#735 お披露目〈シーストリーム号〉と猫じゃらしの罠
場所は中級中位ダンジョンの一つ、〈孤高の小猫ダンジョン〉通称〈猫ダン〉。
猫モンスターを鑑賞するべくたくさん集まる学生からやや距離を取った2層の一角で、俺たち〈エデン〉〈アークアルカディア〉が集まっていた。
「よし、この辺でいいだろう」
「ゼフィルス、こんなところに大勢呼び出して、また何か作ったりしたのね?」
そう問うのはシエラだ。
さすがシエラだ。内容を言っていなくても俺のやることはお見通しらしい。
他にも気が付いている人が何人かいるようだ。サプライズにしては、ドロップを集める依頼をしすぎたかもしれない。
「大当たりだ! 今回お披露目するのは、ロゼッタの馬車!」
「え、私ですか!?」
いきなり名指しされて、思ってもいなかったのかビクッとするロゼッタ。
全員の視線がロゼッタに向かったものだから落ち着きがなくなっている。
そこへ近寄る影が二つ。フラーミナとカタリナだ。
「お、落ち着いてロゼ、これはチャンスだから。〈エデン〉に昇格する一歩かもしれないんだから!」
「そうよロゼ。落ち着きなさい。そして上手くいったら私にも噛ませて」
「カタリナはちょ~っと黙ってようか。今は大事な話なの! ロゼ、気合入れるのよ!」
「は、はい! 行ってきます!」
そんな丸聞こえの会話をして、気丈に振舞ったロゼッタが前へ出てきた。
こそこそ会話しているつもりだった仲良しのフラーミナとカタリナがその後ろからささやかな応援をしている。
俺も心の中でロゼッタガンバレと応援しておいた。なんだか応援したい気分だ。
注目を浴びる中、俺は〈空間収納鞄〉に手を突っ込み、そして例の物を取り出した。
「じゃかじゃん!! これが今日のお披露目! 〈エデン〉の四号車目となる〈馬車〉、その名も〈シーストリーム号〉だ!」
「あ!」
ドドンッ! とテロップが表れる勢いでそこに登場したのはお馴染みの〈最上級からくり馬車〉だった。
しかし、〈シーストリーム号〉はポンプのオプションが二つくっ付いた見た目をしている。それがこの馬車が誰の物でもない新車であると主張していた。
「新しい〈馬車〉ね!」
「これがロゼッタの〈馬車〉ですか」
ラナとエステルも興味深そうに、いや下手をすればロゼッタより先に中に入り込みそうに前のめりになって見つめていた。先に〈馬車〉へ乗るのは譲ってあげてね?
「みなまで言わなくても〈エデン〉〈アークアルカディア〉のメンバーならすでに承知していると思うが、〈馬車〉の運用はダンジョン攻略で非常に有効だ。そして先日、ロゼッタが三段階目ツリーを開放したときにスキル『乗物操縦』スキルを獲得した。よってこの〈シーストリーム号〉を作製しようという試みに至った」
「それはいいですね」
「ロゼッタさん、期待しております。共に頑張りましょう」
「は、はい! よろしくお願いします!」
俺の言葉に同じ馬車使いであるエステルとアイギスが歓迎する。
2人には苦労を掛けているからな。
セレスタンでも〈馬車〉は操れるが残念ながらモンスターを〈馬車〉で倒すことは出来ないので、騎士が頼りなんだ。
今後はロゼッタにも〈エデン〉を支えてもらいたい。
ロゼッタも最初こそ驚いていたが、以前ロゼッタも〈馬車〉を持つならどんなのがいいか聞いていたのを思い出したのか、落ち着き。続いて頬を赤らめて感動しているようだった。
「みなさんありがとうございます! 精一杯務めさせていただきます!」
「頼んだぜロゼッタ。早速中を見てみると良い」
「はい!」
「ロゼッタさん、私たちもよろしいでしょうか?」
「もちろんですアイギス先輩。みんなで一緒に見ましょう!」
その後は馬車の中を確認してもらったり、自由に馬車の使い心地を知ってもらおうとみんなに開放した。
しかしさすがは女性陣、さほど内装は変わらないはずなのだが嬉々として中に乗り込み内部をどう装飾しようかと相談しあっている様子だ。
エステルの一号車もアイギスの三号車も内部は初期よりずいぶん変わっておしゃれな感じになっているからな。
この分なら四号車もそう時間は掛からなさそうだ。
ちなみに男子はというと。
