1:その男、悪魔となりて
新作です!
「黒騎士? ダメダメ、それって確かハズレジョブだろ? 死霊術師の劣化みたいなスキルしか使えねえし。だったら死霊術師をパーティに入れるっつーの。帰れよ無能」
探索者パーティ【銀の竜】のリーダーである剣士がそんな事を言って、俺を嘲笑い、足蹴にした。
だが、そう言われても仕方ない。俺のジョブである黒騎士の初期スキルは、対象をアンデッドに変えて使役する【チェンジアンデッド】しかなく、効かない魔物の方が圧倒的に多い。
「なのにうちのパーティに入りたい? レベル上がるのも遅え、お荷物ジョブのくせに? 舐めてるだろお前、死んどけよゴミ屑が」
騎士の男が、床に這いつくばる俺を見下す。
黒騎士は他のジョブに比べてレベルアップが遅いのだ。スライムを10匹も倒せば大概のジョブがレベルアップするのに、黒騎士はなんと50匹近く狩らないと、レベルが1すらも上がらない。
「かはは! お前さ、なんて呼ばれているか知ってるか? 寄生虫だよ。序盤は使えねえし、仮に終盤強くなっても、街に戻ればまた1からレベル上げだ。お前、それで貢献できると思ってるの? 黒騎士は確かにステータスの上昇率が高いけど、それまでは無能のゴミ虫だよ、ゴミ虫」
格闘家の言葉が身に染みる。ゴミ虫。痛い言葉だ。
「……レベルとステータスが絶対である迷宮内で、一度迷宮を出るとそれがリセットされるという【法則】が適用される限り、君のような大器晩成型のジョブにパーティ内での枠はありません。装備で補うのにも限度がありますし。残念ながら、話はこれで終わりです。行きましょうリーダー。時間の無駄でしたね」
紅一点である女魔術師のその冷たい指摘に、俺は一切反論出来ない。
彼らは去っていき、残ったのは惨めな俺だけだ。
こうして俺はもう何回目になるか数えるのも嫌になるほど、パーティ加入を断られ続けたのだった。
「はああ……もう探索者やめるか……」
俺の盛大な溜息が、迷宮へと向かう転送装置の中で響いた。
この迷宮都市ダイダロスに来て、一か月。
ウキウキでジョブ適性を測った結果……俺の適性は一つしかなかった。それはレアなジョブで、滅多にいないと言われた。
これで俺も探索者デビューを華々しく飾ることができる――そう思っていた。
だが、結果として俺のジョブ――黒騎士は、全く使えないポンコツジョブだった。どのパーティも俺のジョブが黒騎士だと分かると露骨に嫌な顔をして首を横に振る。
俺はもう疲れた。
「……1人でやるしかねえ」
なので結局俺はいつも通り、1人でこなせそうな依頼を受けて迷宮へと向かっていた。
「【スライムの粘液】を10個納品……報酬金は1000ガルドだったか? 宿代にもならん」
B1Fの魔物であるスライムのドロップ品を取ってくるという、駆け出しの探索者ですら、やらないようなしょっぱい依頼だ。
だが、やれるものがあるだけありがたい。
『迷宮変化まで残り4時間』
転送装置の上にある案内板を見て俺は4時間あれば十分だろうと素早く計算する。
迷宮は厄介なことに1日に1回、中の地形を変化させるのだ。通路や部屋の繋がりも変わり、下の階層へと繋がる階段や転送装置の位置も変化する。当然魔物の配置も、罠の配置も変わる。
なので基本的に迷宮が変化した直後に潜り、再び変化する前に帰還するのが探索者の鉄則だった。なぜなら潜っている途中で迷宮が変化すると帰路を見失ってしまい、生還率が著しく下がってしまうからだ。
俺は転送装置を起動させる前に、しっかりと所持品と装備をチェックする。転送装置の横にある、鏡のようにこちらの姿を反射する壁を見て今日何度目か分からない溜息をついた。
暗い茶色の髪に、赤い瞳。中肉中背の身体には安い中古の革鎧を纏っている。腰には同じく中古品のロングソードだ。ポーチにはポーションが3本も入っているが、これは念の為だ。死んでしまったら……全部終わりなのだから。
「じゃあ行きますか……」
俺は転送装置に乗ると――世界が白く塗りつぶされた。
☆☆☆
【監獄迷宮パンデモニウム】――第1階層B1F〝全ての探索者が進んだ洞穴〟
いつもの転送酔いで頭がクラクラしている内に俺の視界が戻る。
そこは洞窟の中のような広い空間だ。その場所は【入口の間】と呼ばれ、沢山の探索者が集まっており、壁沿いには露店が出ていた。
後ろを振り向けば、巨大な魔法陣があり、傷だらけながらもどこか誇らしい顔をした探索者達が帰還していく。
中には黒い袋を担いで、悲しみに暮れているパーティもいた。おそらく仲間が迷宮内で死んだのだろう。
この迷宮内では、人の命は軽い。魔物によって、罠によって……もしくは……人によって。簡単に探索者は死んでしまうのだ。
