#533 暗躍猫の監視。〈1組〉と〈2組〉の睨み合い。
勢力図が固まっていく。
〈1組〉が初っ端から大きく動いたことで他のクラスは手を組み、あるいは負けじと攻めに出た。
その連鎖は会場全体を大きく動かし、至る所でぶつかり合いが始まる。
そんな様子をとある巨山の上から軽装の少女が眺めていた。
「にゃー」
〈1組〉のメンバーであり上級職に就いている5人のうちの1人、「猫人」のカルアだった。
彼女の職業【スターエージェント】は暗躍に向いている。
〈1組〉が〈58組〉を荒らし終わった直後から、カルアはゼフィルスから単体で別行動を命じられていた。
普通は上ることも困難な山の上、巨山の頂上から、カルアの視線がいくつかのポイントを俯瞰する。
非常に距離があるはずだが、それは【スターエージェント】のスキル『ピーピング』によって丸裸であった。
当然、相手側は覗き見されていることにすら気付いていない。
「にゃーにゃー。ゼフィルスたちに報告。眷属キャット隊、出てきて――『エージェント猫召喚』!」
「「ニャー」」
カルアがのんびりとスキルを唱えると、カルアの影から2匹の黒猫がちょこんと出てきてお座りした。
体長は30cmほど。〈幸猫様〉には及ばぬものの可愛い猫だった。姿は普通の猫と変わらないように見えるが、額に縦長のクリスタルのようなものが埋め込まれており、それがこの猫が普通じゃないことを証明している。
これもカルアの新しいスキル。影から眷属猫を召喚するスキルである。まだスキルLVが5なので出せる猫は2匹までだし、あまり長い時間出せない。さらにまだ戦闘力は低い。
しかし、この猫は暗躍にうってつけの能力を持っている。
「ん。えっと。今書くから待ってて。――次からは書いてから召喚する……」
カルアは眷族猫を待たせてその場で報告の手紙を書いた。
少し四苦八苦しつつ、慣れない報告を認めるカルア。これもゼフィルスに指示されていたことである。
「できた。ん。会心のでき。――眷属キャット隊、これをゼフィルスとシェリアに届ける。素早く届ける」
「「ニャー!」」
書き終わった報告書を見てカルアは得意げに頷くと、折りたたんで眷族猫に渡す。
眷族猫はそれを咥えると、突如としてとんでもないスピードで駆け出した。
みるみる山を下り、瞬く間に見えなくなる眷属猫。
眷族猫には現在2つのスキルが備わっている。超スピードスキル『猫まっしぐら』と隠密に特化したスキル『影隠れ』だ。
眷族猫は暗躍にとても重宝するのである。
「ん。報告完了。通常任務に戻る『ピーピング』!」
カルアはそれを見届けると、再びフィールドの監視に戻るのだった。
◇ ◇ ◇
場所は変わって、アリーナの南西付近、こちらに〈1組〉攻撃部隊の本隊があった。
「ゼフィルスよ。どうする? 攻めるか? 攻めようぜ!? 絶対今がチャンスである!」
「まあ待てサターン。カルアの報告が来てからだ」
気炎をはきそうな勢いで興奮しているサターンに待ったを掛ける。
というのもだ、俺たちの位置する南側に、何やらサターンたちと因縁のありそうな〈2組〉の拠点を見つけたためであった。
正確にはその一歩手前の防衛ラインだが、そこは今バリケードが組まれ、ジーロンたちと〈2組〉のにらみ合いが起きていたからだ。
俺たちが山の裏側にいたクラスを襲撃し、ポイントをガッツリいただいた後。
カルアには南にある巨山から『ピーピング』を依頼した。この『ピーピング』は覗き見系のスキル。かなり遠くであっても見ることができる望遠の能力の強化版だ。カルアに言わせれば、望遠というより、視線を飛ばして相手を見ることができるスキルらしい。カメラ搭載型のドローンに近いかもしれないな。
しかし、視線を飛ばせる場所は見える範囲のみなので、カルアは周囲をよく見渡せる巨山に登ってもらった形だ。カルアのスキル『悪路走破』ならあれくらいの山なら問題ないからな。
そうしてカルアを送った後、俺たちは一度中央付近に出て1つ拠点を発見。(これは後に〈45組〉の拠点だったと知る)
ちょっと一当てしにいったところ、なんと多くの人影が見えたためこれを中止。
〈45組〉に戦力が集まっている? 同盟を組んでいるのかもしれないな。
さすがに9人で当たるのはちょっと被害が心配な人数なので拠点の位置だけ心にメモした。
その後は引き返し、巨山の壁伝いに南西へと進路を変えたところで〈2組〉が防衛ラインを引いているのを発見して今にいたる形だな。
また、最初はここもスルーしようとしたのだが、〈天下一大星〉全員の強い希望で襲撃を検討するに至った。
今回は相手も待ち構えてやる気満々みたいだし、〈天下一大星〉には活躍の機会を用意すると約束もしたしな。ちょうど良いと判断した。
とはいえ、まだまだ未開の地が多いアリーナ会場。
カルアの報告次第では即移動も考えられるため、報告を待つ間は待機、だけどな。
おかげで今は〈2組〉と〈天下一大星〉の舌戦合戦が行なわれていた。
「ふふ。そんなにバリケードをしっかり組んで。よほど〈1組〉が怖いと見えます」
「行動は口ほどに物を言うってやつだな! 語るに落ちたとはこのことだぜ」
「俺様たちは生身でそのバリケードごと打ち破ろう。そしてお前たちはこう言われるのだ。あそこまで完全防備して負けた〈2組〉と」
煽る煽る。
ジーロン、トマ、ヘルクがバリケードの向こう側から顔を出している〈2組〉を煽る。
もちろん〈2組〉も黙っていない。
「なんだと!」
「俺たちがこんなちゃちな壁に頼りきっているとでも言うつもりか! 馬鹿にしやがって!」
「こんなバリケードなんて無くても〈天下一大星〉なんて楽勝なんだよ! 邪魔だこのバリケード!」
「おらぁ野郎ども! このバリケードを外せ!」
こいつら煽り耐性低っ!?
