#622 ユーリ先輩の協力願い。これは、商売チャンス!
――〈霧雲の高地ダンジョン〉。
その名の通り、霧深い山の高地を舞台にしたダンジョンだ。
視界が悪いことに加え、そこに登場するモンスターが厄介で、〈雷属性〉を多用するものが多い。恐竜モンスターも登場し、霧の中から飛び掛かってくるのだ。
霧深い山々の陰から奇襲してくるため移動するだけで戦闘ダメージが蓄積していく厄介なダンジョンだ。
しかも下層では下級職の索敵では捉えられない強力な潜伏能力を持つモンスターも登場する。
上級ダンジョンに入りたてがまず躓く、回復と防御系が非常に重要になってくるダンジョンだな。一戦ごとに回復して進むことを心がけるとともに、奇襲を受けたら素早く立て直す、敵を短い時間で倒すなどが重要となる。効率が求められるな。
まあ、最初は効率よく倒すとか難しいので、大体時間食って1戦ごとに消費がやばくなっていって大変なんだよな。慣れないうちはMP使ってのゴリ押し戦法を使うことも多いから。
モンスターも上級なので強く、1戦ごとの戦闘ダメージも非常に高い。回復、超重要。
なるほど、〈キングアブソリュート〉が〈ハイポーション〉を買いまくっていた理由はこのダンジョンにあったんだな。
一応このダンジョンは〈ランク2〉。上級下位の中では下から2番目の難易度なんだが……。
そう思って一応聞いてみる。
「〈嵐後の倒森ダンジョン〉じゃないんだな」
上級下位の一つ〈嵐後の倒森ダンジョン〉は〈ランク1〉だ。
一番クリアしやすいために普通は上級ダンジョンに着いて最初に突入するダンジョンである。
それを一段飛ばして〈霧雲の高地ダンジョン〉に突入したのなら、そりゃあ手ごわいよ。
ユーリ先輩は俺のセリフに苦笑して答えた。
「恥ずかしい話だけど、父がクリアしたダンジョンが〈嵐後の倒森ダンジョン〉なんだ。同じダンジョンを攻略しても父ほどの名声は手に入らない」
なんとも微妙な……。王族、特に王太子ともなると変なしがらみが増えるらしいとは聞く話だが、それがらみだろうか?
難易度の高いダンジョンをクリアしたほうがそりゃ名声は得られるだろうが、前情報無しでランク飛ばして挑めばそりゃあ苦戦するよ。あったりまえだよ。できなくはないけどな。
俺が中級上位でランクの高いダンジョンばかりを攻略できるのはデータベースがあってこそだ。そしてレベルも装備も職業も充実しているからできることである。
無ければ素直に〈ランク1〉から突入してコツコツ進むよ。
ユーリ先輩はまず自分の攻略を見つめなおすべきだ。
協力願い、受けるか受けないかはともかく、とりあえずユーリ先輩が今どんな状態かだけでも聞いておく。
「まずユーリ先輩がどのくらい〈霧雲の高地ダンジョン〉について知っているか聞きたい。地図の達成率と、30層以降の情報も含めてどれくらい知ってるんだ?」
「……はは、ここで僕たちの戦力を聞いてこないところがさすがというか。普通はボス戦を意識するものだろう」
「ボスなんて職業やレベル次第でどうとでもなるんだ。噂を聞く限り〈キングアブソリュート〉のメインメンバーはバランスもいいみたいだし育てりゃボスはクリアできるだろう。問題はその道中だよ。一番時間が掛かるところはそこだろ?」
「さすがだねゼフィルス君、君に声をかけてよかった」
そう言ってユーリ先輩は微笑むと、ゆっくりと語りだす。
「攻略開始から3ヶ月と半月が過ぎた。予定としては順調だけど、僕はこれではこの先行き詰まると確信している」
驚いた。
確か〈キングアブソリュート〉の攻略スケジュールを聞いたことがあったが、現在はスケジュールどおりに進んでいる。つまりは順調ということだ。