俺は、いつもの癖でステータスを確認する。
頭の中で念じると、視界の隅にレベルとステータスが表示された。
***
名前 :トルネ
種族 :人間
ジョブ:黒騎士
レベル: 1
体力 :48 ランクZ
筋力 :55 ランクZ
耐久 :38 ランクZ
敏捷 :33 ランクZ
魔力 :55 ランクZ
スキル
・【チェンジアンデッド】
称号
***
思わず溜息が出てしまう。確認されている全ジョブ中、ステータスの初期値について黒騎士は全項目がぶっちぎりの最下位だ。
ステータスの値は0~999の間にあり、各段階でZ~Sというランク付けがされている。例えば戦士や蛮族は力の初期値が200ぐらいあってランクはGだ。
非力かつ紙装甲と呼ばれる魔術師ですら初期値で筋力は84、耐久が70あることを考えると、どれだけ黒騎士のステータスがしょっぱいか伝わるだろう。
俺は悲しみにくれつつ、露店の横を通り過ぎた。
「迷宮変化まであと4時間! 今から潜るならバフポーションがオススメ! 今なら特化でなんと全種類それぞれ5000ガルドだ!!」
「本日のマップ、売り切りセールやってるよ!! 今なら100ガルド!」
商人達が声を上げて、探索者達を呼び寄せている。
だが俺には用がないので、無視して進む。マップを一瞬買おうか迷ったが、どうせ下の階に行くわけでもない。スライムなら大体どこをうろついても出てくるしな。
駆け出しっぽい探索者達が4人1組で先へと進んでいく。俺はそれを羨むような目で見ながら、人が少なそうな方の通路を進む。
しばらく進むと、床に突如魔法陣が出現し、ヌルヌルと動く緑色の粘液が現れた。その半透明の身体の中に、赤い球状の核が浮いていた。
それは、俺のターゲットであるスライムだった。
酸性の粘液が多少厄介だが、核さえ攻撃出来ればすぐに死ぬので、警戒するほどの敵ではない。
俺は慎重に近付くと、粘液を飛ばされる前に素早く剣を突き出した。あっさりと剣の切っ先は核に届き、そのまま貫通した。
スライムが経験値の光となって、俺に吸いこまれていく。地面を見れば、スライムの粘液が残っていた。
「お、1匹目でドロップとはラッキーだ」
魔物を倒すと、様々な物を落とす事がある。それらをドロップ品と言うのだが、必ずしも落とすとは限らない。
今回の依頼品である【スライムの粘液】は比較的ドロップしやすい物だが、運が悪い時は全く出ないこともある。
俺は、全く人気のない通路を進んでいく。この時間に下の階に続く通路以外に人がいることはほとんどない。
それからしばらく彷徨ってスライムを狩り続けた。スライムの粘液を9個手に入れたところで、俺は懐中時計を取り出して時間を確認する。
「やべえもう2時間切っているじゃねえか」
迷宮内の時間の流れは体感よりもずっと早く進んでいる気がする。俺は帰路につきながら、スライムを狩るが、なぜか最後の一個が出ない。ステータスを確認してレベルが1上がっているところから見るに、優に50匹は狩っているだろう。
絶望的なほどの運の悪さだ。
「まずいまずい。なんでラスト1個がドロップしねえんだよ」
【入口の間】に近付くに連れ、露骨にスライムの湧きが減っている。一説によると、周囲一帯の探索者の数が多いほど魔物の湧きは減るらしい。
もっと露骨に言うと、探索者が一定範囲内に5人以上いると、魔物が湧いてこない。さらにそのまま一定時間以上過ごすと……超強力な魔物が出現するという。
ゆえに探索者パーティは上限4人と決まっているのだ。ちなみに4人以上の探索者が常にいる【入口の間】の付近はその限りではない、らしい。
だから迷宮変化前の【入口の間】付近は、帰還する探索者で混雑するので魔物が湧きにくいのだ。
俺は迷った末、入口の間から遠ざかるように行っていない通路へと足を踏み入れた。しばらく進んで、ようやく見付けたスライムを倒すと、やっとドロップしてくれた。
・スライムの魔核×1
・スライムの粘液×3
「無駄にレアな奴引いてるじゃねえか……つうかなんで最後の最後に×3とか出るんだよ」
嘆いても仕方ない。俺は急いで迷宮が変化する前に【入口の間】に戻ろうとする。その時、ふと見た横の通路の先に見慣れぬ木の扉があった。
「あれ? B1Fにあんな場所あったか?」
迷宮は変化するが、その階層の広さ自体は変わらないし、出現する罠や魔物の種類が変わる事はない。
そして俺は恥ずかしながら、B1Fに関してはエキスパートだ。なんせここより下は死亡する可能性が高いせいで、この階でばかり依頼を受けてきたからな。
そして俺の記憶が正しければ……こんな扉があるような部屋はなかった。
