#849 決着。ラウ&ルドベキア対ゼフィルス。
―――ユニークスキル『超進化』。
その名の通り、変身するスキルだ。
見た目が変わるだけじゃなく物理方面に非常に強くなり、攻撃力、防御力、素早さが軒並み大きく上昇する。制限時間はLV10の時点で3分。正真正銘、ラウの奥の手だ。
また【獣装者】は爪系やナックル系装備、または大剣の相性が良いのだが、ラウはナックル系を愛用した体術を得意としていた。【獣王】を見て分かる通り拳系がむちゃくちゃ強い。また受けることも避けることも得意なためタンクとしても非常に優秀だった。
ゼフィルスも【獣装者】を育てるときは大体【闘士】系で育てる。受けても死なない避けタンクは非常に強いのだ。
ラウの戦闘スタイルは、ゼフィルスにとっても非常に好ましい姿だった。
そしてラウの隣で片手ワンドを構えるのは兎人の女子。職業は【タイムラビット】。
速度系とヒーラーを得意にしている非常に優秀なサポーターだ。
是非、この子たちを見極めたいとゼフィルスがエステルに言う。
「エステル、そっちの女子2人は頼んだ」
「お任せくださいませ」
「改めて自己紹介しよう。俺が〈エデン〉のギルドマスター、ゼフィルスだ。ラウと、そちらのお嬢さんは?」
「私はルドベキア。ルキアって呼んでね」
「さんきゅ。ではルキア、2人は俺が見る。来い」
それが合図だった。
「うおおお! 『ブリッツスマッシュ』!」
「動きよ鈍くなって『ノロノロタイム』」
「おお!」
まず飛び込んだのはラウ。
ルドベキアはその動きになんの合図も受けていないのに足止め魔法を即使い、ゼフィルスを〈鈍足〉状態にしようとした。見事な連携力、阿吽の呼吸だった。
しかし、
「良い狙いだが、俺に〈鈍足〉は効かねぇ! ――『ハヤブサストライク』!」
「――な! ぐぁあ!?」
「ラウ君の攻撃が完全に見切られた!? 『ホーリースパイク』!」
ゼフィルスは『束縛鈍足耐性LV8』に『状態異常耐性LV5』を持っているため〈鈍足〉は効かず、ラウに反撃の二連撃を放っていた。
ラウの武器はナックル系、動きは【闘士】系なため間合いは超近距離だ。剣を装備するゼフィルスの方が先にヒットするのは当然の帰結、ラウの拳を一閃目で弾いたかと思うと、ノーガードの所に返す一閃で叩っ斬ったのだ。大きなダメージを受けたラウは思いっきりノックバックしてしまう。
瞬間、ルドベキアが攻撃を放ってきて牽制、ラウへの追撃を押さえに来た。良い判断力だとゼフィルスは内心褒める。
「『クロックハイヒール』! ラウ君大丈夫!?」
「ああ! さすがは1年生最強、強い……」
ルドベキアの回復魔法によってラウのHPが全快まで回復する。
ラウは目と足と拳で三度のフェイントを混ぜた攻撃が完全に読まれて後の先を取られたことに、先ほど以上に気を引き締めて構えを取った。
ゼフィルスは『直感』に従い、フェイントを看破。スキルエフェクトの光具合で攻撃が来るタイミングを予測して合わせてきたのである。これがゼフィルスがリアルで身に着けたプレイヤースキルだ。
たった一度の攻防でLVだけではなくプレイヤースキルにも大きな差を感じたラウは冷や汗をかきながら、もう一度攻めに出た。
「ふっ、『高速移動』!」
「『カームタイム』!」
今度は攪乱狙い。
『高速移動』は文字通り一定時間速度が速くなるスキルだ。
それをラウが使った瞬間、ルドベキアも素早さをダウンさせる『カームタイム』を発動。ゼフィルスの素早さを低下させラウがスピードを上げる事によりスピードの有利を取りに来たのである。
ラウはそのままダッシュで側面、背後、側面、正面、また側面とゼフィルスの周りを走り回る。どこから攻撃が来るか悟らせない戦法だ。
ゼフィルスは「いいね」と呟きながらルドベキアの方へ走った。その動きは素早さを低下させられてなお速い。元がAGI600超えなのだからたとえ半分にされようと300だ。
「『シャイニングブラスト』!」
「ナイス判断力!」
ルドベキアが〈光属性〉の〈三ツリ〉を使い、しかしゼフィルスはそんなの関係無いと言わんばかりに盾を前に出して飛び込む。
ゼフィルスが身に着けている上級装備、そして高い魔防力のおかげでダメージは非常に少ない。ルドベキアの攻撃は無視しても構わないというのがゼフィルスの答えだった。
ゼフィルスは狙いをルドベキアに絞って行動。攻撃が止んだ瞬間ゼフィルスはルドベキアに仕掛ける。
「これに追いつけるかな高速移動、『ソニックソード』!」
「! そこだ! 『正拳ダッシュ』!」
ゼフィルスが使うのはソニック系。素早い移動からの斬撃スキルでルドベキアを狙う。
