#848 初動で詰み? ゼフィルスが打つ神の一手。
〈ディストピアサークル〉で退場者が一気に3人も出た。
ラウ、ルドベキア、そして他の2人の女子が追いついたときには、最後の1人が斬られ退場したところだった。
〈エデン〉は3人、たった3人で簡単に、それこそ瞬殺レベルで〈ディストピアサークル〉の高位職を屠ってきたのだ。
その光景はとても衝撃的で、ラウたちを一瞬棒立ちにさせるには十分なインパクトを秘めていた。
これがゼフィルス、エステル、カルアという上級攻略中のメンバーではなく、つい先日上級職になったばかりの3人による迎撃で即退場させられたのだと知ったらラウたちはさらなる衝撃を受けていたことだろう。
奥に控えるゼフィルス、カルア、エステルはこれ以上の戦力なのだが、知らないほうが幸せなこともあるのだ。
とはいえパメラ、メルト、ノエルの3人だけでも十分なインパクトだ。何しろラウたちはパメラたちが上級職へ〈上級転職〉しているなんて知らなかったのだから。
「まさか、上級職なのか! 全員、〈南西巨城〉へ行くぞ! 全力で走れ! 遅れるな! ――ルキア!」
「うん! 『ダッシュタイム』!」
ラウはすぐに3人の異常な攻撃を上級職と断定、ここにいると狩られるとすぐに撤退も含んだ指示を出す。しかし、
「いいね。だけど悪いな。これでチェックだ。――カルア、パメラ、目標を〈南西巨城〉へ修正!」
「ん!」
「了解デース!」
「!! マズい!」
もっとマズい指示をゼフィルスが出したことでラウの顔面が大きく引きつった。
〈中央西巨城〉が〈エデン〉の手に落ちたため、西側で残っているのはさっきまで狙っていた〈北西巨城〉と、そして赤本拠地の真南にある〈南西巨城〉の二つだ。
そして〈南西巨城〉とは赤本拠地のさらに南にあるために、赤チームがほぼ確実に確保出来る巨城、のはずだった。
しかし、ゼフィルスは狙いをその〈南西巨城〉に定めてきたのだ。
万が一〈南西巨城〉を〈エデン〉に取られれば、全ての巨城を〈エデン〉が先取してしまうかもしれない。
全巨城の先取。それは12,000ポイントを〈エデン〉が取り、〈ディストピアサークル〉が0ポイントということ。
全部巨城を取り返しても12,000ポイント対12,000ポイントで同点になるだけ。
あとは小城Pの勝負になるが、人数が少なくなった〈ディストピアサークル〉に勝ち目は無い。
それはつまり、最後に本拠地を落としても逆転できないという意味だ。
完封。その言葉が脳裏を過ぎる。
ラウはこの時、選択肢が三つあった。
〈北西巨城〉を落とすか、〈南西巨城〉を落とすか、それとも何もしないかだ。
巨城を一つは確保しなければ勝ち目が完全に潰れてしまう。
しかし、ラウの狙い的にはこの展開は大いに有りだった。〈エデン〉が強大な力を見せつけ〈ディストピアサークル〉を完膚なきまでに負かしてくれれば、仲間たちの鼻は完全にへし折れるだろう。ラウの目的は最高の形で達成される。
だが、ここで何もしなければ「あの時ラウが手を抜いたから負けたのだ」と言い訳を与えることになってしまう。
故にラウは三つ目の選択肢を早々に捨て、自分に出来る最善を目指した。
先ほど言ったように〈北西巨城〉はすでに〈エデン〉が隣接している。
自分たちが今向かったところでインターセプトされてたどり着けないか、たどり着けてもその時はすでに落とされているだろう。
〈北西巨城〉を狙う方は万が一にも可能性は無い。可能性があるのは〈南西巨城〉だけだ。
ラウはそれをすぐに判断してルキアとツーマンセルで〈南西巨城〉へ最短距離を走った。
それを見たゼフィルスは、さらに大胆な方法に出る。
〈北西巨城〉の先取に向かわず、なんと最速のカルアとパメラを〈南西巨城〉へ向かわせてきたのだ。
その判断にラウは驚愕する。
ラウは血の気が引く思いだった。それはまるで神の一手。
〈ディストピアサークル〉を詰みへと追い込む、まさに最高の指示だったのだ。
ここでラウたちが来た道を戻り、〈北西巨城〉へ向かったとしても〈エデン〉もまた戻れば良い。つまり〈北西巨城〉は取れない。
敵が〈北西巨城〉を狙っていないのなら後回しにして〈南西巨城〉を先に取っても問題無いという、肝の据わったとんでもない作戦だった。
このままだと〈南西巨城〉の先取勝負になる。
そして相手は自分たちより速い。
ラウの脳裏に〈南西巨城〉を取られ、続いて〈北西巨城〉まで取られ、西側だけではなくフィールドの全巨城を取られる光景が過ぎった。
