5:獣狩り
ハードな描写多めです。苦手な方はご注意ください
先を急ぐリズの背中を、俺とハウレスが追う。
「あいつらは南の通路に向かったぞ~」
俺が【銀の竜】と再会した部屋につくと、ハウレスがそうリズに声を掛けた。しかしリズは返事をせず、南の通路へと無言で足早に向かっていく。顔は見えないが、見なくても分かる。
復讐が出来る喜びと、怒りと、焦りが浮かんでいるに違いない。
リズの足が次第に速まっていき――ついに駆け出した。途中で現れたサラマンダーも杖による一撃で撲殺し、ドロップ品に目をくれず走って行く。
「……魔術師……だよな?」
俺は駆けながらも、リズの力に驚きつつドロップ品を拾っていく。そういえば、サラマンダーを倒した際の経験値の光がいつもより大きく、俺の中へと吸収されていった。
「マスターはまだ分かってねえな。悪魔との取引ってのはどういうものであれ、デメリットがある分……効果は凄まじいんだよ。今のあの女をただの魔術師と思わない方がいい」
「……なるほどね。なぜか経験値が増えている気がするのは気のせいか?」
リズが倒す魔物の経験値の光が俺に飛んでくるが、やはりいつもより光が大きいし明るい。経験値の光は、貰える経験値の量が多いほど、大きく、明るくなるという。
「あん? そりゃあ、あいつがマスターの下僕だからな。取り分を主人に差し出すのは当たり前だろ?」
「どういうことだ?」
「下僕になったあいつは、魔物を倒しても、通常の半分の経験値しか得られなくなったんだ。そして残りの半分が――主人へと渡る」
「……なるほど。だから貰える経験値が増えたのか」
便利だなそれ。リズの成長は遅れるが、代わりに俺のレベルアップ速度は上がるわけだ。
「まあ、それ以外にもあれこれあるが、それはゆっくりと後で教えてやるよ――ほら、始まるぜ」
そう言ってハウレスが邪悪な笑みを浮かべ、獣耳をピコピコと動かした。
通路を抜けるとその先は小部屋になっていた。床の所々に小さな穴が空いていて、定期的に高熱の蒸気が吹き出ている。
その部屋の中央にいた【銀の竜】のリーダーである剣士が驚いたような声を上げた。
「……おいおいおい、どうなってんだこりゃ。なんで、お前がそこにいるんだ――リズ」
「……」
無言のままのリズの横に、俺とハウレスが並んだ。
「ん? ああ……お前のせいか、トルネ。まさかそんな貧相な女に情けをかけるとはね……」
それを見た剣士が、俺を小馬鹿にしたような声を出す。
「おい、しかも、すっげー美人連れてるぞ」
「……リーダー、ヤっちまおうぜ」
騎士と格闘家がハウレスに下卑た視線を向け、それぞれの武器を構えた。
「おいおい、お前ら……興奮しすぎだろ。でも悪くない。リズはもう飽きたし、トルネ共々ぶっ殺して、次はあの獣人の女で遊ぶか」
【銀の竜】のゲスな会話に、リズは今にも飛び出しそうなのになぜか動かない。
「トルネ様……!」
リズの噛み締めた唇から、血が出ている。俺を見つめるその目の中で真っ黒な炎が燃えていた。
そうか……リズは待っているんだ。主人である俺の指示を。まるで猟犬のように……狩りの命令を今か今かと待ち侘びているのだ。
俺が、リードを放しさえすれば――彼女は速やかにあの、人の形をした獣共を噛み砕くだろう。
そうしているうちに、一番身軽である格闘家が地面を蹴って、こちらへと加速し向かってきた。その高い敏捷性と筋力から繰り出される拳が、リズへと迫る。
だからこそ、俺はゆっくりと一音一音を噛み締めるようにこう告げた。
「俺とハウレスは手出しはしない。リズ――思う存分狩り尽くせ」
格闘家の拳がリズの腹へと叩き込まれる寸前。リズはスッと身体を横にずらし、振り上げた杖を――
空振って隙だらけになった格闘家へと打ち下ろす。
その動きは熟練の剣士顔負けの、洗練された動きだった。
「あがっ!!」