もし仮にあるとすれば――それはおそらく、時々迷宮が探索者へと与える【ギフト】の可能性が高い。いや、もっと分かりやすい言い方をしよう。
宝部屋と。
「まじかよ……B1Fで宝部屋とか初めて見たぞ」
残り時間を見る余裕もなく、俺は急いで扉へと駆け寄る。幸い、扉に鍵は掛かっていなかった。もし掛かっていれば盗賊を呼んでくるか、諦める他ない。
しかし、その部屋の中は俺をがっかりさせた。
「なんだ木の宝箱一個か」
部屋の中央に、古ぼけた大きな木の宝箱が一個置いてあるだけだった。下の階層であれば金銀財宝や高ランクアーティファクトなんかが無造作に置いてあるらしいが。
宝箱の中身のランクは、大体箱の外観を見れば分かるらしい。木であれば大した物は入っていないと聞いた事がある。
「まあ、ないよりはマシか。うっし、開けてみよう」
一応念のため罠がないか目視で調べるも、【罠探知】や【罠解除】のスキルもないのであまり意味は無い。気になるとすれば、蓋に見慣れない言語で何かがびっしりと書かれており、巨大な十字架が貼り付けられている点だろうか。
ただ、木の宝箱を実際に見るのが初めてなので、そういう物なのか、これが特殊なのかの判断がつかない。
「まあ、B1Fでミミックってことはないだろうし……」
俺は意を決して宝箱を開けた。
「うん?……っ!!」
開けた瞬間、中から黒い煙が溢れて、俺は一瞬罠かと思ってバックステップ。
しかし身体に変化はない。
「な、なんだよ!!」
俺は思わずそう声を上げてしまった。一人で潜る事が多いと自然と独り言が多くなる。
しかし、その俺の言葉に――声が返ってきた。
「や……やっと解放されたあああああ!!」
それは、少女の声だ。
「へ?」
すると、宝箱から……悪魔が出てきた。
ただの悪魔ではない。小悪魔だ。
見た目に相応しい凹凸のない体躯にやけに露出の多い赤い衣装を身につけており、背には黒いコウモリの羽のような物が生えていた。先端が三角になった細い尻尾が後ろで揺れている。
顔は怖いぐらいに整っており、その銀色の髪と赤い瞳がやけに印象的だった。
「ん? お、人間発見! よし、助けてくれたお礼にあたしが力が授けよう!」
その少女は俺の存在に気付くと、邪悪な笑みを浮かべ、俺を見つめてくる。
「へ? いや待ってくれ。君は?」
「あたし? あたしはゼパルだよ! いやあ、クソボケ天使共にこんなクソみたいなとこに封印されて難儀してたんだよ~マジで助かり~。恩には恩で返すのが悪魔の流儀。さあ好きなステータスを上昇させてやろう」
ステータスを上昇させてくれる? なにそれ凄い。
いや待つんだ俺。冷静になれ。ステータスが上がったところで、迷宮を出ればリセットされる。そんな事で良いのか。いや良くない。
「それ以外はないのか?」
「……へえ。分かってるね」
そう言って、悪魔の少女――ゼパルが目を細めた。
「ふふ……悪魔の一言目は信じない方がいいよ。ちなみにもしそのままステータス上昇を選んでいたらちゃんとするけど、1しか上がらなかったよ」
そういってゼパルがおかしそうに笑った。なんだよそれ、最悪じゃねえか。
「じゃあね、それ以外だったら――スキルを変化させることが出来る」
「スキルを変化?」
「そう。所持しているスキルをランダム一個選んで、変化させる。物によるけど大体は同一系統のスキルになる事が多いかな? ユニークスキルになる場合もあるよ!」
「ユニークスキル!?」
「もちろん、絶対ではないけど……」
スキルはジョブとセットであり、一度覚えてしまえば迷宮から出てもリセットされない。ただし、スキルを使う条件にレベルだったりステータスだったりが関係するので、レベル1から高レベルのスキルは結局使えなかったりするのだが……。
「それにするぞ!」
俺は【チェンジアンデッド】のスキルしか所持していない。ならば確定でそれが変化するだろう。どうせ今は一切使ってないスキルだし、今後も使わないだろう。ならば賭けても痛くはないし、万が一、強力な効果であることが多いユニークスキルに変化したら……俺も強くなれるかもしれない。
「はいよー。そーれ、ほほいのほーい」
なんか適当な呪文をゼパルが唱えると、黒い光が俺へと降り注いだ。
「はい、完了。じゃ、お兄さんまたね~」
そう言って、ゼパルが消えた。
「あ、ちょ、待っ――もういねえ……」
はあ……。なんだったんだあれ。
俺はステータスを確認してみた。すると……
***
名前 :トルネ
種族 :人間
ジョブ:黒騎士
レベル: 2
体力 :66 ランクZ
筋力 :75 ランクZ
耐久 :56 ランクZ
敏捷 :51 ランクZ
魔力 :75 ランクZ
スキル
・【デモリッシュ】(NEW!)
