#653 リーナの戦略、巨城を諦め各個撃破を狙え!
「な、なんだとーー!?」
カサンドの驚愕の叫びが轟いた。
―――〈ジャストタイムアタック〉戦法。
これが見事に決まった。
一斉攻撃ではない、〈ジャストタイムアタック〉は一斉着弾攻撃だ。
着弾時間を合わせることで相手の差込率を最小限に軽減する。
その時間が試合開始4分ジャストだ。
この〈北西巨城〉に配置されたメンバーはすでに〈ジャストタイムアタック〉を習熟し、タイミングを合わせる技術を手に入れていた。
これにより、バフを施した7人による一斉着弾攻撃なら、巨城のHP3割以上を一気に吹き飛ばすことが可能だ。
そのため、試合開始4分までに巨城のHPを3割まで減らしておけば後は〈ジャストタイムアタック〉で〆ることが可能になるという寸法だ。
ここでポイントなのが巨城のHPを3割まで削る役割は敵でも味方でもどちらでも良いという点だ。
巨城の削られ方、削るスピードを調整しなければならないのでそこそこ高度な技術である、ミスれば相手に取られてしまう。だが練習すれば意外と出来るものだ。
本当ならば〈テンプルセイバー〉が攻撃を始めた段階で、エステルやカルアもHPの調整を行なうはずだったのだが、さすがは元Aランクギルドであり、上級職を多く抱えるギルド、5人全員が足並み揃えて巨城に即凸したために、巨城を削るスピードが思いのほか速く、エステルたちがHPを調整するまでもなかった、というのが真相だ。
実はエステルたちはああ見えて、巨城が開始4分以内に落ちてしまわないか、とても心配していたのだ。
しかし、さすがは〈エデン〉のメンバーたち。しっかりと見極め、プレッシャーの中、攻撃しないを選択し、見事に4分ジャストに先取して巨城を持っていった。
カルアとエステルはナイス我慢である。
「次、〈中央西巨城〉ですわ!」
リーナの指示が飛ぶ。
この〈12つ星〉フィールドの巨城は、位置的に守ることが難しい。
〈北西巨城〉は最優先でゲットする、しかしそうすると相手に〈中央西巨城〉が狙われてしまうために2つとも確保することが難しいからだ。欲張った結果、二兎を追うものは一兎をも得ずになることもある。
赤チーム〈テンプルセイバー〉は〈北西巨城〉を確保するのと同時に〈中央西巨城〉を守らなければならず、戦力を分けていた。〈北西巨城〉に5人しか来られなかった理由である。
ゼフィルスもリカとアイギスに〈中央東巨城〉を守らせていたので〈テンプルセイバー〉の動きは最善の結果だったと言える。
「エステルさんとカルアさんはブクマの方へ!」
「はい、行って参ります」
「ん、任せて」
リーナの指示でエステルとカルアが再び先行する。
次のブクマ指定地はZ型観客席の隣接マス確保だ。
ここは赤マスになっているが、もう保護期間が切れるので通行可能となる。
さらには赤マスなので相手に取られて保護期間で進めないという心配が無いのが利点だ。
赤マスを踏みながらエステルとカルアがブクマの場所を確保し、さらにはそのまま南下、〈中央西巨城〉を目指そうとする。
しかし、残念ながら〈テンプルセイバー〉の別働隊によって〈中央西巨城〉周辺に保護バリアが張られ、道は閉ざされてしまったようだ。
だが、これは想定内。エステルとカルアの目的は別にある。
「ラナ様、お願いいたします――『戦場物資』!」
「私の出番ね!」
シズの四段階目ツリー『戦場物資』が発動。これはセレスタンの『こんなこともあろうかと』の強化版だ。
つまりはスキル版〈空間収納倉庫〉である。〈空間収納鞄〉を持ち込むことができない〈城取り〉では非常に有用なスキルである。