格闘家が地面へと叩き付けられ、そのまま沈む。
「死ね――【ブレイズ】」
リズは憎悪と共に叩き付けた杖から、爆裂魔術を発動。
「ぎゃあああああああ!! 腹がああああ!! 痛い! 痛い! いだいいいい!!」
格闘家の背中が爆散し、焦げた肉辺と血が飛び散った。見れば、格闘家の下半身と上半身が爆発によって千切れている。
「うわーえげつねえ。ゼロ距離での爆裂魔術とか回避不可能だろうよ」
ハウレスが嬉しそうに解説してくる。
めちゃくちゃ痛そうだし、何よりレベルが上がっているせいで、中々死ねない格闘家の絶叫が、より悲惨さを物語っている。
「ゲイル!! 貴様ああああ!! ゲイルに何を!!」
騎士が叫びながら盾を前にして突撃してくる。リズはその突撃を避けすらせずに、杖を突き出した。
杖の先が騎士の盾に触れた瞬間。
「お前も死ね――【サンダーブレイク】」
杖から雷撃が迸り、騎士の盾と重鎧を貫通。
「アッ……ガッ……!」
耳障りな金属音と共に、騎士が痙攣しながら剣と盾を落とし、そのまま地面へと膝をついた。その顔は焼け焦げており、原形を留めていない。
リズが鬼のような形相で蹴りを騎士の胴体へと食らわせた。
「ガッ!!」
騎士の身体がまるで小石か何かのように吹っ飛び、壁に激突。そのまま、地面へと落ちた。
騎士の重鎧には、リズの履いているブーツの底の模様が刻印されている。
ピクピクと痙攣をまだしているところを見ると、まだ生きているはいるようだ。
「うそだ……ありえない……なんで魔術師のお前が!!」
絶叫しながら剣士が剣を構えて突撃。
しかしここまでのリズの動きを見てきた俺からすれば、それはあまりにお粗末な行動だった。
リズは杖を思いっきり振りかぶると、カウンター気味に剣士の横腹へと叩き付けた。
「がはっ!!」
あっけなく、剣士が吹き飛ぶ。
おや、今度は魔術は使わないんだな。
壁際まで転がっていった剣士が剣を投げ捨てて逃げようとする。まだ動けるところを見るに、リズはかなり手加減したようだ。
「くそ……! どけ!! ぶっ殺すぞ!!」
剣士が必死の形相でそう俺とハウレスへと叫ぶ。
この部屋はどうやら行き止まりのようだった。まるで、こいつらの未来を暗示しているかのようだ。
逃げるには、通路を塞ぐ俺とハウレスを倒すしかない。
だけどそれは……無理な話だ。
「お前だけは楽に死なせない――【ウィンド・スラッシュ】」
地獄のようなリズの声と共に、風の刃が剣士の両足を切断。
「アガヒィッ!!」
剣士が俺達の目の前で転倒。彼は咄嗟に身体をひねって、顔面から落ちるのを回避する。
「お前は、もう終わりだよ」
俺は俺の足下で、憎悪の目で睨んでくる剣士へとそう吐き捨てた。
「なんで……なんでなんだよ!!」
「欲しけりゃくれると言ったから、貰った。好きに使っていいと言ったから、こうして使っている。ただ、それだけだよ」
「ふざけんな……! ふざけんな!! こんな事が許されてたまるか!!」
剣士の目には涙が溜まっている。俺は懐から、煙草を取り出した。
もうずっと吸っていなかったんだが……悪魔になってからなぜか妙に吸いたくなったせいで、街で買ったものだ。
そして今。
最高に煙草を吸いたい気分だった。
「許す許さないは、俺が決めることじゃない。なんせ俺は……神じゃないんでね」
俺が煙草を咥えるとハウレスが、サービスだぜ? と嘯きながら指をパチンと鳴らした。
煙草の先にひとりでに火が付き、心地良い匂いと煙が俺の口内と肺を満たす。
「【ウィンド・スラッシュ】」
悪鬼と化したリズが再び風の刃を放ち、今度は剣士の両腕を切断する。血が噴き出て、剣士の絶叫が響く。
「こっち来い」
リズがそう言いながら剣士の髪を掴むと、一番近くにあった蒸気の噴き出す穴へと引きずっていく。
「助けてくれ!! 嫌だ! 死にたくない!!」