称号
***
スキルが変化している!
慌てずにそのスキルや種族:悪魔の詳細を見てみる。
【デモリッシュ】
ユニークスキル。使用者の種族を悪魔に変え、専用ジョブになる。もう一度使うと解除する。
【種族:悪魔】
天に徒なす種族の総称。魔術や属性、状態異常全般に対して高い耐性があるが、それぞれが得意とする属性の反属性が弱点となる事が多く、種族全体として聖属性に弱い。また、悪魔は迷宮の主である事が多く、迷宮の【法則】を一部無効化するという唯一無二の特性を持つ。
……なんじゃこれ。
種族とジョブを変えるってだけでも前代未聞なのに、ダンジョンの【法則】を一部無効化するってどういうことだよ。
俺は、解除できる事も考えて早速使ってみる事にした。どうせスキルは迷宮内でしか使えないしな。
「――【デモリッシュ】」
黒い煙が俺の身体を覆った。
……
「何も変わらないな」
剣を抜いて、刃に反射する自分の姿を見ても別に羽とか尻尾が生えているわけでもない。強いて言えば、瞳の瞳孔が縦長になったぐらいか。
だけど何か、これまでに感じた事のないような力が湧いてきている……ような気がする。
「……本当に強くなったのか? ってまずい! 迷宮が変化する!」
俺は迷宮が変化しないうちに急いでその宝部屋を後にして街に帰還したのだった。
【デモリッシュ】を解除し忘れていたことに気付いたのは――いつも使っている安宿に戻ってからのことだった。
そういえば、帰りの道中がやけに楽だったことを思い出したのだ。
「とりあえずもっかいステータスを確認してみるか……」
そして俺は自身のステータスを見て――悪魔の特性についてようやく理解したのだった
***
名前 :トルネ
種族 :悪魔
ジョブ:悪魔騎士
レベル: 2
体力 :340 ランクF
筋力 :446 ランクE
耐久 :392 ランクF
敏捷 :264 ランクG
魔力 :446 ランクE
スキル
・【デモリッシュ】
称号
***
なんとジョブが変わっていた。いや、何よりステータスがめちゃくちゃ上がっている。いやいや、レベル2でランクEが2つもあるなんて異常だぞ! どう見てもステータスが他のジョブのレベル20かそれ以上の値だ。
しかし、俺はこのステータスに妙な違和感を覚えた。
ん? レベルが……2? あれ……俺もう迷宮を出たぞ?
「まさか……レベルが……リセットされてない?……はああああああ!?」
俺の大声が安宿に響き、そして同室の探索者達から睨まれたのだった。
戦士<ウォリアー>の初期ステ
レベル: 1
体力 :161 ランクH
筋力 :214 ランクG
耐久 :160 ランクH
敏捷 :105 ランクH
魔力 :51 ランクZ
黒騎士と比べると強く見えますが、悪魔騎士のやばさが分かりますね。
ハイファン新作連載開始!
かつては敵同士だった最強の魔術師とエルフの王女がざまあしつつ国を再建する話です! こちらもよろしくお願いします。
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平和になったので用済みだと処刑された最強の軍用魔術師、敗戦国のエルフ姫に英雄召喚されたので国家再建に手を貸すことに。祖国よ邪魔するのは良いがその魔術作ったの俺なので効かないし、こっちの魔力は無限だが?
良ければ読んでみてくださいね!