#623 ユーリ視点。上級ダンジョン作戦変更の決断。
ゼフィルスが去った後の学園長室では、ユーリ王太子が静かにソファーに腰を沈めていた。
なんとも、予想外すぎる提案をされたため、疲れがドッと押し寄せてきたのだ。
「お疲れ様じゃユーリ殿下、それで、ゼフィルス君はどうじゃったかの?」
そんな労いなのかそれとも別の意味を持つのか微妙な問いの言葉にユーリは苦笑を禁じ得ない。
「学園長も人が悪いね。僕への試練の続きかい?」
「王族たる者、人生は試練の連続じゃ、未知のものに立ち向かっていく勇気は何もダンジョンに対してだけじゃないからのう」
「そうだね。僕も驚いたよ。ゼフィルス君は、なんだろう、初めて会うタイプだ」
それはそうだろう。
普通の人は上級ダンジョンの攻略が難しいなら2つ攻略しようなんて言わない。
提案された時はさすがのユーリも一瞬耳を疑ったほどだ。
しかし、その後に言われたゼフィルスの言葉である程度の見解を得る。
「攻略が難しいのは様々な要素が重なり合った結果だが、ダンジョン自体の難易度が高いのが主な理由だと思っていた。でもゼフィルス君は順番に攻略すれば攻略できると言う。確かに問題は一つずつ解決していくべきだ。大きな問題を解決するにはまず小さなことから解決しなければ始まらない。理屈は分かる」
だが、その小さな問題が上級下位の一つ〈嵐後の倒森ダンジョン〉の攻略という大問題。
そこ、20年前に現国王が辛うじて攻略したところなんだけど?
そんなふうにユーリは思うが、ゼフィルスは出来ると気軽に言った。まるで確信しているように。
普通なら上級ダンジョンがどんな場所かも知らないくせに、と怒る所かもしれないが、ゼフィルスの言葉には不思議な説得力があった。
まるでゼフィルスの言葉通りに動けば上級下位2つとも攻略できてしまうような、よく分からない不思議な説得力だ。常識の範疇を軽々と超えていると言っていい。
「やっぱり、伝説の勇者だからかな」
「過去にダンジョンを作ったのは神話の勇者だった。故に勇者はダンジョンを熟知している、と言われておる」
「ダンジョン攻略など、行き詰まったところに勇者が登場したとき、たちどころに攻略できるようになった、というエピソードは多い。ほとんど子ども向けの絵本の話だけど」
「しかし、火の無い所に煙は立たないとも言うのう、実際ゼフィルス君が現れて高位職の発現方法が解明されたり、〈転職〉の見方が変わったりと、半年も経たないうちに大きく変化しておる」
「とても手に負えない気がするのは気のせいかな?」
「まあ、ここでは誰に聞かれることもない、たくさん弱音を吐いていくと良いぞ」
「助かるよ」
ユーリとゼフィルスは年が近い。
将来的にユーリが国王の座を継いだときゼフィルスが好き勝手動くのを想像すると、頭を悩ませざるを得ない、少しくらいの弱音は吐いても仕方ないだろう。ただ、それが許される立場では無いので、こうして『情報規制』で隔離された空間というのはユーリにとってありがたかった。
しかも問題はそれだけに終わらず、最近になって伝説の職業とされている者の出現が顕著に相次いでいる。それも勇者の周りにだ。
それに加えて目下の問題は【大聖女】に就いたラナである。
【大聖女】、国の王族貴族でこれを知らない者は居ない。
かの神話の勇者を支えた聖女が起源とされ、勇者と共にダンジョンを築き上げたとされる神話を残し、勇者に次ぐ強さを持って攻略不可能とされる前人未踏の〈最上級ダンジョン〉でも踏破出来るポテンシャルがあるという話は、この勇者と聖女が造ったシーヤトナ王国の王族貴族の間では信じられていた。
その一端は例のクラス対抗戦で見た。あまりに理不尽な能力。
上級ダンジョンどころかその上すら攻略可能という話は真実だったと思うには十分な光景だった。
