#716 〈金箱回〉。一番近くに居たのに一番取られる。
「〈金箱〉来たーーー!!」
「待ちなさいゼフィルス! それは私のものよ!」
「いいや俺の物だぜ!」
「ん? 競争? 参加する? そして一番タッチ」
「な、何ぃ!?」
驚愕。
総攻撃に参加していた俺、目の前に〈金箱〉が出現するも同じく参加していたカルアに先を越された件。
信じられない……一番取られちゃった!? 目の前に宝箱が現れたのに!?
そんなまさか!?
「もう! やっぱり前衛は宝箱が近いからずるい気がするのよ。なんで私の前に現れないのかしら!」
「そりゃあ宝箱はボスが消えた後に残るものだからだな。だからエフェクトの海の中に現れるんだし」
まあ、ラナのお怒り(?)は分からんでもない。
後衛は絶対に宝箱争奪戦(?)に出遅れるからな。俺、目の前に宝箱が出現したのにも関わらず一番を取られたけど。
そんな勝者のカルアが俺の方を向いてこてんと首を傾げながら情けをかけてくる。
「ゼフィルス、開ける?」
「くっ、そんな情けは受けとらねぇ!」
でもちょっとだけなら構わないかも?
今回の宝箱は徘徊型の〈金箱〉。俺の心はぐらついた。
「何やってるのよあなたたちは。毎回毎回よくそんな飽きずに出来るわね」
「シエラは、開ける?」
「私は前回の〈金箱〉を開けたからいいわ……。カルアは譲ってしまっていいの?」
「ん。昨日〈銀箱〉開けたから。それにまた開けることもある」
「そう、エステルはどうかしら?」
「私ですか?」
「あれ? 私は?」
「ラナ様、次は最奥のボス戦が控えております。きっとゼフィルス殿はレアボスを呼び出しますからその時に――」
「私は次でいいわ!」
「めっちゃ素直!」
さすがエステル。ラナが喜ぶツボをしっかり把握している。
ここで〈金箱〉を開けようものなら次は順番的に他の人になるからな。しかし、
「いいのかラナ。徘徊型ボスの〈金箱〉は、レアボス級をツモるかも知れないんだぜ?」
「あ!」
ラナはたった今思い出したといわんばかりに声を上げた。
最近めっきり徘徊型とは出会っていなかったから忘れているかもしれんと思ったが、やっぱりだったか。
そう、実は徘徊型ボスはレアボスでしか手に入らないドロップを落とすことがある。
レアボスより確率は低いけどな。
徘徊型ボスは撃破することが難しい、むしろ道中でバッタリ遭遇すると全滅する危険性の高いボスだ。
さらには他のボスにはない逃走という行動を取るため撃破難易度が高く、その分報酬も高いという設定になっている。
つまりこの〈金箱〉は、レアボス級に近い大変良い〈金箱〉ということだ。大変良い〈金箱〉…………。
このまま最下層に行ってボスを撃破したとしてもレアボスが現れる保証も、レアボスから〈金箱〉がドロップする保証も無い。ドロップが出るまで周回する時間は、今日は残念ながら無いからな。俺の授業が長引いたのが悪い。
ということで、これを逃すと次にありつけるのはいつになるか分からないのだ(?)。
さあ、これを知ったラナはどう出る?
「そ、そそそんなことは知っていたわ。大丈夫よ」
「本当に?」
「大丈夫、私はレアボスの〈金箱〉を引くわ!」
「ラナが言うと戯言に聞こえない!」
ラナは引きがいいからな。ラナが言うと本当にレアボス〈金箱〉が落ちそうだ。
おかしいな、今日はニーコをつれて来ていないのだが。
その運、ちょっと分けてください!
