#758 上級初入ダン! 道無き未踏のダンジョン!
〈上下ダン〉があるのは〈初ダン〉の隣だ。
隣とはいえ数百メートルは離れているけどな。
学園都市は中央にある〈ダンジョン公爵城〉通称〈中城〉を囲むように10のダンジョン門が建っている。
寮に一番近い〈初ダン〉から左回りに〈中下ダン〉〈中中ダン〉〈中上ダン〉〈エクダン〉と来て、〈初ダン〉に一旦戻ってからとうとう右回りに入る。ここから〈上下ダン〉〈上中ダン〉〈上上ダン〉とダンジョン門が続くわけだ。
上級ダンジョン初入ダンというのはワクワクするもので、なんとなくみんなの足も速くなった。
気のせいか、〈上下ダン〉へ向かっている最中、すれ違う学生たちから注目されている気がするな。
「あ、あれはまさか、〈エデン〉一行!?」
「勇者君と王女様!」
「ちょっと待て! 〈エデン〉一行はどこに行く気なんだ!? そっちは〈中下ダン〉とは逆方向だぞ!? いやまさか……」
「こ、この前、掲示板で勇者氏が上級ダンジョンに入ダンするという話があった気が」
「おいおいおいおい! もう? もうなのか!? え、だって、そんな、え?」
「待て待て待て、まだ決まったわけじゃ無い! ちょ、ちょっとだけ偵察するぞ! 俺たちの早とちりかもしれない」
「〈上下ダン〉に真っ直ぐ〈エデン〉が進んでいるように見えるのだが? しかも足早に」
「って入った!!!? 〈上下ダン〉に〈エデン〉入ってった!?」
「確定だ!? 〈エデン〉は〈上下ダン〉に―――――」
ふう。なんだか後ろの方で多くの学生が騒いでいた気がしたが、〈上下ダン〉に入るとその声も聞こえなくなった。
そんなわけでたどり着いた〈上下ダン〉。
中に入れば、まず目が惹かれたのは上に輝く球状の水晶体。それはまるで土星のようだ。光る水晶体に土星の惑星リングのような光の帯が纏わり付いており、それがクルクルと回転している。
それに見惚れて思わず足を止めて見入るとポツリとラナが感想を言う。
「綺麗、何かしらあれ?」
その答えは俺たちではないところからやってきた。
「あれは転移リングと呼ばれているアーティファクトだよ。とはいえ、わかっているのは名前だけで使い方はよくわかっておらんけどね」
「「!!」」
その声は俺たちより離れたところから聞こえてきたためエステルとカルアがビックリして身構えていた。
「おや、すまないね。驚かせてしまったかい」
そこにいたのは腰が曲がって杖を突いているおばあちゃん。
まるで孫を見るような優しい目で俺たちを見上げていた。おばあちゃん背ちっさ! 俺の腰くらいのところに目線があるんだけど?
「ここの管理人さんですか?」
「そうともさ。私はケル。ケルばあとでも呼んでくれ」
「えっと、ケルばあさん?」
「うむ。それでいいさね。あんたたちは、見たところここの入ダン条件を満たしているようだね?」
「あ、これで良いですか?」
俺たちはケルばあさんに〈攻略者の証〉をそれぞれ見せる。
俺は胸に着けているが、他のメンバーはそれぞれ別のケースに保管して〈攻略者の証〉を見せていた。あのケースは装備に証を付けられない、付けたくない人たち用のバッチ入れみたいなものだ。〈証ケース〉と呼ばれていたりする。
ラナとか完全に聖女装備だし、証を付けるわけにはいかないのだ。見た目的に。
他にも女子は大体〈証ケース〉を使っている。
ケースに入っている〈攻略者の証〉の種類を見てケルばあさんが唸った。
「ほう、ずいぶん豪華な顔ぶれだねぇ。あんたたち相当な実力者なんだね。それにしては初めて見る顔だが」
「まだ1年生だからですかね。これでも1年生の中では一番早いんですよ。ちなみにギルド〈エデン〉って言います」
「おや、あんたたちが〈エデン〉かい。これは驚いたね。1年生のギルドがもう上級下位に挑むのかい、将来有望だぁねぇ。こりゃあ〈キングアブソリュート〉もうかうかしていられないねぇ」
「ここを利用しているギルドは少ないのですか?」
「そうさね、今使っているのは〈キングアブソリュート〉くらいだねぇ。この前までは〈サンハンター〉や〈ミーティア〉もよく1層を使っていたのだがね、目前に控えたギルドバトルのせいで今は入ってないよ」
〈サンハンター〉に〈ミーティア〉。
共にAランクギルドだな。
やはり上級ダンジョンを利用しているギルドは少ないようだ。
俺たちが初めて上級ダンジョンへ挑もうとしていると知ったからだろう、ケルばあさんの目が今までにない鋭さを持つ。まるで見定めるとでも言わんばかりの、濃い経験者の目だった。しかし、それもすぐに普通に戻る。
そしてどこか納得したようなケルばあさんからゆっくりとした言葉で注意事項が告げられた。
「うむ。あんたたちは合格さね」
なにやら俺たちはケルばあさんのお眼鏡にかなった様子。
もしかすれば攻略者の証を持っていてもケルばあさんから不合格を受けたら上級下位に入れないとかあるのだろうか?
