#568 カルアに伸びる〈レムスイカ〉の罠。
一方。場所は変わって中央に聳える最も大きい山――〈中央山〉。
そのほぼ頂から周囲を見下ろす一人の少女がいた。
〈1組〉にして上級職の一人、【スターエージェント】のカルアである。
「にゃーにゃーにゃーにゃ、にゃーにゃーにゃーにゃ」
「にゃんにゃんにゃー、にゃんにゃんにゃー」
そこは今、〈拠点落とし〉の試合中とは思えない和やかな雰囲気に包まれていた。
カルアが身体を揺らしながら歌い、それに続くように眷族の黒猫が身体を揺らしながら歌う。
この和みの光景を見逃していたと後でリカが知れば涙を浮かべて悔しがるかもしれない。
もちろん、そんなことがリカに漏れる心配はない。ここにはカルアしか居ないのだから。
カルアの任務は情報収集と報告、伝達。
すでに周囲の情報収集は終わり、今はこの山の上から見た状況の変化をゼフィルスたちに伝えることが任務である。
とはいえ一人の任務だ。寂しいことは寂しい。眷属と歌でも歌っていなければ寂しさでカレーが食べたくなってしまう。
さすがに試合中にカレーは控えるカルアであった。
「にゃんにゃん――ん?」
「にゃ?」
カルアがピタリと静止し、眷族猫も首を傾げながらカルアのほうを見上げる。
そして可愛い鼻がピクピクと動いた後、カルア首を傾げて言った。
「何か、変な臭いする?」
「にゃ?」
それは臭い。
カルアは獣人なため気がついた微かな臭いだった。
少し甘いような。花の臭いにも似た、ちょっと美味しそうな臭いだ。
僅かに『直感』が疼いた気がした。
しかし、その正体は分からず、黒猫も首を傾げるばかりだ。
「? なんだか、眠い」
「うにゃ?」
集中力の使いすぎか、それとも翌日決勝戦のワクワクで昨日中々寝付かなかったためか、山を登ってやっと一息吐いたために落ち着いてしまったのか、少し眠気が来るカルア。
「ダメ。寝るの、絶対ダメ」
「にゃ」
眠気を飛ばすために立ち上がり、ちょっと周囲を探るカルア。
すると、先ほどの臭いが強い場所を発見する。
それは一見するとなんの変哲も無い岩に見えたが、瞬間カルアは目を見開いて飛びすさった。
「ん? ――!!」
カルアの『直感』がビンビンに反応する。
「『投刃』!」
カルアの投げナイフスキルが発動し、岩に突き刺さると、カモフラージュのために被せておいたとみられる岩の布が落ちた。明らかにアイテムだった。
そして中にあったのは。
「これは、花? ――うっ!?」
「にゃ!」
そこに有ったのは紫色の巨大な花。
カルアは知らないが、〈レムスイカ〉という上級下位ダンジョンに生えている罠植物だ。
眠気を誘う香りと花粉で、この花がある場所の近くに長く居続けると、〈睡眠〉のバッドステータスを食らってしまう。
まあ、〈睡眠〉は叩けば起きるのでかなり弱い類いの罠だ。
ただし、それは近くに仲間が居ればというのが頭に付く。
「眠い。これ、危険。離れないと」
「にゃ!」
カルアはすでにだいぶ臭いを吸い込んでいたようで、結構頭の中が睡魔によって浸食されつつあった。
しかし、まだ耐えられると黒猫と一緒にダッシュする。
「罠」
花がなんなのか分からないが、眠りを誘発する物であること、そして誰かが持ち込んだものだというのはカルアはすぐに分かった。
急いで下山し、ゼフィルスの元へ行こうとするが、不意にその足が止まった。
「何これ?」
そこは山の中腹部分、そこでは至る所から花の臭いが漂っていた。周囲に『直感』がビンビン警報を鳴らす。
おそらくこれを仕掛けた誰かは、カルアが頂上にいる、もしくは頂上に向かうということを知っていたのだろう。
山の中腹付近は、すでに紫の花が設置され、臭いがそこら中に漂っていた。
そして、おそらく徐々に徐々に山頂へと仕掛けて行っていたのだろう。
カルアを追い詰めるように、そして、気づかれないように。
「ううっ」