その穴は、人の顔よりも小さな穴だったが、どうやらリズにはそれだけで十分のようだ。
リズはしゃがむと、剣士をうつ伏せし、髪を掴んで剣士の顔を無理矢理上げた。
彼の絶望した目を見ながらゆっくりと口を開く。
「私が許してくれと言った時に、お前はどうした?」
「ち、違う! あれはちょっとした遊びで――ギャアアアア!!」
言葉の途中でリズは、剣士の顔を穴へと押し付けた。蒸気が10秒ほど噴き上がり、そして止んだ。
「い……だい!! 痛い痛いいだいいいい!! もうやめ……てくれ!」
剣士の顔は蒸気によって焼けただれており、酷い有様だった。そりゃあ、下手な靴だと溶けてしまうような超高温だからな。
「私がもう止めてって言った時、お前はどうした?」
「それは……! 謝るから!! 頼む!! もう許し――アアアア!!」
再び穴に押し付けられた剣士の顔に蒸気が直撃する。
「お前が! お前が!! お前が!! お前がっ!!」
リズが何度も何度も何度も、剣士の頭を穴へと叩き付けた。既に剣士の髪は頭の皮ごとずる剥けていたが、リズが気にせず頭を掴み、叩き続けた。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ねッッ!!」
まるで呪詛のような声と、肉が潰れる音が部屋にこだまする。
肉と血が灼ける臭いを俺は煙草で誤魔化した。
「なあ、マスター」
「なんだよハウレス」
「人はよ、神を模して造られたんだ。そして悪魔は……人を模して造られたという。だけどな、人は決して神になり得ないように、あたしら悪魔も人にはなり得ないんだなって、痛感する時があるんだ。それはいつだと思う?」
「さあな。俺には分からん」
「人の悪意を見た時だよ――悪という字も、魔という字も……人にこそ相応しいとあたしは思うぜ」
「……そうだな」
俺は吸いきった煙草を地面へと捨てた。
「――リズ」
「死ね!! 死ね!! 死ね!!……なんですかトルネ様!!」
俺はリズの下に歩み寄ると、その肩にポンと手を置いた。
「もう……死んでいるぞ。そいつも、他の連中も……全員」
格闘家も、騎士も、そして剣士も、すでにこと切れている。
俺はハウレスを連れて、その部屋を出た。
「アアアアアアアアア!! アハハハハハ!!」
背後で、リズの発狂したような声が響く。
「あーあ。もったいねえ。トドメを刺しとけば、倒した扱いになって大量の経験値がもらえたのに」
ハウレスが言うには、探索者も魔物も、罠や他の魔物による死や、出血などによる間接的な死では……経験値の光とならずそのまま死体として残るそうだ。
だからさっきの騎士も格闘家も、リズがトドメをささなかった為、怪我による自然死したという扱いになるんだそうだ。剣士は出血と蒸気という罠による死という判定なのだろう。
「あいつらの経験値なんていらねえよ」
あいつらに個人的な恨みはあったが、別に殺すほどではなかった。
殺したのはリズで、俺はそのきっかけを与えただけにすぎない。だから当然、罪悪感も何もない。
クズは死んで当然だ。
だからきっと――俺も碌な死に方をしないだろう。
「今日は、もう帰ろう。酒を浴びるように飲みたい気分だ」
「かはは……付き合うぜ、マスター」
こうして俺は二階層から帰還したのだった。
☆☆☆
迷宮都市ダイダロス――【廻るドラム亭】
「あっ! また人が増えてるし、また美人だ!!」
イーシャが憔悴したような様子のリズと、ハウレスを連れた俺を見て、にやにやしている。
「色々あってな。とりあえずワインを1本」
「いや3本だ。あと適当に飯をよこせ」
俺の注文をハウレスが訂正すると、適当な席へと腰を下ろした。やれやれ、まあ金なら多少あるから良いけどさ。
「……トルネ様。私はどうすれば良いのでしょうか」
ジッとテーブルの黒い沁みを見つめ続けるリズがそんな事を言いだした。