「あんたたち、上級下位ではまだまだ未踏のダンジョンも多い。敵が強いんだ。敵だけじゃない、罠も環境も、そしてフィールドさえ中級ダンジョン以下とはまったく違う過酷なところさ。中級ダンジョンまでは戦闘不能になった者だって助けに行けたが上級ダンジョンではそうはいかない。二次遭難の危険がある、故に〈救護委員会〉は動けないことも多い。それでもあんたたちは上級ダンジョンに進むのかい?」
「はい。もちろんです」
即答。
〈救護委員会〉の助けがない。
これはこの世界にとって、とても大事なことだ。
何しろ、戦闘不能になったとき、命の危険があるからだ。
ゲームのようなセーブ&ロードも無い。
だからこそ上級ダンジョンへ進む者は少ないし、挑むとしても〈キングアブソリュート〉のように大規模なレイドを組んで行くのが普通。
俺たちのように少数で行くことは少ない。
しかし、俺たちはすでに覚悟の上だ。戦闘不能になることも無い。何しろ俺がいるのだから。
安全マージンもしっかり取った。絶対に誰も戦闘不能にさせやしない。
だからこその即答だ。
俺の後ろにいるメンバーたちからも、動揺を感じることはなかった。
ケルばあさんは俺の即答とメンバーを見て、とても驚いたように目を見開き、そしてにっこりと笑う。
「そうかい。気をつけて行ってきな」
ケルばあさんの短い言葉には、短いながらも心に来る激励が篭っているようだった。
俺たちは手続きをしてもらい、歩き出し、目的のダンジョンへと向かう。
「んじゃ、行ってきます」
そう言って、俺は、俺たちは、ダンジョンに潜った。
なんだか、初めて初心者ダンジョンを潜ったときのような、感動にも似た感覚を味わいながら門から出ると、そこには一面山岳地帯が広がっていた。
自然界ではありえないようなサボテンのような形をした山や、ソフトクリームのような異様な形をした山々が立ち並んでいる光景は、冒険心を大きく擽る。
相変わらずファンタジーな山々だぜ。
「わぁ! ここが上級ダンジョンなのね! 迫力がすごいわね!」
「あれは何? 人工物、なの?」
「いいや、山だ」
「……お山?」
ラナが感動に手を広げて喜びを表現し、シエラが異様な山々を見て首を捻る。
それに俺が答えを言ってあげるとカルアがさらに首を捻った。
シエラも目をパチパチさせて目の前の山(?)を見つめていた。
「これは、中々に威圧感があるといいますか。未踏というにふさわしい見た目のダンジョンですね」
エステルの視点はまた別の方向に向かっている。
そこは地面、山ばかりに注目しそうではあるが、上級ダンジョンは地面もかなり独特だ。
「道が、無い?」
シエラがポツリと呟いた。
そう、シエラの言うとおり、上級ダンジョンの多くには道が無い。
これが上級ダンジョンの厄介なところでもあり、難易度を大きく上げている部分だ。
「ゼフィルス殿、我々はどこへ向かえばいいのでしょう」
いち早くそれがどういうことなのか気付いたエステルが少し焦りの表情で言ってきた。
地面に道が無い。なんと言うか、土が露出していたり、草がボーボーに生えていたり、人が歩けそうな太さの木の根っこがそこら中に伸びていたりと、先ほどエステルが言ったように未踏、つまり人間が立ち入ったことの無いエリアが目の前に広がっていたのだ。
道が無いということはどこに進めばいいか分からないということであり、またエステルの〈馬車〉も使えないということでもある。
そう、上級ダンジョンは道が無いためにどこに行くのも自由なのだ。そして中級ダンジョンよりもさらに広大になったダンジョン層のどこかにある次の階層の出入り口を探し出さなければならない。
これが上級のダンジョン。
迷宮とは道を作ることで人を惑わせるが、〈ダン活〉の上級ダンジョンは逆転の発想、道を完全に無くすことで人を戸惑わせて攻略の難易度を上げてくる。
――――上級ダンジョンは、オープンワールド型ダンジョンなんだ。




