#859 〈救護委員会〉と交渉。〈精霊樹の成樹〉の行方
――――〈精霊樹の成樹〉。
復活系アイテムの素材、〈精霊の果実〉が採取できるギルド設置型アイテムだ。
この〈精霊の果実〉を材料にあれこれそれそれすると〈復活の秘薬〉が作れてしまう。
以前〈ゴールデンピップス〉からドロップした〈精霊樹の苗木〉からは〈精霊樹の幼い実〉が採取でき、これは〈復活の薬〉が作れる。
効果は両方とも戦闘不能者のHPを蘇らせるだが、〈復活の薬〉ではこれが10%しか回復しない。下手をすれば「俺、復活――即さようなら」になりかねない。
しかし〈復活の秘薬〉ならHPを素の状態で300回復できる。当然スキルでこの数値は延ばせるため十分に回復して戦線に復帰することが可能だ。
しかもアイテムなので、使用者がヘイトを稼がないというのが魅力的なところ。
本来、復活系の〈スキル〉〈魔法〉は術者がヘイトを膨大に稼いでしまう。
これはやられたキャラのヘイトを引き継いでしまうからだ。だからヒーラーは復活系を使いまくるとすぐ狙われ、やられてしまう。
それが緩和されるだけでもかなり有用だろう。
非常に優秀なアイテムだ。
しかし、〈エデン〉に必要か? と言われると正直微妙なんだよなぁ。
また問題なのが、〈精霊樹の成樹〉が落とす素材の数が微妙に少ないところだ。
元々〈ダン活〉は1人用ゲームなので、そこまで数がいらない。そのため1日に落とす〈精霊の果実〉も素のままならランダムで平均3個くらいなのだ。1日に100個くらい落としてくれれば毎日それを売るだけで大儲け出来たものを、不労所得はそんなに甘くないということだな。
これ以上増やしたければ【ファーマー】系の上級職に世話をさせるしか無い。
それしか数を得られないのなら、余計に欲しがっている〈救護委員会〉に渡してしまった方が波風も立たないだろうという判断だ。
学園公式ギルドの中では一番必要としているギルドだしな。
このリアル世界というのはゲームとは違い、戦闘不能者は無防備だ。そしてとても命の危険がある。
ダンジョンでHPバリアがまったく無い恐怖というのは筆舌に尽くしがたく、万が一何かの手違いでモンスターに攻撃されたとき、掠っただけで命に関わることもある。
だからこそ〈復活系〉のアイテムの需要は非常に高く、学園も〈精霊樹の苗木〉は高額で常設依頼を掛けているほどである。
それが〈成樹〉だ。
実は〈成樹〉という存在はすでに発見されており、〈精霊の果実〉を使った〈復活の秘薬〉のレシピも知れ渡っていたりする。
しかしそれは王都に1本だけしか存在していないらしいのだ。
つまり、世界で2本目のドロップ品。
シエラたちが動揺していた理由だな。割と有名なアイテムなんだ〈成樹〉って。
「〈精霊樹の成樹〉をドロップしたですと!? それは、真ですか!?」
「もちろんです。どうでしょうシグマ大隊長? 〈精霊樹の成樹〉を〈救護委員会〉で買い取りませんか? もちろんこちらが欲する品と交換でも構いません」
急に目を見開き、大きな声を上げながら立ち上がるシグマ大隊長のその姿は、先ほどの落ち着き悠々とした姿とはかけ離れたものだった。
それはつまり、一番隊隊長が飛び上がるほどの物ということだ。
やはり俺たちが持っていることを知れば誰かが絶対何かしらの接触をしてくるだろうことは間違いない。それはシエラが保証している。
また、〈救護委員会〉が相手ならカイリの〈助っ人〉の条件として提示した、上級ダンジョン素材やアイテムの優先交渉権が使える。「〈精霊樹の成樹〉は売っても良いけれど、採取できる素材はいくつか融通してね」と言えるのだ。使わない手はなかった。
「それは……少々お待ちください。私では判断しかねますのでヴィアラン会長をお呼びします。誰か伝令を!」
「はっ!」
「ええ……ゼフィルス君、またすんごいのを持ってきたね。実はさっき成樹の話題が出てさ、絶対ドロップしたいねってみんなで話してたんだよね」
「そりゃタイムリーだったな」
シグマ大隊長に言われて伝令が走ると、カイリが苦笑いしながらつい先ほど話題に出たと教えてくれた。
そういうこともあるよね。〈救護委員会〉はその特性上、絶対欲しいだろうからな。
救助に向かう途中で戦闘不能者が出てしまいましたなんて論外だし、救助待ちの人は大抵戦闘不能者、HPバリアが無い状態の人を連れて安全を確保するのは難易度が高く、それなら現場で復活させて運んだほうが遥かに安全ということもある。
もちろん〈転移水晶〉を使うことが出来なかったりしたときの話だ。基本は〈転移水晶〉を使えば問題無いので、主に救助部隊が自分たちのために使う事になるだろうな。
故に〈救護委員会〉は喉から手が出るほど欲しいだろうと思っていた。
それがまさか早々に手に入りそうとは思っていなかったようだが。
しばらくするとノックの音が聞こえ、そしてヴィアラン会長が入室してきた。
一番隊のみなさんが起立して敬礼する。
「ヴィアラン会長! わざわざお越しくださりありがとうございます!」
「みなさん楽にしてください。シグマ隊長も座ってくださいな。――ゼフィルスさんも、なんだか久しい気がしますね」
「はい。約3週間ぶりですね」
「あらもうそんなに経つのですね。最近時間が過ぎるのが早くて、1日がすぐ終わってしまうのですよ」
そう口元に手を置いてクスリとするヴィアラン会長。
つまりは仕事詰め、ということだろうな。でもとても充実しているようでその笑顔は明るい。
「聞いた話では〈精霊樹の成樹〉をドロップし、それを〈救護委員会〉と交渉してくださるとのことですけれど、間違いないですか?」
「はい。自分たちが持つには、これは大きすぎますからね。ギルドの庭に植えたら絶対目立ちますから。厄介ごとの種になりそうですし〈救護委員会〉が条件を飲んでくださるのでしたら渡してしまっても良いかと」
「あら。では交渉しましょうか。〈精霊樹の成樹〉を真っ先に〈救護委員会〉に持ってきてくれたのですよね?」
「ええ。ダンジョンでカイリたちと出会ってそのまま来ましたから。この話は〈救護委員会〉にしかしていませんよ」
「ありがたいことですね。――シグマ隊長、彼におもてなしを」
「はっ! もう準備できております!」
「さすがですね」
阿吽の呼吸でお茶菓子が用意された。なんと菓子は高級芋羊羹だった。
マジかよ。いただきます! う、美味い!!
