#847 試合開始。初動で速攻。〈四ツリ〉大炸裂!
初動。
それは巨城の先取を狙う試合最初の行動。
相手より早く巨城の隣接を確保し、巨城獲得を狙うギルドバトルの見せ場の一つだ。
相手が速ければ巨城の隣接を全部取られ、巨城が確保できないこともあるため、逸早く巨城まで突っ切るのだ。
そしてラウとルドベキアは獣人にして足が早く、AGIに加えて『移動速度上昇』のスキルが付いた足装備を着けているため〈ディストピアサークル〉ではトップのスピードを誇っていた。
ラウたちだって自身の足に自信を持っていたし、ルドベキアの移動速度を速めるバフを使えば遠い〈北西巨城〉だって確保できるだろうと思っていた。しかし、〈エデン〉はそのくらいのこと、軽く超えてくる。
「だ、め! 追いつけない! 〈エデン〉の方が速い!」
ルドベキアが走りながら焦った声を出す。
小城を確保しながらなので多少の時間ロスはあるが、それでも最速でここまで走れていたと思っていた。
しかし〈エデン〉は文字通り格が違った。そしてルドベキアたちは運も悪かった。
何しろ〈北西巨城〉を狙っていたのは〈エデン〉で最速を誇る2人、カルアとパメラのツーマンセルだったからだ。
次々カルアとパメラの攻撃で光に変わるモンスター、流れるようなタッチで色の変わる小城。そしてスピードをまったく落とさず進むカルアとパメラのツーマンセルに、ラウとルドベキアは一瞬で間に合わないことを悟った。
「ラウ君、このままじゃ無理だよ!」
「仕方ない、予定を変更して〈中央西巨城〉へ向かうぞ!」
〈北西巨城〉は諦めるほかないと、進路をZ型観客席の西側にある〈中央西巨城〉へと変更した。しかし。
「! 見て! 〈エデン〉が! 〈中央西巨城〉にも走ってる!?」
「二つ同時侵攻か!」
ルドベキアはそれを見てさらに焦りの表情を浮かべた。
ラウも予想以上の〈エデン〉の速度に驚愕に目を見開く。
〈エデン〉のツーマンセル、ゼフィルスとエステルが〈中央西巨城〉へ迫っていたからだ。
本当に、とんでもなく速い。
それもそのはずで、〈エデン〉メンバーは大体がAGI200を突破している。
200という数値は非常に高い。ラウがLV49でAGIは185ではあるが、これはAGIにかなり振っていてこの数値だ。〈ディストピアサークル〉で言えばAGIの平均値は100を少し超えた程度である。
ここからルドベキアのバフでラウたちのAGIは300まで上がっていた。
だが、ゼフィルスとエステルのツーマンセルはAGI600を超える。さらには〈エデン〉のギルドバトルの標準装備『移動速度上昇』がデフォルトで付いている。エステルに至っては〈蒼き歯車〉を装備し『アクセル』系スキルを使っているのでさらに速い。
どんなに頑張っても無理である。ラウたちに勝ち目はない。
結局最初に〈中央西巨城〉にたどり着いたのはゼフィルス、エステルのツーマンセルだったが、ラウたちはそれでも南側に回りこみ、ギリギリのところで隣接を確保することに成功する。
後は〈ディストピアサークル〉のメンバーが追いついてくれば〈中央西巨城〉だって先取できるかもしれない。
だが、ここも〈エデン〉が容易く奪い取る。
〈エデン〉の方が〈中央西巨城〉に集まるのが速かったためだ。
「やっぱり俺たちの方が速かったか。あっちは『移動速度上昇』を付けてるのはあの男子と女子の2人しかいないっぽいし。これは仕方ないかな」
隣接マスにいるゼフィルスのセリフが、耳の良い獣人であるラウとルドベキアには聞こえた。
そう〈ディストピアサークル〉はまだまだ装備の貯蓄が無い新米ギルド。全員が『移動速度上昇』なんて着けられるはずも無く、装備を用意できたのはラウ、ルドベキアの2人だけだった。
おかげで白本拠地が遠いはずの〈エデン〉の方が早く〈中央西巨城〉に到着してしまったのだ。
〈中央西巨城〉に後から来たのはメルトとノエルだった。そして〈北西巨城〉に行ったはずのカルアとパメラの姿まであった。
カルアとパメラは〈北西巨城〉の隣接を確保した後、〈ディストピアサークル〉が来ないと確認して作戦通り、〈北西巨城〉は後回しにし、先に〈中央西巨城〉の確保に来たのだ。
実に大胆な作戦である。
そして上級職の集まりである〈エデン〉の攻撃は当然ながら巨城に与えるダメージも大きい。
がっつんがっつん巨城のHPは削られ、最後は〈ジャストタイムアタック〉で〈中央西巨城〉を先取した。
「くそ! このままじゃ〈北西巨城〉も取られちまうぞ! 対人戦を仕掛けて足止めするしかねぇ!!」
「おい待て! 勝手な行動は――」
「俺は待てねぇ! 待ったら〈エデン〉には追いつけねぇだろ! 今やるしかねぇんだラウ! うおおおおお!」
〈中央西巨城〉が終われば次は〈北西巨城〉。
しかし、すでに隣接を確保しているため小城を取らず最短距離で〈北西巨城〉へ向かえる〈エデン〉とは違い、途中で進路を変更した〈ディストピアサークル〉は小城を確保しながら〈北西巨城〉へ向かう必要があった。