順調ならば問題視はしなくてもいい、だって順調なんだから。
しかしユーリ先輩は順調な今、俺に声をかけてきた。協力してほしいと。
それは俺やラナが上級職になったから取り込みに来たのかとも考えたが、違うな。攻略が行き詰まりそうだから本気で協力を申し出てきたのだ。〈ダン活〉プレイヤーだった俺には分かる。
つまりは順調なのは表面だけで、水面下ではすでに問題が起こっているということだろう。
「地図の達成率だけど、実はかなり悪い。最低限、下への入口門を見つけたらそこまでの最短ルートを作ることくらいしか出来ていない」
ということは、探索していないエリアが無数に広がっているということだ。
せっかくの先駆者なのに、探索しないとか、ゲーム的にはありえんな。ゲームではどこに何があるのか真っ先に探索しつくすのが先駆者の特権である。
まあ、ダンジョン攻略自体が目的ならこういうこともありえるが、ちょっと勿体無い。
とはいえ、初めての上級ダンジョンで〈霧雲の高地ダンジョン〉なら仕方ないか。あそこは移動すれば移動しただけ奇襲されて生傷が増えるから。
「それと30層以降の話だったね。42層までのルートは大体分かっている。王家に昔、〈霧雲の高地ダンジョン〉に挑んだときの地図が保管されていたからね。でもそれ以降は、まったく未知の領域だ。そして僕は、そこで止まると思っている」
「なるほどなぁ」
41層からは徘徊型が出始める下層エリアだ。ただでさえ見えづらい視界に徘徊型はマジやばい。その昔挑んだ人たちも下層以降は難しかったようだな。あれは専用のアイテムかスキルで霧を払って進むのが正解なんだが、そこで地図が止まってるって事は知らないんだろうなぁ。それのレシピがあるのも〈ランク1〉の隠し部屋。もしくはボスドロップだ。あと作るのに上級職が必要です。この事からも〈ランク1〉は無視出来ないと分かるだろう。
まあ、無理矢理突破もできなくは無いんだが。それでも地図が無いとなぁ。
ユーリ先輩の話を聞くと〈キングアブソリュート〉のレベルも微妙な数値だ。上と下の差が激しい。
普通は〈ランク1〉でレベル上げをするものなのにしていないため、レベルが全体的に低い。30層のフィールドボスも1軍以外はギリギリだったそうだ。
そんなわけで、戦力的な意味もあり俺たちに声を掛けたという経緯らしい。
ユーリ先輩の慧眼には恐れ入るな。
ユーリ先輩は、この問題を俺やラナの戦闘力を借りて突破する狙いのようだが、それは残念ながら遠慮させてもらおう。
ということで、俺はアドバイスを送ろうと思う。
「ユーリ先輩、急がば回れだ。まずは〈嵐後の倒森ダンジョン〉を攻略しよう。それが終わってから〈霧雲の高地ダンジョン〉を攻略するといい。有用アイテムなら金額次第で融通しよう」
「それは……」
俺は理由を要約して〈ランク1〉で活動することの意義を説明する。
特にレベル上げは重要だ。
ユーリ先輩、上級ダンジョンを初心者が一足飛びで挑んじゃいけない。だって上級だから。
俺はまず〈ランク1〉ダンジョンを攻略することをオススメする。
クリアする頃には俺たちも上級ダンジョンに足を踏み入れているだろうからな。
隠し部屋に眠る霧払いの有用アイテムのレシピ。あれを真っ先にゲットしてハンナに大量生産してもらおう。
そしてユーリ先輩には切り札と言ってたくさん買い取ってもらおう。
上級ダンジョンをクリアしたければ、生産職との連携が必須だってことを知ってほしい。
相手はラナの兄さんだ。すぐにそれに気が付くだろう。
これを機に、上級ダンジョンに挑むギルドが増えればいいなぁ。




