#635 円卓の間での話し合い後半。『装備以外全部』
先ほどからやけにカサンド先輩はタバサ先輩の方を見ている。動揺が激しい。
もしかしたらギルドがどうのというのは建前で、本音はもっと別のところにあるのかもしれない。タバサ先輩に出て行って欲しくないと本気で考えているようだからな。
「カサンド、覚悟を決めろ。我らは勝たなければならないのだ」
ふむ、レナンドル先輩は問題解決の道が見えているな。しかし、相手が悪いぞ?
カサンド先輩の動揺は多分、最近の〈テンプルセイバー〉の負け続けが響いているせいだろう。世の中には負け癖というものがある。以前まで勝ち続けていたのにたった1回の敗北でその後も敗北が続くという、恐ろしい現象だ。これにも妖怪が関わっているという話を聞くが定かではない。
そのせいかカサンド先輩は勝つことより負けることを極度に恐れているのだろう。また負けたらどうしよう、と。負け癖が付いてしまった元強者の雰囲気に良く似ている。
「では〈テンプルセイバー〉タバサ女史に問おう。問題はあるかい?」
「いいえ。ありません」
ユーリ先輩の問いにタバサ先輩はゆっくりと首を振った。
これで〈テンプルセイバー〉側の過半数の賛同と、賭けの対象本人の了承が出た形だ。
カサンド先輩が何を言おうが覆らない。
「では、先ほどの続きだ。レートが釣りあっていないためこのままでは〈決闘戦〉を認めることは出来ない。〈エデン〉側はさらに希望を提示してほしい」
〈決闘戦〉は賭けの内容がかなり重視される。レートが釣りあっていないと勝負をすることも出来ないのだ。
「ユーリ先輩、タバサ先輩は上級職の【メサイア】だ。しかも装備している上級装備ごと欲しいと要求している。あとどのくらい足りないんだ?」
〈白の玉座〉は確かに有用で激レアのレアボス〈金箱〉産だ。
とはいえゲーム〈ダン活〉時代のレート的に、〈上級転職チケット〉を使った高の上の職業持ちと上級装備一式なら値段的に釣りあいが取れると思う。
しかし、これはゲーム時代の感覚だ。
「確かに、本当にタバサ女史を賭けの対象にするのなら、いやそれでも足りないのだけど、今は状況が変わっている。学園側はすでにタバサ女史の〈テンプルセイバー〉の脱退を認めることに決めている。発表は明日の予定だったけれどね」
〈テンプルセイバー〉側もその情報を知らなかったのか男子2人がガバッとユーリ先輩と学園長のほうへ向いた。学園長は髭をさすりながら頷くだけだ。ユーリ先輩の説明は続く。
「つまり、タバサ女史が〈テンプルセイバー〉から〈エデン〉へ移籍する、この工程自体がすでに賭けの対象に出来ない状態だ。できるのはせいぜいタバサ女史が〈エデン〉に加入したあと、これの介入や口出しを禁ずるくらいだろうね。そうなると、レートはあまり上がらない。上級装備も〈白の玉座〉とはまったく釣り合ってないから。後要求するレートは、これくらいかな?」
「そんなにか」
そのレートに驚く。
タバサ先輩はすでに〈テンプルセイバー〉をやめたも同然なので賭けの対象にならないそうだ。俺が求めた中で対象となるのはタバサ先輩が使用している装備やアイテムくらい。
いくら上級装備一式とはいえ、今価値が爆上昇中である〈白の玉座〉とはまったく釣り合いになっていないという。
「そういうわけで、〈エデン〉にはまだまだ要求権が存在する。何か欲しい物は無いのかい?」
「欲しいものか……」
「いや、逆かもしれないな」
「ん?」
話の途中でユーリ先輩が顎に手を当てて考え出したかと思うと、要求の矛先を俺たち〈エデン〉からなんと〈テンプルセイバー〉に変えてしまった。
「レナンドル。そもそも〈テンプルセイバー〉に〈白の玉座〉と釣り合うだけの価値がある品はあるのかい? いや、〈テンプルセイバー〉の全財産はどのくらいだい?」
おおっと! ここでユーリ先輩がとんでもないことを言ったぞ。
確かに考えてみれば〈白の玉座〉は今やとんでもない価値だ。レートが釣りあうものが出せないから〈決闘戦〉は無しも十分ありうる。
ならば、最初から〈テンプルセイバー〉の全財産の提示という要求はまっとうだった。
果たしてレナンドル先輩の反応は?