しかし、カイリが羨ましそうに見つめている中で食べるのがちょっと心苦しい。後でカイリの分も用意してもらうとしよう。用意してもらえるかな?
「気に入ってくれたようで何よりです。それで実物を拝見しても?」
「もちろんです。とはいえ、室内では」
「そうですね。では後で見せてもらうとして、値段交渉させてもらうとしましょう。それとも何か欲しいものなどは有りますか?」
「そうですね〈金箱〉から出た〈装備シリーズ全集〉のレシピが今一番欲しいのですが」
「それはまた、希少なものですね。良いでしょう。リストを持ってきてください」
「はっ!」
ヴィアラン会長に言われ伝令役だった人が室内を出て行く。
まさか飲んでもらえるとは思わなかった。〈金箱〉の装備シリーズ全集のレシピってすげぇ貴重なんだぞ?
「ふふ、〈精霊樹の成樹〉はどうしても〈救護委員会〉が欲しいものですからね。これくらいは出せますよ」
「嬉しいですね」
〈救護委員会〉はどんなダンジョンでも救護に行ける実力を身につけるため、装備に妥協をしていない。
レアボスだって定期的に挑戦し、しっかりドロップをゲットしているギルドだ。それもかなり長い期間。
その中には中級上位のレアボスドロップも多く、おそらく数あるギルドの中でもレア度の高い品を最も多く保有しているギルドだろう。
俺の欲しい上級レシピの全集だって、ドロップしている可能性は十分にあった。
そしてヴィアラン会長と話していると伝令役の人が戻ってきて、紙をテーブルに広げる。
「お待たせいたしました! こちらが〈金箱〉に限定された〈装備シリーズ全集〉のレシピリストです。そしてこれがバラではありますが、シリーズが全て揃っているレシピのリストでございます。もちろん全て中級上位ダンジョンのレアボスからドロップした〈金箱〉産です」
何この伝令の人、すごく優秀なんだけど!
俺の予想を超え、バラではあるが、シリーズすべてが揃った装備レシピのリストまで持ってきてくれたよ。
俺はそれを読ませてもらい、そして二つの装備が目に付いた。
一つ目は〈大艦長シリーズ全集〉。
戦艦の艦長をイメージした装備だ。艦長となっているが、どちらかといえば司令に見える立派な見た目の装備で、すっごく映えるとしてスクショ撮影会の人気装備だった。
もちろん能力も高い。これは、是非リーナに着てもらいたいと思っていた装備だ! すっげぇ欲しい。
二つ目は〈冥土送シリーズ〉。
これはシリーズではあるが、バラだった。全部で3枚のレシピがあり、頭と体①、体②、腕と足の作り方がそれぞれに描かれている。3枚セットなので全集と同じ扱いだな。
この装備、名前は物騒だが見た目はただのメイド服だ。ただ女性用となっていないのが恐ろしい所。
上級装備なだけあって能力は非常に強く、是非シズに装備させたいシリーズ装備だった。
この二つはかなり着せる人を選ぶピンポイントな装備なのでドロップを狙うより、こうして交渉した方が手に入りやすい。
まさか本当にあるとは。俺は相変わらず運が良いぜ。これも〈幸猫様〉のおかげだろうか?
〈幸猫様〉〈仔猫様〉ありがとうございます!
他にもいくつか目に付いた装備シリーズはあったのだが、今の〈エデン〉メンバーが欲するもの、という括りで見たとき優先度が高いと思い、この2種類のシリーズを選んだ。
「この2種類でどうでしょうか? それと〈精霊の果実〉もいくつか分けていただきたいのですが」
ということで、吹っかけてみた。
この世界では復活系のアイテムの価値がむちゃくちゃ高騰している。
俺の予想ではたとえ〈上級装備シリーズ全集〉のレシピ二つでもイケると睨んでいる。さらには素材も〈エデン〉にいくつか分けてもらえるよう交渉してみた。
すると案の定。
「もちろん構いません。では、交渉成立でよろしいですね?」
ヴィアラン会長は即決した。