速いのはラウだけではない。ゼフィルスだって十分速いのだ。
それを見せつけるようにしてゼフィルスが斬り込み、迎撃しようとラウが側面から右ナックルを突き出した一撃を見舞おうとする。
だが、その行動はゼフィルスも読んでいたもの、接触間際、ゼフィルスは『直感』に従い体勢を低くしてルドベキアに攻撃すると見せかけた剣の一撃の狙いを、ラウの足へと変える。
「ここだ!」
「うおおおお!」
「マジかよ! 今の良く防いだな!」
もしヒットすればこの勢いだ。バランスを崩しスリップダウンを取られかねないゼフィルスの一撃を、ギリギリの所で左手を下げて防御することに成功するラウ。
これはラウの『直感』スキルによるところが大きい。
スキルによる攻撃を何もしていない腕で受けたためダメージこそ大きく受けたが、その代わり間合いに侵入することに成功したラウ。反撃が始まる。
「捉えた! 『連拳・ストリーム』!」
「いっけーラウ君! 『クロックエリアヒール』! 『サンバースト』!」
連打の拳がゼフィルスを襲う。ルドベキアがすぐにラウのダメージを回復しつつ距離を取りながら〈光属性〉のバーストを放った。しかし、
「『ガードラッシュ』!」
「うおおおおお! く、崩れない! 防御スキルか!? なら、『バウンドインパクト』!」
「ナイス判断! そりゃ当たってやれん! 回避――から隙有りの『ライトニングスラッシュ』!」
「!?」
中々な連携を仕掛けてくる2人だが、ゼフィルスは軽くそれに対応してくる。
攻防一体の『ガードラッシュ』で連撃の『連拳・ストリーム』が防がれると、ラウはバウンドを利用して下から衝撃を与える『バウンドインパクト』を発動。本来なら防御スキルを下から躱して相手を攻撃するスキルだ。
だが、ゼフィルスはそれを聞いた瞬間横にズレて回避。からスキルを発動。
スキルが不発に終わって隙だらけになったラウを斬ってしまう。
「ラウ君が危ない! 助けて『雪兎落とし』!」
「げっ、それはダメだな。『ライトニングバースト』!」
「今、『クロックエクスヒール』!」
「まだまだー!! 『バースト・スマッシュ』!」
ルドベキアのフォローが光る。
『雪兎落とし』は〈三ツリ〉の大技。大きさ3メートルを超える雪兎が頭上から降ってきて相手を潰す〈氷属性〉魔法だ。ゼフィルスはラウへの追撃を諦めて『ライトニングバースト』で雪兎を破壊。
その間に回復されたラウが、これまた〈三ツリ〉の大技、『スマッシュ』系でゼフィルスの防御力を打ち抜こうとしてきた。
かなり近距離、剣の間合いの内側。これは刺さるかと思われたが、ゼフィルスには剣以外にも盾がある事を忘れてはいけない。
「『ディフェンス』! もっと小技に頼った方が良いぜ」
「なっ!?」
「うそ!?」
ゼフィルスは余裕で防御スキルを発動し、防御勝ちしてしまう。
これは完全に相手が悪いとしか言い様がなかった。ゼフィルスはスキルアクションすら発動後に後の先で対処してくる。
アクションゲームで相手が必殺技を発動したのを見て防御を選択することができるように。ゼフィルスも相手がスキルを発動したのを見て対処することが出来てしまうのだ。
本来なら刺さっていたハズの場所にいつの間にか盾が割り込んでいたことでラウの拳は防がれてしまい、さらには防御勝ちによってノックバックで硬直してしまう。
驚愕に目を見開くラウへゼフィルスの剣が迫る。
「『ライトニングバニッシュ』だ!」
「『雪兎砲』! ドカーン!」
ルドベキアが咄嗟に放ったのは大きさ50センチメートルの雪兎を発射する『雪兎砲』。〈氷属性〉の〈二ツリ〉魔法だ。
ゼフィルスの動きを阻害し、ラウへの攻撃を防ぐ狙いだった。
しかしゼフィルスはこれを無視。
自前の魔防力で受けることにして攻撃を続行し、〈四ツリ〉のスキルが流れるようにラウにヒットした。
「ぐっは―――!?」
ノックバック中に強いダメージを受けるとダウンする。その法則に従い、ラウは吹っ飛んでルドベキアの前に転がされダウンをしてしまう。
「ラウ君!? ちょ、強すぎるんだけど!?」
「そりゃあ上級職だしな。だがそっちの連携もかなりいいぞ?」
「いや、上級職ってだけじゃ説明できない技がすごいいっぱいあったけど!?」
ルドベキア、ゼフィルスの返しに思わずツッコむ。
だがゼフィルスの言っている事は事実だ。さっきの『雪兎砲』のタイミングは完璧だった。
ゼフィルスだから無視しただけであって、普通のアタッカーなら攻撃を受ければスキルが失敗してしまい、ラウは助かったはずだった。
他の攻撃魔法が軒並みクールタイムに突入していなければ、もっとマシな攻撃が出来たはずということで、ゼフィルスのルドベキアに対する評価は高い。
