#774 奇襲攻撃。小悪魔エリサ『ナイトメア・大睡吸』
時は少し遡り試合開始直前、〈アークアルカディア〉のBチームであるカタリナ、フラーミナ、ロゼッタ、エリサ、フィナリナは本拠地の東側、マスの境目近くに集まっていた。
このBチーム、実はスピードは速くない。
メンバー全員が後衛かタンクだからだ。
それだと〈スタダロード戦法〉は使えず、全体の足が遅いために巨城の先取が危ぶまれる、と思うかもしれないが、それはフラーミナのテイマースキル『仲間騎乗』によって解決する。
「ルーちゃん! フーちゃん! お願いね!」
「「ウォン!」」
「開始直後に『仲間騎乗』するからね――エリサ!」
「やったるわよー!」
フラーミナがここで出したのは〈リーダーウルフ〉が一段階進化して〈バトルウルフ(第一形態)〉となったルーちゃん。そして新たに仲間に加わった〈ハンサムウルフ〉のフーちゃんだ。
2体とも〈ウルフ〉系。
〈ウルフ〉系はスピードも速く、馬並とはいかないが騎乗すると大きくAGIを底上げしてくれる優秀なモンスターである。
テイマー系は自身が持つモンスターに騎乗することも可能だ。
さらには【犬力者】は複数体出したモンスターに仲間を騎乗させ運ぶことも可能なのである。
フラーミナ自身は『騎獣』スキルでルーちゃんに跨り、『仲間騎乗』スキルで対象にされたエリサは素早くフーちゃんにまたが――乗っかる予定。
一見仲間を騎乗出来るとか強すぎじゃないかと見えるのだが、そう甘いものでもない。
『モンスター指揮』によってフラーミナしか指示を出せず、エリサが騎乗モンスターを操れるわけでは無いために、〈スタダロード戦法〉が難しいのだ。フラーミナがその都度モンスターに指示を出さなくてはならず、細かい行動を苦手としているためである。
だが、これは〈スタダロード戦法〉をするためではない。
もっと別の作戦を遂行するためだ。
「フラウ、頼みましたよ」
「任せてよ。カタリナもロゼも巨城の方は頼むわ」
「了解しました。こちらは道を敷くだけですから問題はありません。終わったら戻ってきてくださいね?」
カタリナが短く激励し、フラーミナが胸に手を当てて請け負う。ロゼッタもやることを改めて確認するとフラーミナを励ました。
「じゃあ、お姉ちゃんがちょちょっと敵さんにちょっかい出してくるからね。フィナちゃんはいい子にしているのよ」
「……姉さま、お元気で。巨城は私たちに任せてください」
「そのニュアンスだとお姉ちゃんと永遠にお別れしてない!? 特攻じゃないよ!? ちゃんとすぐ帰るからね!?」
もう察しているかもしれないが、Bチームは二手に分かれる作戦だ。
カタリナ、ロゼッタ、フィナリナが道を敷いて巨城へ向かい、フラーミナとエリサが敵の進行を妨害する。
これはゼフィルスの教えてくれた作戦だった。
相手の進行を妨害できるのであればやるべき。
理想は相手が妨害できないスピードで巨城を先取する、なのだがセレスタンがユミキ先輩に頼んで調べてもらった限り、〈ファイトオブソードマン〉もギルドバトルの機動力はあまり高くなく、ギルド全体として足の遅いメンバーが多いらしいからこそ、考案された作戦だった。
成功率は実はあまり高くない。相手がこっちの対策をしていれば防げてしまうからだ。
ここでポイントなのがエリサの【悪魔】系職業である。
この世界は「天使」と「悪魔」は知っていても、職業に就く者は少なく情報に乏しい。つまりエリサの攻撃は通るとゼフィルスは予想した。
初動で一発撃って、ダメだったら戻って巨城を取る。失敗してもそれほどデメリットは無いため、作戦に組み込んだのだ。
フラーミナが最速で運べる仲間は1人、そのためエリサが選ばれた形だった。
お互いに作戦の成功を励ましあって、ついに開始時間、ギルドバトルDランク試験が始まったと同時に、フラーミナがスキルを発動して飛び出した。
「『仲間騎乗』! 行っけールーちゃん! フーちゃんはルーちゃんについてきて!」
「「ウォン!」」
「いってくるわー!」
開始そうそう小城を完全に無視してフラーミナとエリサ、フーちゃんとルーちゃんが敵と接触するマスへ最短距離を走る。
方向は相手が〈中央東巨城〉を狙うときに通るだろう位置。小城を確保しない分先回りが可能だ。その代わり、自陣マスの道を敷いていないために孤立し、保護バリアなどが出来ない欠点はあるが、対人戦を仕掛けることができるため初動の回り込みには有効だ。
そうして全力で相手の進行方向にダッシュした2人と2体は無事、〈ファイトオブソードマン〉が入ってくるマスに側面から回り込むことに成功した。
「サブマス! 左側に敵影! 敵の奇襲です!」
「何ィ!? 遠距離攻撃に注意しつつ小城を目指すぞ!」
相手がマスに入ってから小城にタッチするまでの間は保護バリアに守られていない対人可能期間。