「……やはりそうなるよな。用意してある。これだ」
なんと! 〈テンプルセイバー〉は予めこうなることが予想できていたかのように紙の束をユーリ先輩に提出した。
それをぺらぺら確認したユーリ先輩が顎に手を当てて考え込む。
そして学園長にも意見を聞いた後こう言った。
「これは、ギリギリじゃないか?」
何がギリギリなんだろう? ちょっと怖くて聞けない。
「ふむ。ゼフィルス君、ちょっといいかい?」
「もちろん構わない」
呼ばれたので立ち上がってユーリ先輩のところへ向かう。そして先ほどの紙を見せてもらった。そこには〈白の玉座〉のレートと〈テンプルセイバー〉の持つ品の目録が書いてあった。
「これがこのくらいね。それで〈白の玉座〉の価値がこれくらい。すると〈テンプルセイバー〉の大体全財産くらいの価値になるね」
「マジか、〈白の玉座〉ってどんだけ価値高いんだよ」
「現在もっとも強力な装備の一つと言われているからね」
「あ~、なるほど」
マジか~。
〈テンプルセイバー〉さん。そもそも持ち物全部出さないとレートに届かなかった件。
これどうするよ?
「かまわない」
そこでレナンドル先輩が口を開いた。
「何?」
「俺たち〈テンプルセイバー〉が賭けるものは、全てだ。これは〈テンプルセイバー〉メンバーの総意である。これで〈決闘戦〉を受けてくれるか?」
こっちもとんでもないこと言い出した!
ギルド全部を賭けるから〈白の玉座〉を賭けてほしい。今ココ。
全部って、本気か?
〈テンプルセイバー〉にとって、〈白の玉座〉はそこまでしてでも取り戻したいものなのか。思わずタバサ先輩に視線を向けるとなぜかニコリと笑って頷いていた。
そのニコリ、どういう意味だろう? 私の装備を賭けたのだからみんなも賭けるのが道義よね、とかそんな意味だったりするのだろうか?
「なるほど。それなら成立するね」
「いやいやいや、ジャストアモーメント!」
ユーリ先輩が普通に頷いたものだから思わず待ったを掛けてしまった。
「レナンドル先輩、この全部というのはあなた方の装備全ても含まれるのか?」
「当然だ」
「いやダメだろう」
おい。思わず素で返してしまったぞ。
「タバサ先輩が脱退する理由を忘れたのか? 今身につけている装備はいくらなんでも賭けちゃだめだろ」
この〈決闘戦〉を受けた理由の一つが恨まれても困るというものだったのだ。
さすがに装備まで賭けさせるわけにはいかない。同意したとしても絶対後で恨むだろ。
「しかし、我らの持つ品の中で最も価値があるのはこの装備なのだ。これが賭けられなくてはどの道〈決闘戦〉は成立しないぞ。俺たちだって以前のことは反省し、ちゃんとメンバー全員の承諾は得ている」
「ダメだ。装備だけは賭けさせない」
装備は魂だ。ステータスだ。
〈ダン活〉の世界はな、レベルも、ステータスも、アイテムも、そして装備も大事な物なのだ。何一つ欠けてはいけない。
ギルドの全財産賭けるって〈テンプルセイバー〉よ、それ負けたら何も残らないじゃないか!
それに使用している装備は愛着もあるだろうし、それを賭けてもらうのはこっちの気が咎める。だって手に入れたところで売るか倉庫で埃を被るかの二択なんだもん。さすがにそれは無理だ。可哀想過ぎる。
「しかし!」
「いい。分かった。――ならユーリ先輩、学園長、〈テンプルセイバー〉が今身につけている装備だけは賭けの対象から外したいですが、それでレートが釣りあう方法はないでしょうか?」
「ふむ。いくつかあるの」
「それでお願いします!」
「ふふははは」
ユーリ先輩に笑われてしまった。いや、結構真剣だぞ?