「しかし、ラウはまだ自分の性能に体が振り回されている感じだな。動きは速いんだが、LVが急激に上がって体がまだ慣れてない感じがする。まあ〈転職〉して1ヶ月と2週間だしな。それでレベルが50近くまで一気に上がったんだからまだ慣れないか」
ゼフィルスの言うとおり、〈転職〉から1ヶ月と少しでLVが50近くまで育ったラウは未だその強力になった性能を使いこなすことが出来ていなかった。
特に『超進化』はまだ試行回数が少ないからだろう拙さを思わせた。
判断力は良いが、体が付いてきていないという印象。
ルドベキアは〈転職〉前も魔法職だったこともあり、大きく変わっていない。
彼女の方は回復と攻撃の案配が絶妙だった。
そのルドベキアとタッグを組んでいるのだ。ラウも能力を使いこなせればルドベキアのように化けると思われた。
「お、『超進化』が解けたか」
ユニークスキルの効果が切れ、ラウが人間の姿に戻った。
ダウンも終わり、ラウが起き上がろうとするが、
「ゼフィルス殿、こちらは終わりました」
そこへエステルが近づいてきた。
エステルが相手をしていた女子2人は、3分持たなかったらしい。
「はぁ、はぁ……ここまでか」
「うーん、まさか初動で終わっちゃうなんて、思わなかったね」
構えを取りながらも溜め息を吐くラウとルドベキア。
それもそのはず、現在絶体絶命。
ゼフィルス1人相手に圧倒されていたのにエステルまで来られたら即終了だろう。
ここからどう足掻いても退場する未来しか見えない。
そこでスクリーンをチラリと見るラウ。
「はあ」
ラウが再び溜め息を吐いた。
そこにはこう書かれている。
ポイント〈『白13,250P』対『赤620P』〉〈ポイント差:12,630P〉。
〈巨城保有:白6城・赤0城〉
〈残り時間51分19秒〉〈残り人数:白15人・赤2人〉
ラウたちが溜め息を吐きたくなるのも分かるだろう。
―――〈巨城保有:白6〉。
つまり、6城全てが〈エデン〉の下に渡っているということだ。予想が大当たりし逆転は不可能である。
そして何より残り人数が問題だった。
―――〈残り人数:赤2人〉。
「どういうことだろう?」と一瞬現実逃避するが、現実は非情である。
つまりラウとルドベキア以外、東側にいた8人も軒並み退場してしまったということだ。
打ち合わせでは初動で、最初は対人戦をしないと言っていたのにもかかわらず東側では〈ディストピアサークル〉メンバーは全滅し、巨城も全て取られてしまっていると知り、ラウは心の中でさもありなんと呟くことしか出来なかった。
残っていたハズの〈北西巨城〉と〈南西巨城〉もすでに取られてしまったらしいと知り、試合の負けがほぼ決まっていた。
試合開始10分経っていないのにこれである。
おかしい。
しかしこれが現実だ。
とんでもない結果だった。
「さて、悪いがここから50分、ぐだぐだ引き延ばしても仕方ないから決着を付けさせてもらうぜ」
「ああ。〈エデン〉、予想以上だった」
「ここまでの大敗北は、まったく経験がないよ」
「ははは、俺もここまで圧倒的に勝つとは思わなかった」
残り時間が余ってはいるが、〈ディストピアサークル〉の敗北は決まったようなものだ。
それをぐだぐだ引き延ばすのはゼフィルスに取って本意では無い。
熱い戦いができないし、何より観客が楽しくない。
ということで制限時間を待たずして締めることにした。相手選手が全滅したとき、そこで試合は終了になるのだ。
「締めるぜ―――『勇気』!」
「最後の全力、だよラウ君!」
「応っ! 『獣装闘気』!」
「行くよ! ユニークスキル『オーバークロック』!」
お互いに切り札発動。
ゼフィルスは『勇気』。
ラウは次の攻撃のダメージが1.2倍になる『獣装闘気』。
ルドベキアが短時間全能力値が上昇する火事場の馬鹿力、『オーバークロック』をラウに届けた。そして、
「―――『勇者の剣』!」
「―――『バースト・スマッシュ』!」
正真正銘の最後の攻撃。
強力な一撃同士が衝突し、膨大なエフェクトを弾き、輝かせた。
結果、ゼフィルスが打ち勝つ。
「―――――」
「きゃあ―――!」
「ズッドンッ!!」と会場中に大きな衝撃音を響かせ、ゼフィルスの『勇者の剣』が振り抜かれるとラウは一瞬でHPがゼロになり、退場。余波で後ろにいたルドベキアにまで攻撃が届いてしまい、これまたHPがゼロになって退場してしまうのだった。
瞬間ブザーが会場中に鳴り響き、試合が終了したことを教えてくれる。
〈残り時間50分00秒〉。
〈ディストピアサークル〉全員の退場により、
勝者――〈エデン〉。コールド勝ち判定。