そして発動直後に空間が揺らぎ、次の瞬間には巨大な椅子、〈白の玉座〉がその場に鎮座していたのだった。
すぐにラナがそこに座り、装備する。
「行くわよ――『大聖女の祈りは癒しの力』! ――『大聖光の四宝剣』!」
「な、なんだとぉ!?」
エステルとカルアが〈中央西巨城〉へ向かえば必ずカサンドらは急ぎ〈中央西巨城〉へ向かう。保護バリアは2分しか効き目が無いからだ。時間稼ぎしかできない。
すぐに援軍を送り、カサンドらはエステルたちの進行を阻もうとする。
すると、〈中央西巨城〉へ向かうためにカサンドら5人は必ず赤マスを跨ぐ必要がある。ここが狙いだ。
一度保護期間が終わったマスは、相手に取られない限り保護期間は発生しない。
つまり対人に厄介な保護バリアが無いのだ。この赤マス(図J-17付近)は対人を仕掛けるにうってつけのマスなのである。
そしてラナの出番、四つの光の宝剣がカサンドらの部隊へと飛んだ。タイミングバッチリである。
〈白の玉座〉によってマスによる減退を無視した攻撃がカサンドらを襲った。しかし、
「なんのこれしき! 『ダークオブシールド』!」
「受け止めるわよ! 『ナイトガードセカンド』!」
相手は騎士。
当然防御スキルは豊富に持っている。
〈馬〉に騎乗したまま盾を向け、ラナの宝剣に対して防御スキルで受けに出たのだ。
だが、それは狙い通り。
「まだまだ行くわよ! 『聖光の耀剣』! 『聖光の宝樹』! 『光の刃』! 『光の柱』!」
「むおおおぉぉぉ!?」
遠距離からの一方的な攻撃が無慈悲にカサンドの部隊を襲う。
側面やや後ろから来る攻撃に隊は足並みを揃えることが出来ず乱れてしまう。これは防御スキルを移動しながら発動することは出来るが、アクション中は行動に大きく制限が入ってしまうために足並みが崩れてしまうためだ。だからこそ防御スキルはしっかりどっしり構えた状態で使うことが望ましいとされている。
そして足並みが乱れ、バラバラになってしまえばこっちのもの。
エステルが1人離れてしまった騎士へと狙いを定めた。
「覚悟!」
「くっ、私狙いですか!」
狙われたのは上級職、中の上、さきほど『ナイトガードセカンド』でラナの攻撃を受け止めた【クルセイダー】に就く女騎士。
タンク特化の【騎士】系職業だ。そのため先ほどのラナの攻撃を多く受け止めたことで部隊から遅れてしまったのだ。
各個撃破狙い。
他のメンバーが気が付いたときにはすでに遅し、ラナの攻撃を受けてバランスを崩しており、さらには出遅れたメンバーの下へ戻るためにUターンしなければならず時間が掛かる。
馬は直線では速いがUターンは苦手なのだ。
「お覚悟ください」
「受けきって見せるわ。――ユニークスキル『テンペストシールド』!」
さすがは上級生、一瞬で状況を見定め馬から飛び降りると、暴風を纏ったシールドで防御の構えを取った。他のメンバーがフォローに駆けつけるまで凌ぐ構えだ。
『テンペストシールド』は一定時間、攻撃を吸収し、遠距離攻撃を逸らすユニークスキルだ。盾が光ったかと思うと女騎士の周りに暴風が吹き荒れ、近づくことを大きく制限してきた。
攻撃を吸収するし遠距離は逸らされてしまうために非常に固い防御スキルである。
しかし、このユニークスキルには弱点がある。
「ん。『突風』! 『悪路走破』! 『64フォース』!」
カルアが暴風の中を『突風』スキルで活路を生み出し、『悪路走破』で懐まで接近、〈四ツリ〉スキル『64フォース』を叩き込んだ。
さらに、エステルも続く。
