#661 最終本拠地戦。決着は〈保護バリア戦法〉!
「『そこで残っていた部隊は撤退していきましたわ』」
「いや、メルトはよく相討ちで上級職を討ち取った。ということは今の人数差は7対13になったのか」
リーナから西の戦いの様子を聞き、盤上の予想戦略図を頭の中で弾く。
現在俺たち南東側の戦闘もレナンドル先輩を倒した時点で【クルセイダー】と【テンプルナイト】の男子は撤退を開始した。
追撃して討ち取るチャンスだったのだが、ノエルが退場した影響が思いのほか強く、俺たちはこの場に留まる選択をしたのだった。
「の、ノエルちゃんがやられちゃったよー」
「すみません、私が抑えつけられなかったばっかりに」
嘆いているのはラクリッテだ。いつも一緒にいる仲良しコンビだからか動揺も大きかったようだ。
シェリアも【クルセイダー】男子を抑えつける事が出来なかった事を悔やんでいる様子だ。
だが仕方ない。相手は上級職だし対人で名を馳せたギルドだ。こっちはまだまだ経験不足なんだし、むしろよく頑張っていたと褒めるべきだろう。
「全然大丈夫だ。ノエルだって退場しただけだしな」
「そうなのです。試合が終われば会えるのですよ! ノエルお姉ちゃんだって無事なのです! 怪我はないはずなのですよ」
「これからまた頑張れば良いさ」
「は、はいー」
「そうですね。はい。次こそ頑張ります」
うむ。ゲーム〈ダン活〉時代にもお気に入りのキャラが退場して嘆く人は居た。
大切に育ててきたキャラだ、キャラクターメイキング時代から一生懸命考え、作り込み、そして育成する。キャラに話かけたりして自分の家族や恋人みたいな心境になる、そういう人は結構多いのだ。
試合が終わればノエルにはまた会えるが、ラクリッテみたいになる人は俺にとってわりと見慣れた光景だ。
攻略サイトの掲示板にはキャラがやられて悲しいレス専用部屋みたいなものもあったからな。絶叫する人もいたが。
まあ、こういうのは大抵女の子から励まされれば復活すると相場が決まっている。
後はルルに任せよう。多分ルルに掛かれば一撃だ。
「ゼフィルス、レナンドル先輩を抑えきれずすまない」
「いや、リカは十分過ぎるほど頑張った。レベル差もあったし慣れない上級職に就いての初試合であれだけ元Aランクギルドのギルドマスターに食らいつけたら大健闘だろう?」
「そう言ってもらえるとありがたい。次はもっと精進しよう」
リカはレナンドル先輩を抑えられなかったことに責任を感じているらしいが、あれは仕方ない。むしろよく対処できていたと思う。
レナンドル先輩は最上級生であり、ギルドマスターの意地を見せたのだ。
「ゼフィルスさん、レナンドル先輩を圧倒して倒すなんて、凄いです!」
そしてキラキラした瞳で俺を見るのはアイギスだ。
先ほどレナンドル先輩を追い詰め、屠った光景は勇者としてちょっと大人げないというか、反撃できない後ろから斬りつけたし、ちょっと勇者っぽく無いかなと思ったのだが、しかしアイギスからはそうは映らなかったらしい。
尊敬の目で見つめられている気がする。いや、照れるぜ。
「ゼフィルスさん、これからどうするデース」
「そうだな。回復も終わったし、まずは小城確保の続きをしよう。リーナからの報告によれば相手の人数は7人にまで減ったらしい。小城でプレッシャーを掛ければ相手は攻めに転じるしか無くなる。時間的に本拠地に誘って守って勝つ――リーナもそれでいいか?」
「『わかりました。シエラさんたちにも伝えておきますわ』」
「さて、では俺とアイギス、パメラとリカ、ルルとシェリアとラクリッテでチームを組む。小城確保再開だ」
「「「はい!」」」
「リーナ、西には別途作戦を伝える」
「『わかりましたわ』」
ラクリッテはだいぶショックから立ち直ったのでそのまま小城マス確保に加わらせた。
〈テンプルセイバー〉はリーナの報告では一度本拠地に集合したらしい。
西側では部隊長だったカサンド先輩がやられて、即撤退したらしいからな。
大打撃を受けたのだから一度集まり体勢を立て直すことは必要だろう。
俺たちはその隙に小城マス確保の続きに出る。
ポイント〈『白13880P』対『赤12320P』〉〈ポイント差:1,560P〉。
〈巨城保有:白3城・赤3城〉
〈残り時間10分46秒〉〈残り人数:白13人・赤7人〉
小城で440Pのリードを許している現在。小城差がどんどん少なくなってきた。
相手は巨城をもう一つ落とせば逆転だ。だがここで小城を逆転されると巨城を二つ落とさなくてはいけない。そしてこのままでは小城で逆転するか否かのギリギリという所。