「うん。やっぱりゼフィルス君にラナを預けて正解だったようだ。分かった。じゃあ〈テンプルセイバー〉が賭けられる財産以外の物も提示していこうか」
おお。さすが学園長とユーリ先輩。話が分かる。
レナンドル先輩とカサンド先輩が呆気に取られ、タバサ先輩がジッとこっちを見つめる中、俺たちは〈テンプルセイバー〉から他に毟り取れる部分は無いか相談した。
「でしたらランクを賭けていただくのはいかがでしょう? 〈テンプルセイバー〉が持つCランクの席とこのギルドハウスを賭けてもらうのです」
これはセレスタンのアイデアだ。
「え? それってありなのか? だって〈ランク戦〉なら賭けるまでもないだろう?」
「ですが上位のギルドへの挑戦には挑戦料がかかります。加えて上位側は〈ランク戦〉で防衛した、という実績が得られないため、それなりの痛手になります。また、今の〈テンプルセイバー〉は人気の的なので、おそらく〈ランク戦〉で当たることは難しいかと思われます」
セレスタンが言う挑戦料とは下位ギルドが上位ギルドに〈ランク戦〉を仕掛けるときに渡すもので、まあ、名前のまんまだ。Dランクからは上位に上がるために費用が掛かる。そうしないと上位ランクのギルドは本当に何も得られないからな。
ちなみにDランクからCランクへは1万QP掛かる。お金に換算すると1000万ミールだな。なるほど、確かに悪くない。
さらに上位側は〈ランク戦〉で勝利すると、防衛実績というのが与えられて1ヶ月は下位ギルドからの〈ランク戦〉を拒否することが出来るルールがある。しかし〈決闘戦〉ではこの防衛実績は与えられない、そのため「安息の1ヶ月」を賭けるのと同じ意味を持つことになる。
ついでに言えば現在〈テンプルセイバー〉はランク落ちし、1ヶ月〈ランク戦〉を仕掛けられない安息期間中だ。それを賭けろというのだからそれなりの価値を持つ。
誰だって落ち目のギルドに〈ランク戦〉を挑みたいからだ。安息期間が明けたとき〈ランク戦〉希望者が殺到すると、そこから学園がランダムに抽選で決めることになる。
それを無視してお先に失礼でランクを賭けさせることができるのは大きい訳だ。だからこそそこに価値が生まれてくる。
「悪くないね。でもそれでもちょっと足りないな」
ユーリ先輩の言葉に頷く。
しかし、物でなくても良いというゲーム〈ダン活〉時代には無い賭け方だ。ちょっと面白くなってきた。
そこからは目録をポイっちょし、どんな物が賭けられるのかを聞いていった。
時にはタバサ先輩の希望を聞くこともあった。その時の言葉がこちら。
「レナンドルたちは下部組織からやり直したほうがいいと思うわ。ダイアスたちとチェンジで」
「「!?!?」」
とても辛辣な言葉が飛び出した。
ずいぶん鬱憤を溜め込んでいた様子だ。
カサンド先輩の絶望の表情がすごい。
それが決め手になり、〈エデン〉と個人的なつながりのあるダイアス先輩がレナンドルギルドマスターとチェンジすることも条件に加わり、摺り合わせに決着がついた。
どうやら俺たち〈エデン〉が勝った場合、親ギルドが〈ホワイトセイバー〉になるようだ。その下部組織が〈テンプルセイバー〉になると。本当にチェンジである。
「ダイアス、〈ホワイトセイバー〉にはどのくらいのQPが残っている?」
「ほとんどありません。全て〈テンプルセイバー〉に吸い上げられましたから」
「……そうか。――学園長、もしものときは〈ホワイトセイバー〉に割りの良いクエストを紹介していただけませんか?」
「そうじゃのう。下部組織の維持費を稼げるクエストくらいの面倒は見よう」
ということで、もし〈ホワイトセイバー〉にチェンジしても学園長が少し助けてくれることになった。ダイアス先輩はホクホク顔だった。
こうして円卓の間での話し合いも終わる。
〈テンプルセイバー〉は結局、装備以外の全ての財産、それとランク、ギルドハウス、そして文字通り親ギルド〈テンプルセイバー〉の名前など、その全てを賭けることになった。