「出てきたぞ、〈ワイルドニャー〉だ!」
「倒せ! 『紫電一閃』!」
「ニャー!?」
狩りに勤しんでいたりする。
さすがにあの女子女子した空間には入れないよ。俺も含めて。
もう少し、今後の四号車の運用も説明しておきたかったのだが、少し女子が落ち着くまで待とうということになり今に至る。
と、モンスターを狩りながら待っていたら、満足したのかロゼッタを先頭にフラーミナ、カタリナがやって来た。
ちなみにこの3人は元々中級下位の攻略者の証を二つ持っていたのだが、中級中位では活動した事が無かったようだ。〈転職〉前は入ダンにLVも足りていなかったらしい。
ではなぜ彼女たちがここにいるのかというと。実は昨日と今朝、LVが少し足りないメンバーを捕まえて軽く〈ジュラパ〉でボス周回してきたからだな。〈祭ダン〉が思いのほか早く終わってしまったので時間を持て余した俺がエステルと共に行ってきたのだ。
おかげで彼女たちのLVは50。中級下位の攻略者の証は三つとなり、じゃあ中級中位でお披露目しようぜとなって今に到る。
実は初の中級中位デビューだった。
「ゼフィルスさん、素敵な装備ありがとうございます。これからも精進し、〈エデン〉の力になることを誓います」
「そんな堅苦しくなくていいぞ? でも頑張ってくれ。〈アークアルカディア〉の躍進はロゼッタに掛かっている。ロゼッタには今後、〈アークアルカディア〉の実力の底上げに注力してもらいたいと考えているからな」
最近、エステルは俺と固定パーティを組んでいるし、アイギスはいたるところでひっぱりだこで、〈馬車〉の運用面では手が不足していることが否めなかった。
今後はアイギスには〈エデン〉を、ロゼッタには〈アークアルカディア〉を担当してもらおうと考えていることを告げる。
「分かりました。しっかり勤め上げて見せます!」
「頼んだぜ」
そうして一段落したところでフラーミナの視線がジッと森の猫を見つめていることに気が付いた。
「どうしたフラーミナ?」
「ふえ!? えっと何かなゼフィルス君」
俺に声を掛けられたことにハッとした様子でフラーミナがこちらを向く。
その頬は少し赤い。恥ずかしがっている様子だ。
「もしかして、いやもしかしなくても猫が欲しいのか?」
そう聞くとフラーミナの目に悲しみが浮かんだ。
「えっと、うん。でも頑張ってもテイムできなくて」
フラーミナの職業はテイマー系の【犬力者】。とはいえ犬系しかテイムできないという意味ではない。
もちろんここに登場する猫モンスターもテイムは出来る。
しかし、ここのモンスターのテイムは極低確率なのだ。
「ここの猫モンスターは強いからな。テイムできる確率は本当に千回に一回みたいなもんだしな」
「うう。うん。私もそう聞いたよ。残念だけど諦める。みんなに迷惑は掛けられないし」
「フラウ、別に私たちは迷惑とは思いませんわよ? また時間がある時に手伝いますわ」
「でも、それだと攻略が、ただでさえ私たち〈アークアルカディア〉の中では攻略階層が遅れているのに」
悲しみを浮かべた理由はそういうことだったみたいだ。カタリナが励ますが、フラーミナは首を振る。
しかしだ、そう結論付けるには早い。
なぜ俺がこのダンジョンをお披露目に選んだのか、なぜフラーミナたちをここに連れて来られるだけのレベルに仕上げたのか。
それはな、フラーミナに猫モンスターをテイムしてほしかったからだ。
しかしそれは表に出さず、さも贔屓していない感じの雰囲気で俺は言う。
「そういえば、カタリナには【深窓の令嬢】の条件を、ロゼッタにはこうして〈シーストリーム号〉をプレゼントしたけど、フラーミナにはまだ何もプレゼントしたこと無かったよな」
「へ?」
よく分からないといった様子でこっちを向く3人に俺は宣言してやる。
「猫が欲しいんだろ? 俺に任せとけ。ここの猫をテイムするにはやり方があるんだよ。ちょっと待っててくれ」
「えええ?」
フラーミナが驚く中、俺はリカの下へ行く。
「リカ、猫じゃらしをくれ」
「ななななななな何のことだ!?」
むっちゃ動揺するリカ。
そして私は知らないという体を取る。
ほう?