「探索者はもう止めた方が良いかもな。リズは俺の下僕になってしまったから、これからは経験値が半分しか入ってこない。つまりレベルアップする速度が半減したという事だ。正直言うと、下僕と言っても何かして欲しいって事もないしなあ。対価はもう払ったってことで、自由にしてくれていい」
俺は煙草を取り出して、咥えた。何も言わずハウレスが火を付けてくれる。
「そんな……私はもう……空っぽですよ。復讐は果たしましたが、気持ちは晴れませんでした。ただ……虚しいだけです」
「復讐の炎はな、その時は良いかもしれねえが……灰となって心に積もると永遠に消える事はない。どんなに綺麗な水を後から飲もうと、全部濁ってしまう」
ハウレスがそんな事を言いながらワインをボトルごと飲んでいく。その姿は豪快だが、なぜか美しく見えた。口元から滴る赤いワインの滴が、まるで血か何かを思わせる。
「……ふう。悪魔と取引するってのは、そういうことだ、一生付き合っていくしかねえ。だろ? マスター」
「ああ……そうだな」
俺もハウレスの真似をして瓶ごとワインを飲んで、喉を潤す。なるほど、やけに美味く感じてしまう飲み方だ。
「もう、私は戻れません。戻れないところまで堕ちてしまっています。なのに、トルネ様は好きに、自由にしろと仰るのですか」
「くくく……そいつは何とも無責任な話だよなあ。悪魔になってまで、復讐をしたというのに」
ハウレスがにやにやしながらそんな事を言いだした。
「悪魔?」
「ん? 何を驚いたような顔をしているんだ。悪魔の下僕なんだから――悪魔になるに決まっているだろ?」
……おいおいまじかよ。
「リズ! ステータスを確認してくれ!」
「は、はい!」
そうしてリズはステータスを確認すると、それを共有してくれた。
俺の視界の隅にリズのステータスが映った。
***
名前 :リズ
種族 :悪魔
ジョブ:暗黒術士
レベル: 16
体力 :210 ランクG
筋力 :360 ランクF
耐久 :210 ランクG
敏捷 :340 ランクF
魔力 :524 ランクD
スキル
・【全属性魔術Lv2】(NEW)
・【暗黒魔術Lv1】(NEW)
・【マナコントロールLv1】(NEW)
称号
・トラッパー(NEW)
***
「……種族が悪魔になってますし、ジョブも変わっていますね。スキルも見慣れないものばかりです。何より……レベルとステータスが……迷宮の外だと言うのにリセットされていません。どういうことでしょうか」
「かはは! だから言ったろ? 魔術師を下僕にすると役に立つって。経験値が半分になろうがその分はマスターが強くなるし、そもそもレベルがリセットされねえんだから、誤差みたいなもんだ」
まるで、こうなることが分かっていたかのようにハウレスが笑うと、リズの前にワインのボトルを置いた。
「これでお前もあたしらの仲間入りだ、リズ。堕ちるとこまで堕ちようぜ」
そう言ってハウレスが持っていたボトルを掲げ、俺もそれに倣う。
呆れたような顔をしたリズの顔に、ようやく生気が戻ったような気がした。その青い瞳は良く見れば瞳孔が縦長になっている。
「非論理的な結論ですが……こうなったら一緒ですね。トルネ様、ハウレス様。空っぽの私を、悪魔となった私をどうぞ、使い潰してください」
リズは笑うと、同じようにボトルを掲げたのだった。ボトルがぶつかりあう、何とも爽快な音が酒場に響き、俺たちの宴会が始まった。
こうして俺は、リズを2人目の仲間として迎え入れたのであった。
【銀の竜】、潰滅。そしてリズさんが仲間に。ちなみに、バフについては迷宮から出たので切れています。【銀の竜】を圧倒できたのは専用ジョブの高ステータスとバフのおかげですね。
次話は……新たなキャラ達が登場します。そろそろ、悪魔の暗躍に気付いた連中がいるとかいないとか。