりそうに聞いてくる。だけどその顔にはすでに殺意が溢れている。
「あれは探索者じゃねえ――敵だ」
「あはは……了解です!」
リズが凶悪な笑顔を浮かべ杖を構え、俺は笑いながらメイスとロングソードを構えて飛び出る。
階層主は諦めよう。だが徘徊者もろとも、お前らは殺す。
俺の邪魔をした事を後悔するがいい。
こうして、徘徊者そして謎の商人との戦いは始まった。
この小説クズしかおらんのよ!(ノブボイス)
徘徊者は世界樹の迷宮でいうFOEみたいなものです。次話は、前半パートに、第三者視点を挟み、燃えるトド戦になります! お楽しみに!