だが俺は知っている。リカがこっそり猫じゃらしアイテム、〈匠の猫じゃらし〉を使いカルアと遊んでいるのを。
そしてリカはいつも自分の〈空間収納鞄〉に猫じゃらしを潜ませていることを。
俺の視線に最初こそ動揺を隠そうとしていたリカだったが、次第に諦めたのか項垂れながら〈匠の猫じゃらし〉を渡してきた。
「それでその、猫じゃらしをどうするんだ?」
「そんなの決まっている。使うんだよ」
「使う? ゼフィルスもカルアを愛でる気か!」
「いや、カルアじゃなくて普通の猫モンスターに使うんだよ」
リカめ、相変わらずカルア大好きだな。
だが、俺の使い方が本来の使い方だからな?
これは猫に使うものです。あれ、カルアも猫だっけ? よく分からなくなってきた。
まあいい。
俺は猫じゃらしを持って、そしてなぜか付いてくるリカを伴ってフラーミナの元まで戻ってきた。
「え? ゼフィルス君それは?」
「こいつは〈匠の猫じゃらし〉。猫モンスターのテイム率を大上昇させるアイテムだ」
「えええ!?」
俺の答えに仰天するフラーミナ。
猫モンスターは単体モンスターなんだ。つまり群れで来るモンスターより数段強いモンスターということだ。そりゃ強いよ。テイム成功率も低いよ。
そんな猫モンスターをテイムする場合、このテイム成功率を上げるアイテムを使用するのである。
そして〈匠の猫じゃらし〉はその名の通り、猫特効のアイテムだ。
猫モンスター限定ではあるが、その代わり猫キラーでもある。
これに遊ばれたが最後、猫モンスターは高確率でゴロゴロしてフニャフニャになって最後は仲間になるって寸法よ。
その時、ちょうどいいことに脇から一匹の猫が現れた。
しかもそいつは狙っていた二足歩行型猫モンスターの〈チャミセン〉だった。
――ゲッチュ!!
「あ、〈チャミセン〉!」
「確保だーー!! カタリナ、結界で閉じ込めろ!」
「!! は、はい! 『箱結界』!」
「ニャー!?」
俺の指示にカタリナが素早く対応して〈チャミセン〉を閉じ込める。
二足歩行に魚の骨ソードを装備した〈チャミセン〉がスキルで箱を壊しに掛かった。
こりゃ急がないとな。
俺は今にも切りかかりそうなリカを手で制止、猫じゃらしを片手に持って突撃した。
「ほれほーれ」
フリフリ、フリフリ。
「にゃ! にゃにゃにゃ!?」
猫じゃらしを結界の目の前でフリフリ振ると、一度固まって猫じゃらしを目で追う〈チャミセン〉。
攻撃の意思が猫じゃらしによって萎びた瞬間だった。
「よし、カタリナ。箱を解除してくれ」
「わ、わかりましたわ!」
すでに攻撃の意思を捨て、魚の骨ソードも落として両手の肉球を箱結界に押し付けていた〈チャミセン〉は、箱結界が解除された瞬間、転んだ。
「今だーーー!!」
俺はすかさず猫じゃらしをフリフリする。
すると、〈チャミセン〉は腹を上にして両手両足で猫じゃらしとじゃれだした。
くっくっく。見ろ、骨抜き状態だ。
「「「「「か、可愛い~~~~」」」」」
その声に後ろを見ればいつの間にか集まっていた女性陣がむっちゃ和んでいた。
「ちょ、ちょっとゼフィルス代わって! その猫じゃらし、私にもやらせなさい!」
ラナが代表してそういうと、女性陣の期待の目が俺を捉える。
「えっと。まあ、待て? まずは目的を先に達成させてくれ。フラーミナ、テイムテイム。今なら成功するから。そしたら存分に十分にゴロゴロできるから」
「あ、はい! ――『モンスターテイム』!」
「ニャ~」
テイム特有の光の輪っかみたいな物が〈チャミセン〉の首に掛かり、そのまま収束すると、そのまま砕けることも無く安定した。
これがテイム成功の合図。失敗の場合光の輪は砕け散るからな。
これで〈チャミセン〉はフラーミナのテイムモンスターになった。
瞬間、使命を終えた〈匠の猫じゃらし〉が光になって消えた。




