#676 頼れるユミキ先輩、ぬいぐるみはどこにある?
「はぁいゼフィルス君、またのご利用ありがとね」
「仕事が早いなユミキ先輩も」
ユミキ先輩に連絡したところ、僅か1時間後にとあるラウンジで待ち合わせとなった。
要件はチャットで伝えてあるので、すでに情報が集め終わっているということだろう。仕事が早すぎる! さすがユミキ先輩!
待ち合わせ場所であるラウンジでセレスタンと待っていたら、時間ちょうどにユミキ先輩が現れた。
「そりゃゼフィルス君からの直接依頼だもの」
俺の依頼だと、仕事が早いのか?
「それに、面白そうだったしね」
「そっちが理由か」
「そりゃね。アレが欲しいということは使うということでしょ? 私の調べだと、少なくともここ数十年遡ってみてもアレを使用したなんて記録は無かったわ。つまり、迷宮学園・本校の記録上初となる試みなのよ。これは見逃せないでしょ?」
さすが〈調査課〉。1時間でそこまでの情報を頭に入れてきたのか。
いや、これはユミキ先輩が優秀なのか。
そしてユミキ先輩の言い分はとてもよく分かる。
記録に収めるというのが俺の目的にも合致するしなんの問題も無い。
むしろユミキ先輩を味方に付けられて幸運まであるな。
これも〈幸猫様〉のお導きかもしれない? うむ、きっとそうだろう。
「では早速、情報を聞かせてもらっても?」
「いいわよ。学園に存在する〈天魔のぬいぐるみ〉の所在だったわね」
そう、ユミキ先輩に捜索してもらったのは学園に現存する〈天魔のぬいぐるみ〉の所在だ。
最初は前にオークションに賭けられていた〈天魔のぬいぐるみ〉がどこにいったのか、【天使】と【悪魔】に就いたという人物が存在しない以上、現存するはずなので追いかけてもらおうとしたのだが、ユミキ先輩からどうせなら所在を全部確認して手に入りやすそうな所と交渉した方が良いと持ちかけられたのでお願いした形だ。
気軽に全箇所を特定するとか言い出す辺りユミキ先輩の実力の高さがうかがえるな。
「今学園にあって分かっているのは四つね」
「四つか」
多いのか少ないのか。超低確率ドロップだし、そんなものなのかもしれない。
いや、ユミキ先輩は分かっているのはと言った、つまり分かっていない物もあるということだ。そりゃあそうだ。公開されている物でなければ分かるはずがない。
「一つはあなたたちの所ね。〈テンプルセイバー〉が持っていたはずだもの」
「耳が早いな」
ユミキ先輩がニコリと笑う。
〈天魔のぬいぐるみ〉を二つも手に入れて何をしようというの? とその笑顔が語っていた。
それは就いてからのお楽しみってやつだ。
「残りの所在だけど、まず学園に一つあるわね」
「学園か!」
しかしそれなら話は早い。学園長には貸しがあるのだ。
〈放蕩獣鉄剣〉の時に返してもらおうかと思っていたアレだが、結局自分で確保しちゃったからな。まだ貸しが余っている。
それを使えば簡単に〈天魔のぬいぐるみ〉を確保出来るかもしれない。
と思ったのだが、ユミキ先輩の続きを聞いて俺は諦めざるを得なくなった。
「でも今の所非売品みたいよ。ほら、研究のために最低一つは在庫を保管していなくちゃいけないから」
「む」
……マジか。手が出せない品、というわけか。
研究のため、そう言われてしまえば俺は引き下がらずを得ない。
「他の二つは?」
「一つは〈獣王ガルタイガ〉が持っているわね。あそこは珍しい物とか手に入れると積極的に公開するから」
「ああ、なるほど」
客寄せ的な感じだろうか? もしくは〈決闘戦〉大歓迎というスタイルなのかもしれない。
いや、あのガルゼ先輩なら普通に「購入したい奴は言え」と言いそうだ。値段は高そうだが。
「そして最後はBランクギルドの一つ、――〈筋肉は最強だ〉、通称マッスラーズと呼ばれているギルドよ」
「最後とんでもないものが出てきたんだが?」
おいー。
俺の脳裏には入学式の時、勧誘合戦でどこにも負けず筋肉を見せびらかしながら勧誘してきた大男の姿が過ぎった。あそこにあんの!?
さらにあの可愛すぎる天使と悪魔のぬいぐるみの周りで裸族のマッチョがわっしょいしている光景も過ぎった。大変危険すぎる!
「ちなみに、例のオークションに賭けていたのはマッスラーズね。売れなくて戻ってきたみたいだけど」
マジかよ。
オークションは毎週日曜日にしか行なわれない。
つまり1日掛けてオークションを行なうが、買い手がつかなければ戻ってくるのだ。
え? 〈獣王ガルタイガ〉とマッスラーズの二択なのか?
俺の脳裏に、やっぱりダンジョンに行って自分で取ってこようかという考えが過ぎったが、すぐに首を振る。
時間が無いのだ。〈転職〉は明日と明後日行なわれる。それまでに準備しなくてはならない。
超低確率ドロップを今から狙うのは、時間的に見て難しい。
どちらかと交渉しなくてならないのは確実だった。
「またオークションには賭けられたりはしていないのか?」
「一度売れなかった物を再出品するのはあまり頭の良い選択とは言えないもの。それに以前出品された時期は4月。職業に就いていない一年生をターゲットにしたと思われるわ。それでも購入者は現れなかったのだもの、もうオークションに出品することはないでしょうね」
そうだよなぁ。ユミキ先輩の推測に俺も頷く。
やはり、どちらかと交渉することは確実なようだ。
うーむ、一度交渉した実績のある〈獣王ガルタイガ〉に行くかなぁ。
そんな俺の心境をまるで悟ったかのようにユミキ先輩が言う。
「それと、〈獣王ガルタイガ〉はダンジョン週間を有意義に過ごすため今は遠征の真っ最中よ。ダンジョンに〈テント〉を持ち込んでいるからいつ帰ってくるかは分からないわね。ちなみにマッスラーズは今から向かっても大丈夫だと思うわ。アポ取りは任せて」
最初から選択肢ないじゃん!
ええ? マジか!?
いやでも、考えようによっては悪くはない、か?
実は正直なところ、マッスラーズというギルドには興味があったのだ。
結構有名なギルドらしいからな。非常に強いギルドだと噂が絶えない。
まあ、あまり近寄るな的な噂も多いが。
俺はどうしますかという視線を向けてくるセレスタンに頷き、ユミキ先輩に返す。
「……まずはマッスラーズに行くか。ユミキ先輩、お言葉に甘えて、アポを頼んでもいいかな?」
「いいわよ~任せて。あ、それと、今回のお仕事の金額はこれくらいになるので入金宜しくね」
「……確認した、セレスタン、頼む」
「畏まりました。ユミキ様、〈学生手帳〉をお願いいたします」
「はいはい。―――ん、確かに入金確認したわ。ゼフィルス君、今後も何かあったら私を指名してね。すぐに仕事するから~」
ユミキ先輩の〈学生手帳〉にセレスタンが〈学生手帳〉を近づけて依頼料を振り込む。
ユミキ先輩はギルドに所属していないので直接入金だ。
そうしてユミキ先輩は最後にマッスラーズのアポを取った後、そのまま風のように去って行った。去り際も早い。
俺もユミキ先輩から送られてきた地図データを頼りに、Bランクギルドハウスが建ち並ぶ区画、通称〈B街〉へ向けて歩き出したのだった。