ここで小城を取ろうとする相手を倒せれば〈アークアルカディア〉の勝ち、小城を取れば保護バリアが張られてフラーミナたちは追い出され、〈ファイトオブソードマン〉の勝ちだ。
本来であれば遠距離攻撃を防ぎつつ、一目散に小城をタッチするのが最善。
故に〈ファイトオブソードマン〉が有利だ。〈アークアルカディア〉は小城にタッチしても保護バリアが張れないからである。
しかし、問題は無い。
ここに来たのは小城を取るためではなく、対人戦で進行を妨害するためだからだ。
同じマスに入った瞬間エリサのユニークスキルが炸裂する。
「行くわよ、食らいなさい! ユニークスキル『ナイトメア・大睡吸』!」
「「「「!」」」」
瞬間、空間にいくつものシャボン玉と時計、夜中の星空が広がった。
これは全体状態異常攻撃だ。
「全員防御しろ! 『マジックガード』!」
環境にすら影響を及ぼすユニークスキルに驚き、対応できたのはただ1人。
他のメンバーからの声は一つも聞こえない中、ばたばたと倒れる音だけが響いた。
「な!」
「やった! 四ヒット!」
東部隊の〈ファイトオブソードマン〉は〈スタダロード戦法〉ではなく、5人での進行をしていた。
エリサのユニークスキルは全体状態異常攻撃、〈睡眠〉状態への誘いだ。
対通常モンスターに非常に有効なスキルで、防御スキルを使わないモンスターであれば『睡眠付着率上昇』『状態異常耐性貫通』と合わせてほぼ確実に〈睡眠〉状態にしてしまう強力なユニークスキルだ。
対人でも初見で対応するのはかなり難しい。
レベルがカンストの上級生たちでもこの有様になるほどである。
「〈睡眠〉っ! 起きろお前たち!」
HPバーのアイコンを見てこれが〈睡眠〉状態であるとすぐさま看破したサブマスターが近くに倒れていた男子に向かい、頭をひっ叩こうとする。
〈睡眠〉の状態異常は非常に掛かりやすい状態異常であるが故に、軽い衝撃でも解除されてしまう欠点がある。しかしエリサの職業【ナイトメア】は眠り特化職とでも言うべき存在だ。
当然のように欠点を克服する術も持っている。
「おっとさせないわよ。『睡魔の砂時計』!」
エリサが唱えた魔法と共に上空に現れたのは1メートルほどの大きな砂時計。
それがクルリと半回転して砂が落ち始める。
すると、寝ている上級生たちのHPバーに見慣れない砂時計のアイコンが付着した。
そしてその効果はすぐに判明する。
「お、おい!? なんで起きない!? どうなってるんだ!?」
叩かれた男子は〈睡眠〉状態も解けず、寝ていたままだった。
おかしい。普通ならこれで〈睡眠〉状態は簡単に解けるはずなのに、とサブマスが慌てながら大きく揺さぶるがそれでも男子は目を覚まさなかった。
これは当然ながら【ナイトメア】の能力。
『睡魔の砂時計』は〈睡眠〉状態に掛かっている相手を深い眠りへと誘う効果を持つ。
解除するには状態異常解除のスキルや魔法を使うか、エリサの上で浮いている砂時計を消滅させる必要がある。
普段ならスキルや魔法で解除しなくても叩くだけで簡単に解ける〈睡眠〉が、状態異常解除の効果がある何かで解除しなくてはならないのだ。これの意味は大きい。
普通ならヒーラーが解除すれば解けてしまうが、ヒーラーが居なければ最悪だ。
例えば〈麻痺〉になれば〈麻痺治し〉などの薬アイテムを使えば解けるが、〈睡眠〉の場合はアイテムを使うまでも無いためそもそも治療薬を所持していないことが大半だからだ。
これで上級生たちは、『睡魔の砂時計』の砂が落ちきって解除されるか、破壊されるまで目を覚ませられなくなった。
後はエリサがマスを移動しても『睡魔の砂時計』の効果が届かず解除されるが、エリサたちにその気は無い。
こうしてエリサたちは、〈ファイトオブソードマン〉の東部隊の足止めに成功したのだった。
当然それだけでは終わらない。
「行ってルーちゃん! ミーちゃん! 『統率』!」
「ウォン!」
「フニャー!」
「何!? 『サンダーソード』!」
当然残ったサブマスターに余計なことをさせないため、フラーミナが仕掛けたのだ。
〈ハンサムウルフ〉のフーちゃんを収納し、〈チャミセン〉のミーちゃんを繰り出し、〈バトルウルフ〉のルーちゃんと共に畳み掛ける。
サブマスの反応は良く、すぐに雷の斬撃で牽制してきたが、エリサの対応を真っ先にしなかったのは致命的だった。
相手が眠った時こそ【ナイトメア】の真骨頂。悪魔のコンボの幕開けである。
「『MP大睡吸』!」
それはゼフィルスが言っていた、MPドレイン魔法。
相手が〈睡眠〉状態の時、【ナイトメア】は相手のMPを奪うことが出来る。
さらにユニークスキル『ナイトメア・大睡吸』で眠っている状態であればドレイン速度が倍になる。
「私のご主人様が言ってたのよ。ギルドバトルではHPが減るよりもMPが減るほうが100倍は厄介だってね」
エリサの言葉と共に、ターゲットにされた上級生男子のMPがガンガン吸い取られていった。