せっかく防衛ラインに築いたバリケード取るとか正気か!?
「やめなさいこの馬鹿男子どもーー!!」
「アホバカマヌケー!!」
「「「「ほぎゃあぁっ!?」」」」
しかし、バリケードがはずされることは無かった。それは〈2組〉の女子2人がハリセンで男子どもをひっ叩いたからだ。
叩きたくなる気持ちがすごく良く分かるな。
「あんたら、馬鹿だ馬鹿だとずっと思ってたけど本当に大馬鹿よ!」
「バリケードを取ることは城門を開けるほどに愚かしいことだと知れい! アホバカマヌケ!!」
そして説教する女子。いや説教じゃないな。馬鹿しか言ってない。しかし言っていることは尤もだと思ってしまう不思議。
しかし、男子たちは勢いよく立ち上がると物申す。
「だがあの〈天下一大星〉にこんなに言われて引き下がっていいのか!? いやよくないだろう」
「そうだ! ここは〈天下一大星〉に分からせてやる場面だ!」
「俺たちが真に〈1組〉にふさわしいと証明してやる! こんなバリケードは邪魔だ!」
「ぜっんぜん分かってない! この馬鹿男子――!!」
「アホバカマヌケーー!!」
「「「ほびゃあぁっ!!」」」
ハリセンで叩かれて人が飛ぶ。ナイスツッコミだ。
「ふ、〈2組〉は本当に馬鹿だな。どう足掻いても我らには敵わないというのに」
俺も今の行動は同意見だが、サターンが馬鹿にするとピキっとくるのはなんでだろうな?
「ふふ、所詮〈2組〉はその程度です」
「無様だな! 俺たちが本気になりゃ楽勝だなこりゃ」
「俺様が前に出るまでもないかもしれんな」
「あ、俺たち〈エデン〉組は別にそんなこと思ってないぞ。〈天下一大星〉組だけの意見だぜ」
便乗してジーロン、トマ、ヘルクが煽る。
俺は一応無関係のポジションをアピールしておいた。
「くそっ、舐められてるぞ!」
「本隊はまだ帰ってこないのか!? もう我慢の限界だ!」
「ほほう。本隊が不在なのか。それはいいことを聞いたな」
「あああ! だから馬鹿! あんたたちは本当に黙ってて!!」
「アホバカマヌケー!!」
「ほびゃあぁっ!?」
〈天下一大星〉もたまにはいい仕事をする。
重大な情報が聞き出せたぞ。
その情報を漏らした男子は女子2人からハリセンでメッタメタにされているが。
あっちの女子は大変そうだな。
と思ったところで足元にすり付いてくる感触があった。
下を見ると手紙を咥えた黒猫が俺の足に頭をぐりぐりしていた。
お、どうやら報告が届いたらしい。
待ちわびたぜ。早速手紙を受け取り、猫をなでなでして、手紙を読んでいく。
「ふ、これで1人戦闘不能か? 我らが手を下すまでもないな」
「ふふ、言葉だけで敵を倒してしまうとは。自分の才能が恐ろしいですね」
ちょっと横が鬱陶しくて読みにくいが、なんとかカルアの報告を読み終える。
そこにはかなり重大なことが書いてあった。
俺は少しだけ悩み、目頭を揉んで一つ頷いてから〈2組〉に教えてあげることにした。
「あー。〈2組〉には大変残念なお知らせがある。今報告が届いたんだが、〈2組〉の本隊とやら、今4人にまで減って潰走中らしいぞ」
「…………へ?」
ハリセンを振り上げた手を止めてこっちを見つめる女子を筆頭に、〈2組〉たちがピシリと固まった。