〈テンプルセイバー〉は巨城二つを落とすのは難易度的にとても高い。時間も無い。
レナンドルギルドマスターと、カサンド先輩を失った〈テンプルセイバー〉は、この状況を打破するために動かざるを得なかったようだ。ルーシェという女性騎士が指揮を執り、焦った〈テンプルセイバー〉は再び巨城を狙いに南東へ攻めてきたのだ。
数は5人。残り2人は西側にいるらしい。
ただ、残念なのが、俺たちは巨城を渡しても別にいいと考えている点だな。
「こうなることは読んでいた。リーナ、今だ」
「『はい! シエラさんたちを向かわせます!』」
俺たち〈エデン〉はこの〈南東巨城〉狙いに対し、7人で対応した。
東側のメンバーで、〈南東巨城〉へ向かう〈テンプルセイバー〉を止めず、少し遅れて登場して見せたのだ。
〈テンプルセイバー〉は当然対応。〈南東巨城〉を2人で削っている間3人が俺たちの相手をしてきた。防御を主体にした守りの戦法で、俺たちを抑えつつ先ほどより慎重に、もう退場者が出ないよう防御寄りの構えでぶつかってくる。
俺たちも時間稼ぎに徹した。
なぜこんな戦いを選択したかというと、俺たちの狙いが相手の本拠地にあるからだ。
――相手が攻めに出ている時に本拠地を狙う、カウンター戦法。
そのころ西側メンバーは〈テンプルセイバー〉の2人が保護バリアを貼って侵攻を防ごうとしてきたが、2人では限界があった。
シエラたちはマスの綻びから抜けて南下し、相手を迂回するようにして本拠地へ直接向かったのだ。
まあ相手がそれを見逃すはずは無い。
〈テンプルセイバー〉の方が足が速いのだ。すぐに追いつかれてしまう。
回り込み、なんとか抑えようと努力するも〈エデン〉は今回ラナも含め、上級職が5人もいた。
多勢に無勢で〈テンプルセイバー〉2人は本拠地へと押し込まれ、そのうち1人はカルアに追いつかれ、やられて退場してしまう。
本拠地へたどり着いたラナたちも、そのまま本拠地の攻略に入り、〈残り時間7分29秒〉でこれを陥落させることに成功したのだった。
「やったわ!!」
「お見事ですラナ様!」
「『ゼフィルスさん、ラナ殿下たちのカウンターが決まりましたわ!』」
「よっしゃナイス!!」
本拠地が落とされると落とされたチームが持っていた巨城は全て相手に奪われる。
少し可哀相だったのが〈南東巨城〉攻略チームで、せっかく2人でせっせと巨城のHPを削っていたのに、〈南東巨城〉をついに落とし、〈テンプルセイバー〉の赤色に染めたと思った、次の瞬間には白チームの物に染まっていたところだろう。
奪った瞬間、奪い返された〈テンプルセイバー〉の巨城落とし担当はしばらく呆然としていたほどだった。
本拠地を落とされれば仕切り直し、お互い自分の本拠地へ戻って本拠地が落とされた2分後に試合が再開される。
これほど大きなアリーナだと戻るだけで2分以上掛かるので、どちらかの本拠地が落ちた20秒後にそれぞれの選手の足下に転移陣が現れ、それぞれの本拠地へと送還される。
俺たちもすぐに白の本拠地へと送還された。
試合再開は〈残り時間5分29秒〉だな。
ポイント〈『白22480P』対『赤14420P』〉〈ポイント差:8,060P〉。
〈巨城保有:白6城・赤0城〉〈小城差:60P(逆転)〉
〈残り時間7分09秒〉〈残り人数:白13人・赤6人〉
大勢は決した。
〈テンプルセイバー〉の勝ち筋としては、もう本拠地を落とす以外の道が無い。
全力で本拠地へ攻めてくるだろう。〈エデン〉は守れば勝ちだ。
「全員に作戦を通達する。〈保護バリア戦法〉で勝つぞ。リーナはブクマを頼む」
「はい! 『ギルドチェーンブックマーク』!」
仕切り直しの2分間で全員に作戦を共有し準備万端で出迎える。
案の定、赤本拠地のHPが全回復し、仕切り直しが終わる通称〈保護明け〉と同時に〈テンプルセイバー〉は飛び出し、白本拠地へ目指して一塊で進行してきた。
〈エデン〉の対応はというと、全員が白本拠地で待機中だ。
「さーて最後の仕上げだ。〈保護バリア戦法〉。タイミングは〈残り時間3分50秒〉だ。みんな準備は良いな?」
「もちろんよ!」
さて、ここで本拠地の防御戦法をお披露目しよう。
〈城取り〉では本拠地は周りに何も無いだだっ広い位置に配置される。これはルールで決まっている。
つまり、上下左右斜め、周囲の隣接8マス360度、どこからでも攻撃が可能というわけだ。
これは、防衛するのがかなり厳しい。
周囲8マスどこから攻撃が来るか分からない状態で防衛するのはかなり骨だ。
というより本拠地に張り付かれた時点でアウトだと俺は思っている。
じゃあどうするのか? そこで利用するのが保護バリアである。