東側の巨城位置は〈エデン〉側に有利なのだ。最初から〈ディストピアサークル〉が一つでも落とせれば御の字と言った所だった。
すがるようにスクリーンを見れば、〈エデン〉の獲得巨城はすでに二つ、〈ディストピアサークル〉はゼロ。
東側も一つも奪えていない。全巨城〈エデン〉先取が現実を帯びて近づいてきた気がした。
ラウもルドベキアもあまりのことに逆に尊敬すら芽生え始めた。
「すげぇ……な。これがSランクを目指せるギルドか……」
「本当に。これが、〈エデン〉なのね。ギルドバトルで無敗のギルド……」
もう詰みだ。
〈北西巨城〉へ行こうが〈南西巨城〉へ行こうが〈エデン〉に先取される未来しかない。ゼフィルスの一言が、状況を見極めて放ったたった一つの指示が、勝敗を完全に制した瞬間だった。
ラウの脳裏に「もう出来ることは対人戦しかない。今から戻って戦うか?」とやや短絡的な考えが過ぎった。
否、それは口から出ていたのだろう。そこで、ラウに発破を掛けた者がいた。隣で走っているルキアだ。
「ラウ君! しっかりしなさい!」
「ルキア」
「対人戦をするにももっと色々考えなさいよ! あなたがリーダーでしょ!」
「!」
ラウはルキアの言葉に目が覚めた思いがした。
「ああ、ああ。そうだったな! あまりに相手の格が違いすぎて血迷いそうになってしまった。悪いルキア、助かった」
「別に! リーダーがミスをしたら私が不利益を被るから忠告しただけよ!」
「はは、ははははは! ―――よっしゃ! おかげで気合い入った。最後に一つ、〈エデン〉に目に物見せてやろう!」
ラウはバチンと両頬を叩き、気合いを入れ直した。
ルドベキアがそれを見てにんまりしている。
こうなったラウは頭の回転率が違う。さっきゼフィルスがしたような大胆な方法を取れるようになるとルドベキアは知っているからだ。
「ルキア、あのツーマンセルは行かせていい。俺たちは赤の本拠地へ戻る!」
「何か考えがあるのね!」
「任せておけ。――全員こっちだ、付いてこい!」
ラウの判断はカルアとパメラを〈南西巨城〉へ素通りさせるというもの、本来では絶対に選ばれることのない方法だ。
しかし、ルドベキアは楽しそうにラウに付いていく。女子2人もそれを追った。
ラウは進路を修正し、赤本拠地に戻る、そこに困惑する女子2人が合流し、待ちの構えを見せたのだった。
◇ ◇ ◇
俺は〈ディストピアサークル〉の動きを見て、なるほどと唸った。
「おおお~~。リアルだとこんな作戦もあるのか。なるほどなぁ」
それは感心。
勝敗しか肝心ではないゲームの時では考えられもしなかった行動だ。
目的を達するため今の最善を向こうは選んできたのだ。
「やるなぁ。この土壇場でこんな大胆な行動をしてくるなんて。むっちゃ度胸あるぜ」
「ゼフィルス殿、自分だけ納得していないで私たちにも教えてください。彼らはなぜ本拠地へ戻ったのでしょう?」
「おっとそうだったな!」
直ぐ横を走るエステルに言われて俺はワクワクを隠せないと言うように振り向いた。
カルアとパメラは〈ディストピアサークル〉の動きにハテナマークを浮かべながらも先に〈南西巨城〉へと向かっており、赤本拠地より南下している。
これで道を阻まれてインターセプトも出来なくなるため〈南西巨城〉の隣接は〈エデン〉が最初に取れるのは確実になった。カルアたちにはそのまま巨城を落としてしまえと指示を出してある。
そして現在。
赤本拠地にはギルドマスターたちが待機し、その北側には俺たち4人が南下してきている構図だった。
「そうだな、分かりやすく言うとだ。これは視点を変えると、カルアと俺たちが分断されたとも見ることが出来るわけだ」
「確かに、そうですね。ですが、カルアたちが敷いた保護期間中の道がありますから、私たちを止めることはできないと思いますが」
「そのとおりだ。だが、俺たちがこのまま〈南西巨城〉へ向かえば赤本拠地にいる4人は〈北西巨城〉を確保出来るだろう? つまり俺たちの足を止める必要が無いのさ」
「? それでは、分断とはどういうことですか?」
「俺たちが〈南西巨城〉に行くと〈北西巨城〉が取られる。なら俺たちはここに留まるしかないわけだな。ほら足止め、分断の完成だな」
「あ、なるほど!」
そう、俺たちはここで足を止める必要がある。まだ落ちていない〈北西巨城〉を守るために。
エステルの理解が追いついたのに頷いて、ここからの予測を話していく。
