#078 王女様から納品とか、うちちょい困るんやけど…。
アリーナでギルドバトルがあった翌日。
今日の学園は休日だ。土曜日だな。
今日は朝からマリー先輩のところに出向き、ラナ、エステル、シエラの顔つなぎをして、ついでに先日狩った素材を卸していった。
しかし、マリー先輩から一言、
「あんな兄さん。王女様から納品とか、うちちょい困るんやけど…」
「何言ってるんだマリー先輩。〈エデン〉と付き合っていくならこれからずっと起こるんだから慣れておかないと」
「さよかぁ」
何故かマリー先輩の色素が薄くなったような気がしたが、きっと気のせいだろう。
「あとこれ。仕事一個頼めるか?」
俺は懐からとあるチケットを取り出した。
これは以前マリー先輩発注のクエストをクリアした時に貰った報酬。
〈ワッペンシールステッカー〉の本職を利用する時に料金が無料になるチケット。
タダ券だ!
それを見たマリー先輩がハツラツと元気を取り戻す。
「お! 早速かい兄さん。腕が鳴るわぁ。卒業シーズンが終わってからこっち、本職の仕事が全然無かったんや。久しぶりやし、素材は揃ってるし、良いのに仕上げんで! で、物は?」
「いや、装備のコーディネートじゃなくてもう一つの方だ」
マリー先輩が所属する〈ワッペンシールステッカー〉ギルドの本職は、大きく分けて2種類ある。
一つはデザインの色、模様などを変更し、装備をコーディネートする〈デザインペイント変更屋〉。
そしてもう一つは。
「ほぉ。そかそか。兄さんギルド作ったんやもんな、失念していたわ。確かにアレがないと格好付かんもんな。任したりぃ、バッチリ良い〈エンブレム〉作ったるかんな!」
そう、マリー先輩のおっしゃるとおり〈エンブレム〉の作成である。
ギルドにはそれぞれの〈エンブレム〉が付きものだ。
ゲームではデザインを自作出来たものだから〈ダン活〉プレイヤーは自分の〈エンブレム〉作りに貪欲に励んだものだ。
前にも言った自分のギルドを紹介する〈ギルドハウススクショ観覧会〉なるものもあったので、みんな自分の格好いい〈エンブレム〉を見せびらかしまくっていた。
自作が苦しい方には〈エンブレム屋〉なる通り名の方が作り方の指導すらしていたっけ。
懐かしい。
ちなみに俺は周回する度に〈エンブレム〉を変える派だった。
『そのエンブレムは○周回の時の物。この〈エンブレム〉を見ると思い出す。あの時の光景を!』
とかそんな事ではなく。単純に「主人公」の職業を毎回変えていたのでその職業に合わせて作っていただけだ。
そして今回も例に倣い、【勇者】に似合う格好いい〈エンブレム〉を作ろうとして、昨日俺一人だけのギルドじゃない事を思い知った。
暖めていた【勇者】のデザインをゴミ箱にポイっと捨てて。今回のリアル〈ダン活〉に、そしてギルド〈エデン〉にふさわしいエンブレムを作ってもらおうとここへ来たわけだ。
「こっちのギルドは絵心のある奴がいなくてな、できれば一からデザインして、ギルドに置くフラッグ作成に加えて俺たち全員の装備に彫金刺繍まで全部やってほしい」
「兄さん、それってフルコースやん。うち嬉しすぎて悲鳴ものやわぁ、利用券一枚じゃ割に合わへんから五枚出してぇな」
「いやいや、これ一回利用タダ券じゃなかったのかよ?」
「そうだったんやけど、さすがに〈エンブレム〉作りは一枚じゃ全然割に合わんから、普通のデザイン変更なら一回タダは間違いないやで?」
「うーん、まあ確かにそうだが、さすがに五枚は暴利だろ? こっちの人数は5人しかいないし装備だってほんの一部の変更だ。タダ券二枚ならどうだ?」
「その認識は甘いと言わせてもらうで。兄さんは伝説の【勇者】や。今や学園で知らぬ人は居ない時の人やで? そんな人物のいるギルド〈エンブレム〉は並のもんやダメや。しかも【聖女】の王女様や他にも粒ぞろいの有名人が集っとるんやで? それなりのもん作らなあかん。利用券四枚や」
「なら、〈エンブレム〉の制作ギルドを公表しよう。俺たちが有名人ならそれなりの宣伝効果があるんじゃないか? それならタダ券二枚、いや一枚でも良いんじゃないか?」
「残念やったな。ウチらのギルドは結構有名なんよ。宣伝なんか無くても十分利益出せるくらいには。そやから宣伝活動なんかいらんよ。利用券四枚や」
その後もあーだこーだ話し合い、というより値切りが繰り広げられ、なんとかタダ券三枚でOKにしてもらえた。さすがマリー先輩、手強いぜ。
その代わり、今後もダンジョン素材を得た時は真っ先に〈ワッペンシールステッカー〉に卸す事を約束させられたけど。それくらいなら構わないだろ。
むしろ願ったりだ。
「まずデザインの候補を作るでぇ」と張り切ってギルド内に消えたマリー先輩に後を任せて店を出る。
ちなみに初級中位の査定はまだ終わっていない。
どうもレアボスの〈エンペラーゴブリン〉の素材で取り合いが起きているらしい。
そこら辺はマリー先輩に任せる。
店を出てC道を歩く道の途中、シエラがチラッとこちらに視線を寄越して言った。
「ずいぶん、親しいのね。マリー先輩とは」
「ああ。というよりシエラとマリー先輩が知り合いだったのが驚いたよ俺は」
「単純にお得意様だっただけよ」
どうやらマリー先輩の家は有名なファッションデザイナーだったようで貴族にも引っ張りだこなんだそうな、その関係でマリー先輩もよく親に付いてきていたためシエラと面識があったのだという。
と言っても話すのは今回が初めてだったそうだが。
「ま、それはともかくだ。〈エンブレム〉の制作は任せられたから、これからダンジョンに行こうと思うんだが、みんなはどうだ?」
「良いわね! 行きましょ!」
「賛成します」
「私も、速くレベル上げて追いつきたいから」
「私も付いていきます!」
「決まりだな」
皆の声に熱が入っている。やはり昨日のギルドバトルが良いように刺激になったみたいだ。
俺たちは準備をしに一度解散すると、再び初ダンに集合し、次のダンジョン〈石橋の廃鉱ダンジョン〉に向かって門扉を潜った。