当然ながらたどり着いたときには〈北西巨城〉は落ちた後だろう。
それを防ぐには〈エデン〉の進行を邪魔するしかない。
故に、一部の男子が予定に無かった初動での対人戦を仕掛けに走ってしまったのだ。
ここで〈エデン〉を足止めするというのも一理あったがために、ラウとルドベキア、そして女子2人を残し、男子3人が〈エデン〉の後を追走したのだ。
「なんてことを、すぐに追いかけてあの人たちを連れ戻さないと!」
「ああ、行くぞ!」
ルドベキアが焦った声を出し、ラウも同意して女子2人に指示を出し、追いかけた。
ここで3人がもし退場になれば〈ディストピアサークル〉は12人になる。
人数が減ればそれだけ出来る作戦が減る。
最初にやられればみんなに迷惑がかかり、とてもではないが〈エデン〉にスカウトされることもないだろうというのがラウの見解だった。
独断で行ってしまった男子たちが考える「ここで足止めに成功すれば、〈エデン〉はそれに関心を抱いてくれるはず」というものは、安易で砂糖並みに甘い想像だ。
〈エデン〉の足止めがそんなすぐ成功するはずが無いのに。
相手の方が遅いことを知っている〈エデン〉はこの足止め、もとい対人戦をもちろんウェルカム状態。
カモがネギを背負ってやって来たとばかりに迎え撃ったのだった。
「メルト、パメラ、ノエル、やっちゃっていいぞ。俺は見極める」
「だそうだ。耐えてみろ――『グラビティ・ロア』!」
まず男子3人がたどり着いたとき放たれたのは、メルトの重力のブレス『グラビティ・ロア』だ。
これは溜め技、まるでドラゴンがブレスを吐くがごとく、強烈なエネルギーをメルトの杖の先へ溜めて、彼らが同じマスに侵入した瞬間に放ったのだ。
「うおおおおお!? 『ヒートソード』おおおお!」
「『バスタースラッシュ』! ――ってわああああ!?」
「なんだそりゃああ『アイスクリスタル』!」
強烈なロアの奔流に1人は炎の剣でガード、1人は大剣で叩っ斬ろうとして餌食になり、もう1人も〈氷属性〉の2メートル級のクリスタルを放つが、それでもロアは止まらず3人に直撃し、飲込み、ふき飛ばした。
「ぐおおっ、待ち伏せだと!?」
「なんて威力だ。HPが半分以上、一撃で!?」
メルトの攻撃を3人で分割したためなんとか生き残ったが、そのHPは一撃で半分以上が吹き飛び、驚愕に目を見開く3人。そこへ、
「それじゃ介錯するデスよ~! ――『忍法・炎・爆裂丸』!」
刀を一本抜いて掲げたパメラがスキルを使うと、刀身へ徐々に火球が出来ていく。これも溜め技。それはまるで太陽のように輝き燃える球体。とんでもない威力が込められ続けていると男子たちは一目で分かった。あれは当たってはいけない。絶対〈敗者のお部屋〉へ直行すると。
「ノエル、逃がすなよ」
「分かってるよ~♪ 『ダンス・音符・サークル』~♪」
メルトの言葉にノエルが歌う。すると不思議な現象が起きた。メロディが流れると音符が実体化し男子たちを囲って踊り出したのだ。
「な、なんだ!?」
「こんどはなんだ!? 音符が踊ってるぞ!?」
「一瞬で、囲まれたっ!? うおおお『ストリームソード』!」
逃げ道が一瞬で絶たれた。目の前では太陽にエネルギーを溜めながら歩いてくるパメラ。
男子の1人がなんとか道を開こうと近接範囲攻撃を放つが、周りで踊る音符はヒビと亀裂が入っただけで破壊するには至らなかった。
『ダンス・音符・サークル』は相手を囲い物理的に閉じ込め、強制的に視聴させ逃げさせないスキルだ。
歌姫のメロディを聞けば誰もが足を止め耳を傾ける。
そういうことなのだ。うん。(強制です)
防御スキルでもあるので一撃で破壊するなら最低でも〈四ツリ〉かユニークが必要だ。
そうして閉じ込めたところ、――パメラが溜めMAXで刀を振り下ろした。
「最高攻撃を食らうがいいデース! MAX爆裂丸デース!!」
「ああああ! 防げ、防いでくれー『ボーンガード』!」
「うわああああ、やめろおおおお!? 『アイシクルジャベリン』―――! ああ――!?」
阿鼻叫喚。
そして、直撃。
3人中、我が身可愛さで防御スキルを発動した1人以外の2人は、魔法ごと薙払われHPがゼロになり退場してしまう。
抵抗したのにも関わらずたった二撃での戦闘不能。これがLV差だ。
さらに、なんとか防御スキルで耐えた1名も。
「トドメデース! 『真・お命頂戴』デース!」
「いやだアアアア――――」
パメラの〈四ツリ〉が炸裂。
これは『お命頂戴』の完全上位スキルだ。対人では特効効果を持つのも同じで威力はとても高い。
刀の斬撃でズバンと直撃を受けた男子も、一撃でHPがゼロになり戦闘不能になってしまった。
「そんな……」
ルドベキアが呟き、ラウも驚愕に目を見開いていた。
彼らが追いついたときにはすでに3人とも退場していたのだから。