すでにカルアの足はフラフラだった、こんな足では山を下りるのは危険かも知れない。
だが、難しいとは思いつつもカルアは駆け出す。
中央山を降りるため。ユニークスキルを発動せんとする。
「ユニー……ク、スキル……『ナンバーワン……ソニック――」
しかし、その言葉は途中で切れ、カルアは倒れてしまう。そしてカルアのHPバーには、しっかりと〈睡眠〉のアイコンが光っていたのだった。
その光景を、しっかりと目撃していた者がいる。
「や、やったわ! リーナ姉さまの言った通りだったわ!」
「わ、わ、マジですか!?」
「おおう、まさか、こんな上手くいくとわ、リーナの姉さま直伝の作戦が上手くいったんだぞい!」
結界を解除して出てきたのは、アクセサリー〈睡眠耐性の護符〉を二つずつ装備した三人組。
以前ゼフィルスを勧誘した〈12組〉のリーダーのアケミと、その取り巻きのカジマルとワルドドルガだった。
彼らはリーナからの指示で、この中央山に〈レムスイカ〉を設置しまくっていた。
〈レムスイカ〉自体は協力しているとあるクラスからもらい受けたものだったが、その効果は、少し弱い。
しかし、中央に行けば行くほど標高の高い中央山では、気づかれないよう配置するのは難しくなかった。
「上手くいって良かったね」
「ええ、ナギさんのおかげよ! おかげでリーナ姉さまの作戦が成功したわ!」
4人目、彼女はナギ、とあるサポート系の職業を持つ〈5組〉女子だ。
カルアの『ソニャー』や『ピーピング』で引っかからずに〈レムスイカ〉が設置出来たのは彼女の働きが大きい。
そしてもう1人、カジマルの職業【結界師】にて、〈レムスイカ〉の効果をカット、ナギとのコンボでさらに潜伏度を上げ、カルアに見つからず、やり過ごすことに成功したのだった。
「さて、ワルド! 仕上げよ」
「おうさ! ドワーフの能力は何も鍛冶だけじゃねぇ。大工も得意さ――『気合入れろい』! ――『家壁建築』! えっさ、ほっさ、はいっほ、はいっほ。どんどん組み立てるぞい!」
そして仕上げが【親方ドワーフ】を持つ戦う大工のワルドドルガ。
彼は〈空間収納鞄(容量:小)〉からいくつものパーツを取り出すと、それらを組み合わせ、かまくらのような形の簡易牢獄を造ってしまったのだ。当然カルアを囲むように。
〈睡眠〉の状態異常は、何かしら衝撃を与えるとすぐに解けてしまう。
その代わり自然回復は非常に遅いのだ。
リーナの指示もあって、カルアは退場させず、このままここに封じるのがアケミたちが受けた作戦内容だった。
「そら、そろそろ完成だ! おっら!」
ガキンッ。
そんな金属が嵌まる音と共に、とうとうカルアがドーム建築物の内部に閉じ込められてしまう。
「どうじゃ! 最速で仕上げても手は抜いてねぇ。頑丈さだけはトップの建造物じゃぞい!」
「さっすがワルド! 良い仕事だわ!」
「わ、わー! これで上級職を封じることが出来たんですね!?」
喜ぶ〈12組〉三人組にナギも高揚しながら後に続く。
「リーナさん、よくこんな作戦思いついたよね。あ、でも私はそろそろ眠気が来たかも」
しかし、カジマルが結界を完全に解いてしまったがために少し眠気に襲われていることに気づく。
この〈レムスイカ〉は敵だけではなく味方まで眠らせてしまう罠なのである。
「〈レムスイカ〉の回収は後回しにしてまず戻ろう? リーナさんに報告しなくっちゃ」
ナギの目を擦りながらの提案に三人組も頷く。目的は達成した。
ならば後は、戻るだけだ。この場に居続ける理由は無い。
「おほほほほ! これで作戦成功だわ! 私たちはこれから拠点に戻るわよ、吉報を届けにね!」
「絶対みんな驚きますね」
「わははは! 大戦果じゃ! さっさと行くぞい!」
「リーナさんに良い話が出来そうだよ」
こうしてアケミたち4人は勝利の余韻に酔いしれ下山していく。
その様子を、黒猫がジッと見つめていたのだった。