「〈ディストピアサークル〉は本拠地に戦力を置くことで〈北西巨城〉と〈南西巨城〉に睨みを利かせる事が出来る。〈エデン〉がどちらかに集中したら、すぐにもう一つの巨城に噛みつく構えだ」
「はい」
「それを嫌って赤本拠地を強襲しても〈ディストピアサークル〉は赤本拠地を盾にして粘るだろうな。しかも向こうは赤本拠地が落ちても構わない。持っていかれる巨城が無いんだから。むしろ落としてもらえれば一度仕切りなおしでお互い本拠地に戻ることになるから、〈南西巨城〉から俺たちの手を引かせることが出来る、本拠地を落とされたほうが得だ。そして今の状態でも時間を稼いでいれば東側のメンバーが援軍として駆けつけてくれる可能性が高い。一見、とても有効な作戦だ」
「一見、ですか」
エステルも、もうその後に続くセリフが分かっているのだろう。
それでもこっちが話しやすいように視線でどうぞと促してくれる。説明好きからすればとてもありがたい。さすがはプロの従者だ。
「とはいえこれは俺たちと戦力が対等なら、というのが頭に付く。上級職であり、巨城を2人という戦力で落とせる〈エデン〉からすればなんの問題も無いんだよなぁ」
俺たちは赤本拠地の近くで速度を緩め、赤本拠地を睨むように真北の隣接の位置で立ち止まる。
そして追いついてきたメルトとノエルに指示を出した。
「メルト、ノエル。2人は〈北西巨城〉を落としてきてくれ。ここの戦力は2人で足りるだろう」
「そうだな。こちらは任せろ」
「了解だよ!」
「いってら~」
こうして〈エデン〉の西部隊は戦力を三分割した。
もし〈ディストピアサークル〉と〈エデン〉の戦力が拮抗していた場合はこれ幸いと赤本拠地から打って出るだろう。こっちは2人しかいないのだから。数の上で〈ディストピアサークル〉が上回るのだ。打って出ないなんて選択肢はない。
もし俺たちも含め4人で〈北西巨城〉へ向かったら〈ディストピアサークル〉は4人で〈南西巨城〉へ行けばいい。人数差で勝っているのでカルアたちが狩れるだろう。
しかし、それもこれも戦力が対等であればの話だ。
「俺たち2人なら相手が4人でも楽勝だ。だから問題は無い。このままなら〈北西巨城〉も〈南西巨城〉も確保出来るだろうな。つまり、〈エデン〉の勝ちが確定する」
「こちらの戦力は相手も見たはずです。ならばこの展開も十分予想出来たはずですが。なぜ彼らは負けるのが分かってこの作戦を実行したのでしょうか?」
「そこがポイントだな」
そう、普段なら有効な作戦だったはずだが、〈エデン〉が相手では完全に悪手だ。むしろ〈南西巨城〉も〈北西巨城〉も〈エデン〉に先取されるため負けが確定するまである。まあ、どんな行動を取ろうが詰みではあったんだが。
ではなぜ彼らがこんな行動をしてきたのかと言えば、
「向こうの目的が勝利じゃないからだろうな。相手のメインはあくまでこちらへのアピール。どれだけ上手い作戦を考えられるのかアピールするためだろうから。ほら、出てきたぞ」
見れば赤本拠地から4人のメンバーが陣形を組んで出てきた。
完全にこちらを警戒し、これからボス戦にでも挑むような気配だ。意外に、間違っていないかもしれない。
彼ら彼女らの目的はランク戦の勝利では無い。それはシエラが言っていた通りだ。
相手の目的は最初から一つ、〈エデン〉への売り込みのみ。
そう考えるとこの状況。
4人をそれぞれ巨城へと放ち、今は俺とエステルしかいない。
さっきのような無謀な突撃では無い。ちゃんと考えて、しっかり作戦を練ってから〈エデン〉の戦力を分散させ、こうして人数の有利を得てから警戒しながらも出てきた。
ああ、良いなと思う。とてもいいねな作戦だ。
それを即興で思いついたであろう、4人の先頭を進む狼人の男子。
彼はナックル系の装備とワイルドなレザーアーマー系を装着していたが、その体は大きく人とは異なっていた。体中が体毛で覆われ身長は2メートル近い、ワーウルフっぽい姿に変身していたのだ。あれは【獣装者】のユニークスキル『超進化』だな。「獣人」によって発動したときの姿が異なるんだ。彼は狼人だからワーウルフのような見た目だな。
また変身には少しだが時間が掛かる。フィナもそうだったが、変身中は隙だらけになるため変身してから本拠地から出てきたということだろう。良い判断だ。
優秀な人材で自然とニヤけるのを感じた。
「〈エデン〉のギルドマスターゼフィルスよ、俺はラウ。よろしく頼む」
「おう。それじゃあ面接を始めようか」
そう言って俺は剣を抜いた。