「では今回は私が開けさせていただきます」
「ん、エステル、どうぞ」
「ありがとうございますカルア」
ということで開けるのはエステルになった。
カルアから譲られた〈金箱〉の前に座ると、俺とラナがジッと見る前で両手を合わせて言う。
「……〈幸猫様〉、良い物ください。お願いします」
「エステル、〈仔猫様〉にも祈っておくんだ。それで確率が上がる気がする!」
「……〈仔猫様〉、お願いします」
「「〈幸猫様〉〈仔猫様〉、お願いします!」」
お願い、お祈り、すごく、大事!
俺とラナの声が被った。大切なことだったからな。
見ればカルアと、そしてシエラも静かに祈っている。
お祈りは届いただろうか?
「……では開けますね」
パカリとエステルが開け、中の物を取り出すと。
それは長さ1メートルくらいの杖だった。
黒を基調としたツヤと高級感のある木製のシャフト。先端部分は膨らみ、まるでゆりかごで包まれているかのように中心にある黒い水晶体を覆っている。
一目で黒ローブの魔法使いが装備するような杖を思わせるデザインだ。
こりゃあれだな。
「こりゃあ、〈黒林檎の霊樹杖〉か!」
「こくりんご? 名前の割には見た目良い感じの杖ね。レアボス級なのかしら?」
「これは高級感がありますね」
「黒いけれど禍々しくはなく、けれど存在感はとても大きく感じるわ」
「ん。すごい杖?」
「もちろん中々のレアだな。しっかりとしたレアボス級の装備だ。詳細は、ちょっと待っててくれ、今書き出す」
――――――――――
・武器 〈黒林檎の霊樹杖〉(両手)
〈攻撃力2、魔法力134〉〈闇属性〉
『闇属性魔法ダメージ上昇LV5』『闇魔連弾LV5』『暗黒の波動LV8』
装備条件:闇属性魔法を二つ以上覚えている。
――――――――――
「こんな感じだな! 闇属性特化の珍しい両手杖だ。3つのスキル魔法を内包している他、数値だけでも普通に強い。完全に魔法アタッカーの魔法使い装備だな。特に『暗黒の波動』がやべぇ魔法で、範囲攻撃なうえにダメージ+〈毒〉〈暗闇〉〈呪い〉の状態異常を与える強魔法だ。『闇属性魔法ダメージ上昇LV5』のおかげでダメージも高く、通常モンスターとの遭遇時これ一発で勝敗が決してしまうこともある」
「魔法力134!? とっても強いじゃない!」
「上級武器にかなり近い性能だからな。というか上級下位であれば問題無く使えるぞ」
それに、装備条件もある分、能力値も高い仕様となっている。
闇属性魔法って結構覚える職業が少ないんだよなぁ。
ちなみに今メンバーが装備している武器の中で一番強いのがエステルの〈マテンロウ〉で攻撃力は168だ。そしてスキルは『貫通強化』一つだけなので、スキルが三つも付いている〈黒林檎の霊樹杖〉がかなりの強さを誇るのが分かってもらえるだろうか?
「でもこれは、私たちでは使えないわね」
「だな、一番相性がいいのはメルトだと思うぞ」
「なら、帰ったら渡しましょうか」
俺たちのパーティだと装備条件のせいで誰も装備できない。
だがそもそも俺は剣と盾が良いし、ラナは回復系のタリスマンを使っているので杖は使わないんだよな。
ということで、これはお土産行きです。
メルトには以前〈リンゴダン〉20層のボスから出た杖、〈長寿林檎の長杖〉を渡していたのだが。その後にあった〈テンプルセイバー〉戦で相打ちで退場してしまい、それから装備やレベルが変わっていないことを気にしていたからな。ちょうどいいだろう。
あと渡すときには、俺がシエラやラナから詰め寄られていたときは助けてほしいと添えておこうと思う。うん。これ重要。超重要。
さて、では次行ってみようかー!
狙うはこのダンジョン最下層のレアボス。
〈王樹・エスター〉だな。
レアボスレアボス~。
今回はエステルに譲ったし、次の〈金箱〉を開けるのは俺かな?
俄然楽しみになってきたぜ!
俺たちはドロップを回収するとそのまま最下層まで進んでいった。