「ユニークスキル――『姫騎士覚醒』! 『オーバードライブ』! 『ロングスラスト』! 『トリプルシュート』! 『閃光一閃突き』! 『ロングスラスト』! 『プレシャススラスト』! 『ロングスラスト』! 『トリプルシュート』! 『レギオンスラスト』! 『ロングスラスト』! 『プレシャススラスト』! 『閃光一閃突き』! 『戦槍乱舞』!」
「へ? ちょ、ちょ、ちょっと待って『姫騎士覚醒』!? 待って、やだ、待って、やーーー…………」
【クルセイダー】女子に猛攻撃が刺さった。
エステルはカルアの後ろから『オーバードライブ』で接近、LV10という強力なダッシュスキルは暴風をものともせず走りきり、【クルセイダー】女子に攻撃が届いたのだ。
【クルセイダー】女子も最初は攻撃を吸収回復していたが、ある一定数の攻撃を受けるとまったく吸収しなくなり、しかしアクションは継続したままで思うように動けないところを猛攻撃されてそのままHPがゼロへ、【クルセイダー】女子が最初の退場者になってしまった。
そう、この『テンペストシールド』には吸収限界がある。当たり前だ、永遠に吸収し続けるなんてそんな効果が有るわけが無い。
もちろんこのユニークスキルの効果を知っていた騎士エステルは対抗手段として『姫騎士覚醒』を選択、『テンペストシールド』の吸収量を遥かに超える攻撃を繰り出してオーバーキルで退場させてしまったのだ。
これはエステルの新装備、〈マテンロウ〉による『貫通強化LV10』が大きく働いていた。『貫通強化』は相手の防御スキルを貫通し、ダメージのカットを弱めてしまう。そして『テンペストシールド』はがちがちの防御スキルだったので、『貫通強化』によって大ダメージを被ったのだった。
「なんだと!?」
「馬鹿な!」
まさに瞬く間の攻防。
カサンドらが大きく動揺した。
試合開始5分で早くも上級職が1人退場したのだ。後が無い〈テンプルセイバー〉として、この状況はあまりにもまずかった。
「ぐっ、うろたえるな!」
カサンドが活を入れる。
「集まれ! バラバラに行動するんじゃない!」
まさにエステルとカルアに敵討ちをしようとしていたメンバーを呼び止める。
その言葉にメンバーたちもハッとして集まっていく。
ここで激情に任せて相手に向かうのは愚の骨頂。相手は2人なのだ。空から来る攻撃はすでに止んでおり、相手の狙いが各個撃破だと分かる。
そんなところに1人で突っ込むのは〈エデン〉からすればカモがネギを背負ってやって来たのと同じだろう。
味方がやられたからこそ、冷静に次の一手を判断する必要があった。
「さすがは〈テンプルセイバー〉ですね。取れたのは1人でしたか」
「ん、十分。撤退する」
「はい」
エステルたちは〈中央西巨城〉が取れないと判断したときから各個撃破を狙っていた。
しかしエステルとカルアがいくら上級職とはいえ、上級職を含む騎士4人を相手にするのは難易度が高い。しかも、相手は対人で名を轟かせていた〈テンプルセイバー〉だ。数的不利の場合は戦わないのが賢明である。相手が体勢を立て直したと見るや、エステルたちはすぐに撤収した。
「引くか……。深追いは不要! 俺たちはまず〈中央西巨城〉へと向かう!」
「「「おおーー!!」」」
カサンドらはエステルが引いたのを見た後、深追いはしないと決め、まずは守る事の出来た〈中央西巨城〉の陥落を狙うことにする。エステルたちが他の5人と合流すればカサンドらとて負ける可能性が濃厚だからだ。
それに今のカサンドの部隊にはヒーラーがいない。
今までヒーラーがいるのが当たり前になっていたカサンドたちにとって、ヒーラー不在は攻勢を仕掛けるにあたり、弱気になる原因となっていた。