だからこそ「ラナが【大聖女】に就いた」、これが明るみに出れば世情を震わせる大事になることは間違いない。
すでに【聖女】に就いた時点で縁談の舞い込みが膨れ上がっていたのだ。【大聖女】ともなれば縁談だけでは済まなくなる。
今年は特に【英雄王】のユーリに【大聖女】のラナと、どちらも王にふさわしき職業を持っている。
ユーリ派、ラナ派に分かれれば、へたをすれば国が割れかねない。
もういっそラナをゼフィルスに嫁がせた方が丸く収まるのでは? という心境だ。
王家は勇者に首輪を付けられて安心、ラナの取り合いも収まり世間も落ち着くだろう。
ラナがゼフィルスの首輪として機能するかどうかは別の問題だが。
「さて、現実から目を背けるのもここまでにしておこうか。目下の問題の解決について話し合おう」
「うむ。では聞かせてくれ、ユーリ殿下はゼフィルス君の申し出を受けるか、否かをの」
「受けるよ。それしか方法がないのだから、最初から選択肢なんて一つしか無い」
ゼフィルスの提案、ゼフィルス、ラナの上級ダンジョン攻略の協力ははぐらかされてしまったが、〈霧雲の高地ダンジョン〉をクリアするためのアイテムは融通してくれるという。しかし、どっちみち40層にもたどり着けないユーリたちでは40層より先へ到達するのは難しい。
そしてゼフィルスがアイテムを売る条件の一つが、20年前に現国王が所属していたギルド〈キングヴィクトリー〉が攻略したダンジョン、〈嵐後の倒森ダンジョン〉の攻略だった。
普通ならむちゃくちゃだと思うだろう。
しかし、これは逃げ道でもある。
普通はダンジョンへ挑み、ある程度まで進んだらもうダンジョンの変更はしない、そのまま攻略が出来るまで突き進むのみだ。これは〈転職〉を嫌う以前の王国民と似たような心境だ。
今までの努力が無駄になることを嫌うのはこの国の特性と言っていい。
だからこそ、攻略するダンジョンを変更する理由が必要だった。無駄にはならない理由が。
ゼフィルスの申し出、一旦ダンジョンを変更し、そこで力を付けてから挑むというのは理に適っている。それが上級ダンジョンという未踏峰だったがために、2つ攻略するという概念自体が無かっただけだ。考えてみればゼフィルスの言うことは中級ダンジョン以下では正しい戦術である。
ダンジョンを変更するのは力を付けてもう一度挑むためで、今までの努力は無駄ではない、この建前は非常に大きな意味を持つ。ギルドメンバーを説得するのに大きく貢献するだろうと期待できる。
〈嵐後の倒森ダンジョン〉は現国王が攻略したこともあって地図も有り、攻略はなんとか可能だろう。
しかも成功した暁には上級下位2つの攻略者ということで名声は十分以上、しかも2つも攻略という事実に攻略者が増え、これを機に上級ダンジョンの攻略方法も判明するかも知れない。
そうすれば、将来の国力増加にも繋がるかも知れない。
そんな思惑を持ってしまえばゼフィルスの提案は乗らないほうがおかしいだろう。
それからユーリと学園長でこれからの〈キングアブソリュート〉の方針を話し合った。
それは日が暮れ、深夜になるまで続いた。
「ふう。ではそういう方向でいくとしようか」
「あい分かった。もう夜も遅い。我が家の者に送らせよう」
ようやく話し合いが終わったときには外はどっぷり日も沈んでいる時間だった。
ユーリもそれに頷く。
「では頼むよ。――おや?」
やっと終わったユーリが学園長室から退室しようと腰を上げたところで、ユーリは下に落ちていた手紙に気がついた。
ユーリが首を傾げながらそれを取りあげる。
「どうしたのじゃ?」
「ああ、こんな物が落ちていてね、えっと―――果たし状?」
どうやらゼフィルスは、学園長室に果たし状を落っことしたらしい。
悲報。
〈テンプルセイバー〉の果たし状が何かの手違いで王太子に届いた。