保護期間2分間はマスに侵入できない。
このルールを使い、周囲に2分間のバリアを貼るのだ。そうすると、本拠地は2分間周囲の警戒をしなくても良くなる。
まあ実際は初動で白マスにした部分は保護期間にできないので本拠地の隣接2箇所から攻撃を受けるな。初動で踏んだのは〈北西巨城〉へ向かうために踏んだ西マスと、〈南東巨城〉へ向かうときに踏んだ南東マス、この二箇所からは〈本拠地〉へ侵入することが出来る。
ほら、相手の侵入経路が限定できた。
あとは待ち構えていれば良い。
そうして俺たちは残り時間が3分50秒を差した時点で行動を開始する。
「『亜隣接を確保ですわ!』」
亜隣接とは隣接のさらに隣、つまり本拠地の2マス隣のマスという意味だ。
リーナの声と共に担当メンバー達が散り、亜隣接を確保する。亜隣接は16マス、そのうち2マスが白マスなので残り14マス確保だ。人手が足りないので多少時間はズレる箇所があるが〈テンプルセイバー〉がまだいないので問題無い。
第四アリーナは広いので、いくら騎乗しようとも赤本拠地から白本拠地まで彼らの足でも2分は掛かる。
これで白本拠地の亜隣接の侵入は出来なくなったな。
そうしていると、思っていた時間ぴったりに〈テンプルセイバー〉の騎馬5人が見えた。
方角は南東側。
西からは来ていないため戦力を南東の白マス亜隣接に集めた。
「ラナ、ぶっ放せ!」
「任せといて! ――『大聖女の祈りは癒しの力』! ――『大聖光の四宝剣』!」
〈白の玉座〉を装備したラナの遠距離攻撃。
遠距離から迎撃できるってやっぱり便利だよ。
しかし、さすがは【騎士】の上級職。防御スキルを発動し防いでしまう。
じゃんじゃんラナが放つが、結局直撃した魔法は皆無だった。さすがに正面からの攻撃は防がれるか。
だが、時間を多少稼ぐことは成功した。
俺たち〈エデン〉はタイムアップを待てば勝利が確定するため時間を稼げばいいのだ。
「ルーシェ隊長! 周囲は保護期間で入れません!」
「空いているのはあそこだけのようです」
「1年生なのになんて優秀なのですか」
俺の耳が向こうの会話を拾う。向こうも馬蹄に負けない大声で会話しているのでここまで聞こえるのだ。
どうやら西側は見えていない様子だな。全員がこっちに来るようだ。西には念のためシズのトラップを仕掛けておいたのだが、残念。
「突撃します! 『チャージ』!」
「「「『チャージ』!」」」
相手が次の突撃ダメージが上昇する溜めスキルを使ったな。
「シエラ、ラクリッテ、リカ、止めるぞ」
「任せて」
「が、頑張ります!」
「承ったぞ」
「ラクリッテ前へ、ユニーク発動」
「ポン! ユニークスキルは夢幻の巨塔――『夢幻四塔盾』!」
簡易要塞とも言われたラクリッテのユニークが顕現。
突撃を止めるにはこれが一番だ。
そして激突。
ラクリッテの『夢幻四塔盾』は顕現した瞬間が一番硬く、時間が経つにつれて幻に変化、最後は消えてしまう夢幻の塔だ。
しかし、所詮は下級職のユニークスキル。
単発ならば耐えられるが、さすがに上級職の5人の突撃は相殺しきれず破壊されてしまう。
しかし、勢いはだいぶ落ちたな。
「『カバーシールド』!」
「『二刀斬・氷雪月下』!」
そこへシエラとリカが躍りかかり突撃を完全に受け止める。
「側面から失礼いたします。『騎槍突撃』!」
「『レギオンチャージ』!」
そこへ側面から〈馬〉に騎乗するアイギスと、〈蒼き歯車〉を使ったエステルが突撃する。
そこからは良い感じの乱戦だ。相手の練度の高い集団騎馬突撃は完全に封じたな。
「諦めるな! 保護期間さえ明ければまだ勝機はある!」
「残念だが、そんな勝機を俺が残しておく訳がないんだよな」
「『隣接マス確保ですわ!』」
〈残り時間2分00秒〉リーナの声が届き、カルア、ルル、シェリア、シズ、パメラによって本拠地の隣接マスも確保されてしまう。
これでタイムアップまで保護期間が明けることは無い。
「な、なんですって!」
向こうの隊長さんがずいぶん驚いていた。
これが〈保護バリア戦法〉。保護期間のマスで本拠地を囲い、相手に隣接を取らせない強力な戦法だ。
周囲から本拠地を囲む事が出来なくなった〈テンプルセイバー〉はもう俺たちを突破するしか無いが、そんな時間があるわけも無く、ヒーラーが追いつく前に結局、〈テンプルセイバー〉は〈エデン〉を抜けずにタイムアップを迎えてしまうのだった。
「ああ……」
ポイント〈『白22680P』対『赤14840P』〉〈ポイント差:7,840P〉。
〈巨城保有:白6城・赤0城〉
〈残り時間0分00秒〉〈残り人数:白13人・赤4人〉
――勝者、〈エデン〉。




